桃色の花びらに乗せて

ふわふわひらひらと舞う桃色の花びらと共に、名残雪が散っていく。
何となくだがその白さと冷たさ、儚さはあいつを思い起こさせる───。

まだ春の芽吹きに程遠い季節、待ち合わせをしたのにまだあいつは来ない。
先ほどスマホに『ごめんね(>_<) ちょっと遅れちゃうから温かいところにいてね』というメッセージが絵文字付きで入ってきたがそんなところに誰が行くか。寒さごときで俺がどうにかなるとでも思ったのかと乱暴にスマホをジャンパーのポケットに突っ込みながら俺はただただ空を舞う桜の花びらと雪を見ながら、今はまだここに来ないアイツに思いを馳せ続ける。

”昔”はこんな風に青空の下で動けることなどなく。
かといって夜桜見物にしゃれ込むような関係でもなく。
むしろ俺はあの方の命を受け方々を飛び回っていたし、あいつはあいつで弱く脆い人間の救済を行っていた。
それ以前に俺はアイツに対して”呪い”が罹っている状態だったから、脳内対話で稀血でも飲みながら夜桜を共に見ようという誘いすら聞こえないふりでやり過ごしていたし、鬱陶しいとすら思っていた。

それが今ではどうだろう。
こんなにも陽の光の下、青空を埋め尽くさんばかりの桃色の花びらを眺めながらあいつに早く会いたいと胸を焦がす俺がいる。

共に暮らしていて数年経過するが、こうして一人待ちぼうけを喰らうたび、俺はお前に会いたくて仕方がなくなる。なにも分かり合えなかった百年以上の時間を少しでも埋め合わせるように。

「早く、来い」

早く来てお前の温かさを側に感じたい。
お前を腕の中に抱き留めて抱きしめられたい。
芳しい香りに包まれながら、強く強くお前を感じたい。

そんな思いを抱きながら、まだまだやってこないアイツを俺は、桜の花びらが舞う空を見ながら待ち続ける。

散々にアイツを待たせてしまったのだから、これくらい余裕で待てる。
手慰みに空を舞う花びらを掌に掴もうと空を切ること数回。

「何しているんだい?」

ようやく聞こえてきた愛しい声と頭上に伸ばされた腕。俺は満面の笑みで振り返り、童磨に思い切り抱き着いた。

***

先方からいきなり急な依頼が入ったためそれを片付けているうちに猗窩座殿との待ち合わせ場所に遅れそうになり、スマホにメッセージを入れてから数十分。既読マークと共に「ここで俺はお前を待つ」というそっけなくも彼らしいメッセージを確認して思わず頬が緩むのを感じながら、俺は仕事を捌いていった。
そして待ち合わせ場所の公園の外れに行けば、青空の中を舞う桜の花びらと名残雪、その間に鮮やかに目立つピンクの短髪が目に入り、俺は思わず苦笑する。

────…なんだか大きなタンポポの綿毛みたいだなぁ。

髪色自体は情熱的な意味の花言葉を持つブーゲンビリアのようなのだけど、季節のせいかな。そっちの方がしっくりくると思ったんだ。
そんなピンク色のタンポポの綿毛の化身は虚空に手を伸ばしては開くといった行動を繰り返している。動きから見て多分だけど桜の花びらを掴もうとしているのかな?面白いんだろうかそれは。

「何しているんだい?」

そんな気持ちが高じて待ち合わせ場所にやってきて、声をかけながら桜の花弁をすくおうと猗窩座殿の頭上に腕を伸ばす。
ハッとしたように振り返った猗窩座殿が満面の笑みを浮かべながら思いっきり俺の胸の中へと飛び込んできた。
「うわあっ」
確かに俺より猗窩座殿の方が小柄とはいえ、体格は立派な成人男性のそれで。いきなり何の予兆もなく勢いよく飛びこまれては、”昔”とは違い弱体化してしまった俺では上手く受け止められず若干よろよろとよろめいてしまう。
「もぅ、何をするんだい猗窩座殿」
「遅い」
「うん、それはごめん」
質問に答えず、俺の胸から顔を上げた猗窩座殿の顔は遅いと言いつつもどこか嬉しそうだった。
「いい、いい。お前も忙しかったんだろう。許す」
俺は優しいからなとどこかで聞いた口ぶりでそう言ってきた猗窩座殿の悪戯めいた顔がだんだん近づいてきて、俺の唇に重なり合う。
「ん…」
人気がない屋外で猗窩座殿から贈られたキスは、少しだけ冷たい感触がする。
もう少し温まりたいなと思っていたけど、やっぱり外だから自重したのだろう。
すぐに離れて言ったとはいえ俺たちの絡みを見ていた複数の人間が、ハッとなっているのが視界の端に映るも猗窩座殿はそんなの関係ないと言わんばかりに、俺の頬に手を伸ばす。
「あかざどの…」
走ってきたからちょっと暑いはずなんだけど猗窩座殿の熱い掌は気持ちよくて心地いい。ずっとこうしていたいなって思うほど柔らかい触れ方をされて思わず俺は目を瞑ってしまう。
「相変わらずお前はデカいな」
「…それは猗窩座殿が小さ、いふぁいいふぁい!」
ぽそりと呟かれた猗窩座殿の声に思わず反応すると頬をつねりあげられて俺は抗議の声をあげる。なんだいなんだい、俺の素体がデカいのは”昔”からだし、猗窩座殿が俺より小さいのは事実ではないか。
「お前がデカすぎるんだ。断じて俺が小さいわけではない」
「…うん、そういうことにしておこうか」
最後に軽くもう一抓りされて手が離れていく。そんなに気にすることなのかな?俺は小さかろうが大きかろうがあなたを好きな気持ちは変わらないのにな。
「ほら、行くぞ」
そう言いながら手を差し伸べてくる猗窩座殿にためらいなく触れられることがとてもとても嬉しくて。
「うん」
繋いだ手を何のためらいもなくぎゅっと繋ぎ返してくれることに胸がきゅんとして。
周りの声とか視線とか、全然気にしないと言わんばかりに距離を詰めて隣を歩くあなたがとても好きだなぁ、大好きだなぁって思える自分がとてもとても嬉しくて。

「猗窩座殿…」
「なんだ?」

数センチ下にある恋人の向日葵色の瞳が、”昔”とは違いまっすぐに俺を見上げてくる。
どれだけ俺はその瞳を待ち焦がれていたのかなぁ。
今、俺がどれだけあなたを大切なのか、きっとあなたは知らない。

「大好きだよ」

その瞳が柔らかく細められ嬉しそうに笑うたび、泣きそうなくらい胸が締め付けられてたまらない想い。

「俺もお前を愛している、童磨…」

そう言って背伸びをして頬に押し当てられた唇の熱さに触れて、俺はまたあなたを好きになっていく。

桃色の花びらと青空の下で伝えあう想い。
来年も再来年も春だけじゃなくて、ずっとずっとこれからも、一緒にいようね、猗窩座殿。

 

 
BGM:桃ノ花ビラ(大塚愛)

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