「じゃあ行ってくる」
「待て馬鹿弟」
夏休みも中間あたりに差し掛かったある日のこと。今日も今日とてガスバーナーのような日差しが降り注ぐ中多くの人がうんざりするであろう時間帯に、親友であり恋人である童磨と海の家巡りをするのだと前々から計画を立てていた双子の弟が出ていく姿を狛治は慌てて引き留めた。
「何だお前その恰好は!?」
「見ての通りだ」
「胸を張るな馬鹿者!!」
ドヤヤァンという効果音が鳴り響きそうなほど腹が立つほど清々しいドヤ顔をする弟に思わず狛治がスパァンと小気味よく後頭部をひっぱたく。その調子で筏葛の髪に帽子代わりに差し込んでいた向日葵柄のカチューシャがジョークグッズのお殿様ヘアーの鬘よろしく吹っ飛んでいったがそれはさておき。
「痛いぞ馬鹿狛治!」
「馬鹿はお前だ氷雨馬鹿!!」
「何だと!? 童磨のどこが馬鹿だというのだ!?」
「誰がそんなことを言うかこの駄犬が!!」
暑さは人を狂わせると言うが猗窩座の場合、夏休みに入ってからエンジン全開フルスロットル状態になっている上、恋で脳が溶けているのではないかという数々の行動を狛治は嫌というほど目にしている。
休みになってから毎日のように童磨にLI○Eを送りながらでろでろに甘ったるい通話するのは勿論のこと、社会勉強の一環だからとうらぶれたコンビニでバイトを始めた童磨の送り迎えまでしている。しかも行き帰りは勿論ランチタイムのお供もしているのだと言うから、お前もいっそのこと一緒に氷雨と働けよと思うのは致し方ないであろう。
どちらかというと心を許した者には馴れ馴れしいほどに距離を縮める双子の弟の性格を知っているつもりでいたがまさかここまでとは思わず、そのはっちゃきこきぶりにドン引いていた狛治だったが、その極めつけが今日のこの格好だ。
蛍光色のピンクと青のハイビスカスが所狭しと咲き誇るデザインのアロハシャツにショートパンツ、オレンジ色のサングラス、そしてなぜかその上からシュノーケルを装着し、足首にはゴロッとした大きさの向日葵デザインのアンクレットとビーチサンダルという出で立ちだ。見るからに全身『俺はこの夏ステディとラブどっきゅんだぜバキューン☆』とシャウトしているような格好で自分と同じ姿の人間が出かけるともなれば誰だって全力で止めるだろう。
「ともかく!百歩譲って着るなとは言わん!せめて向こうで着るなりなんなりしろ!」
「だが断る。俺と童磨の迸る夏休みを有象無象に見せつけてやらねばならんからな」
「見せつける以前に全員目が潰れるわ!!!!」
ダメだこいつ埒が明かないと頭を抱えた瞬間、ピンポーンとチャイムが鳴り響き、思わず狛治はざっと青ざめる。
もしかしたら隣の婚約者である恋雪が尋ねてきたのか、それとも宅配便か来客か。いずれにせよこんな浮かれまくった愉快と称するにはあまりにもあんまりである双子の愚弟の姿を見せる訳にはいかないと対処方法を考えるも、頼田家のドアは無情にも開かれていく。
「はぁい☆猗窩座殿。あ、狛治殿もいるんだね。こんにちはー」
遠慮なく開かれたドアの向こうに現れたのは狛治の想像を裏切りはしたものの、ある意味でこの場に相応しい人物だった。
「童磨! もしや俺は待ち合わせに遅れ…!?」
「んーん、俺が来たくて来ちゃっただけだよ♡」
「なんだそれは♡ 可愛い奴め」
こんにちはと挨拶を返す暇もなく、来た傍からいちゃつき始める弟とその恋人の姿にもはや狛治は乾いた笑いしか出てこない。
尋ねてきた童磨の姿は、向日葵と氷の結晶のコサージュがつけられたストローハットに、オフホワイトの綿麻のシャツにライトブルーの七分丈スキニーと言った無難なものであるため、そのファッションの温度差に改めて猗窩座がどれほど浮かれポンチな姿をしているのかを見せつけられているようで色々と居たたまれない。
というかこんな愚弟であんた本当にいいのかと突っ込みたくなる狛治だったが、この優良物件を逃したら本気で弟の婿の貰い手がなくなることを危惧した狛治はただただ口を噤むしかない。
「それでは大事な弟さんをお借りしますね。お義兄さん」
「おいおいおい、気が早いぞ童磨♡」
ぺこりとお辞儀をする童磨につられて頭を下げた狛治の視界に映るのは、これ以上なく浮かれてはいるが幸せそうに将来の伴侶である童磨の腰に腕を回す双子の弟の姿で。
その表情が意味するところを知っている身としてはこれ以上何も口出すことは出来ずに、狛治は小さくため息を吐く。まあいいか幸せなら何だってと思おうとするも、いやいややっぱりあの格好とそれとは話が別だと瞬時に判断し、適当な上着を引っ提げてドアを開けるも、すでに童磨が借りてきた車で出発した後であった。
BGM:恋のメガラバ(コロナナモレモモ)
一応この話、三人とも高校生のつもりで書いていたのですが最後のシーンでしまった!ってなりましたorz
とある〇ン〇イズアニメでは14歳で車を運転できる世界線なので、この話もそんな感じだと思っていただければありがたいですw
まあぶっちゃけ、中学生がトラクターの牽引が親より上手い世界もあるしな(某百姓漫画)。
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