月と雪はひそかに虹の土壌に種を撒く

「ふう」

 夜も更けた万世極楽教の奥まった陽の差さぬ部屋にて。今日も引きも切らない信者たちの相談や説法が終わった童磨は小さくため息を吐く。

 鬼になって疲れない身体を得たと思っていたが、精神的な疲れはそれなりに響くため、少しだけ目を閉じて休息しようとくたりと身体をふかふかクッションに預けようとしたところに、不意に外から何かの気配が濃く漂う。

こんな時間にまた相談事かと一瞬ゲンナリした童磨だが、それはすぐに彼をクッションから跳ね起きさせることとなる。

 

そっか、今日だったんだっけ。

 

「やあやあいらっしゃい」

 その言葉と共にスルリと開かれる先に映る二つの影。

 一人は黒檀のような髪を高く結い上げた涼やかな目元の若侍。

 もう一人は濡れ羽色の髪を持つも睫は蓮のような鮮やかな色をした筋肉質な青年である。二人とも童磨より先に鬼になった者であり、余計な混乱を招かぬようにと人の姿に擬態し、こうして童磨を迎えに来たというわけだ。

「今終わったところだよ」

 よいしょと大きなクッションから立ち上がり二人の待つ入り口へと向かうも長く座りっぱなしだったためかすこしよろめいてしまうのを、目にも止まらぬ早さで近づいた濡れ羽色の髪の青年が肩を貸す。

「ありがとう、猗窩座殿」

「…ふん」

 猗窩座と呼ばれた青年は素っ気なく対応するが、よくよく見ると口許がうずうずとしている。相変わらず素直じゃない難儀なやつだとこの場は猗窩座に譲った若侍こと黒死牟は黒紫の着物の袂に手を入れ大振りの瓢箪と徳利を取り出した。

「あ! 黒死牟殿それ!!」

 猗窩座の肩から身を離し子犬のように黒死牟の元へ駆け寄る童磨に猗窩座はあっ…というような表情を見せる。

「これ、女の子の稀血でしょ!?うわー、すごいいい匂いがする!」

「童磨…声が大きい…」

「あ…、ごめんね黒死牟殿」

 少しだけ口角を上げて人差し指を立てシィ、というジェスチャーを取る黒死牟はとてつもなくサマになっている。しょぼんと項垂れる童磨を気にするなと言い、わしゃりと髪を撫で付けながら、猗窩座にだけ見えるようにしてやったりな表情を浮かべる黒死牟に流石に彼も黙っては居なかった。

「おい黒死牟!」

 ずかずかと二人の方に大股で近づき項垂れる童磨の襟首をぐいっと引っ張る。途端ぐぇっという色気のない潰れた声が聞こえてきたがそんなのは些末なことだ。

「そんなことで時間を潰すな! 俺たちの目的を忘れたのか!?」

「…忘れてなどいない…」

 先ほどの童磨よりも比ではない大声に黒死牟は顔をしかめるがここで注意を促せば話がややこしくなるのが目に見えているので、さっさと受け流すに限る。

「そうだろう。ならばさっさと移動するぞ。良いな童磨」

「あ、うん……」

 返事を待たずにサッと猗窩座は寝間着代わりの着流しに着替えた童磨を姫抱きにする。先ほどの黒死牟の童磨に対する頭を撫でつける行動に抜け駆けされたと密かに憤慨していたのだが、これで五分五分の勝負だ。

 どうしよう黒死牟殿…と困惑しながら脳内対話を黒死牟のみに送るも、此奴の気の済むようにさせてやれという返信しか彼は送れなかった。

 

「ふはぁ、美味しいねぇこれ」

「そうか…」

「ふん、悪くはないな」

「ふふ、猗窩座殿が見繕ってきてくれたご飯も美味しいよ」

「っ、ふ、ふんっ、せいぜい感謝しろ!」

 

 寺院が立つ山から少し離れた山にある廃屋にて。本来の姿に立ち戻った黒死牟と猗窩座、そして童磨は月一の親睦会と称した月見酒としゃれ込んでいた。

 世仮の姿から本来の姿に戻った黒死牟は六つの目を細めながら美味しい美味しいと口周りを汚しながら酒と肴を貪る童磨を眺める。華やかな外見に反し、童磨は意外に飲食の仕方が豪快だ。それ故に付いているぞ…と口元をぬぐってやろうと指を伸ばすも、鬱金色の目をくわっとかっぴろげた猗窩座を目の当たりにし、黒死牟は小さく童磨に注意するだけに留まった。

「へぁ? あ、ホントだ。教えてくれてありがとう黒死牟殿」

「なに、気にすることは…」

 ない、と懐から手巾を取り出そうとした黒死牟の言葉は次に起こした猗窩座の行動によって途切れることになる。

「ぐげ」

 真ん中に座る童磨の顔が黒死牟から見て真後ろへとぐりんと振り向いた。その先には紅梅色の髪と顔から全身にかけて蒼い刺青が走る姿に戻っている目がトロンとした状態の猗窩座がいる。

「あの、猗窩座殿流石に痛ぃ…ンッ」

 その表情から慣れない稀血で酔っぱらってしまったのかという気持ちはあったけれど、流石に力加減はして欲しいなあと親友として一言呈そうとした矢先に童磨の唇は猗窩座によって塞がれてしまっていた。

「ンんッ、んっ…ぁ、ぇぇえ??」

「はっ、すきだらけだぞじょうげんの二」

「あー、やっぱり酔っぱらっちゃってるねぇ」

 舌足らずな口調でしかも弐の字が違ってるもんとメタ的なことを考えながら童磨はそんな猗窩座に苦笑する。ついでに拭おうと思っていた稀血と肉の欠片も取れていたのでありがとうねとお礼を言うと、もっとうやまえと陽気な答えが返ってきた。

「猗窩座殿、可愛い♡」

 いつもはつれなくスンとした表情を崩さない親友のそんな姿を目にした童磨は嬉しそうに笑う。だがそんな彼とは対照的に黒死牟は無表情を貫いていた。

 

────…姑息なり、猗窩座…!

────ふん、嫉妬か?黒死牟。

 

 どう見ても演技ですありがとうございますとしか思えない脳内対話が返ってきた黒死牟はぐぬぬと表情を変えずに唸る。ちなみに猗窩座と黒死牟のみの間で交わされるそれに童磨は気づいていない。

 ただただ、こんな風に二人と仲良くできていっぱいお酒もご飯も食べることができて、また明日も頑張ることが出来るという何かが湧いて来る、そんな風に想えるのが嬉しいとふにゃふにゃ笑うだけだった。

 

「ふふ、こくしぼーどの、あかじゃどのぉ……」

「私は…ここにいる…」

「俺もいるぞ」

「んー…」

 宴も酣となったところで三人は万世極楽教の寺院へと戻る。それは勿論世仮で教祖をしている童磨を送り届けるためだ。

 行きは猗窩座が半ば強引に仕事疲れの童磨を抱き上げて運んだが、帰りは黒死牟が背負う。そのことについて猗窩座は思うことはあったが、抜け駆けをしたのは自分の方だということは重々自覚していたし、何より鬼同士の調和を重んじる童磨の気持ちよさそうな寝顔に免じて自重した。

「……しかし…」

「あ?」

 くうくうと広い背中の上で寝息を立てている童磨を下から眺め、あどけない無垢な表情を晒す童磨の頬をつついてやろうとする猗窩座に黒死牟が一瞥する。冗談だと言わんばかりにひらりと手をよけた上弦の参は付き合いの長い上弦の壱の言葉を待つ。

「…こうでもしなければ…こ奴は無理ばかり…重ねてしまう…。上弦の弐とて…精神的な負担は負わずに越したことはない…」

「…全くもって同感だ」

 鬱金色の大きな瞳がこの莫迦野郎という視線を滲ませながら壱の背中に背負われている童磨を睨みつける。月一度の上弦の三強の親睦会と銘打ったこの飲み会は、教祖業として息抜きが出来ず無意識のうちに疲れた顔をしている童磨を見た彼らが打ち出した企画だった。勿論それは鬼の始祖にも伝わっていたが、基本的に彼は自分の望みをきちんと果たすために動いていれば上弦が基本何をしようと普段は放任している。勿論抜き打ちのチェックが入るのは当然と言えば当然だが、自分の血を多く授けた三傑には特に甘かった。ちなみに童磨のことをあまり好きではないと評したがそれは表向きの話である。

 

閑話休題

 

「…コイツの他者を救わなければならないという戯言はここまで来れば悪癖だ。たかが3杯の稀血に酔っぱらいやがって何が救済だ…!」

 悔しそうに猗窩座はぎり、と拳を握り締める。そんな猗窩座を見ながら黒死牟は少しずつずれ落ちてしまっている童磨を背負い直し、そうだな…と小さく呟いた。

「…だが…そうは言っても、もう百年以上コイツはそれを当たり前として生きてきたのだ…。崩せぬ立場というものもある…」

「だが!」

「…猗窩座…」

 感情が高ぶった猗窩座に黒死牟が静かに窘める。思わずハッとして背中の童磨を見やるが、相変わらず彼は無防備に、ちょっぴり涎を垂らした寝顔で寝入っていた。

「お前の気持ちも分からないでもない……。だが…人の口に戸は立てられぬ…。不用意にこ奴の今の均衡を崩せば…あの方の目的の妨げとなり、面倒なことになる…」

「…っ」

 黒死牟の言い分はもっともだ。だが親友として己を慕ってくる彼に対しもっとできることはあるのではないかとどうしても猗窩座は考えてしまう。

 最も猗窩座は以前より童磨のことを親友の枠組みから越えた目で見ていたし黒死牟もそれは同じだった。

 だが恋という感情が分からずに児戯のような恋愛を繰り返す童磨に、片や親友、片や敬愛すべき上司という立場の自分たちが懸想していることを伝えても悪戯に混乱させてしまうだけである。

 そのために彼らは抜け駆けはしないという共同戦線を張り、こうしてさりげなく童磨を気遣う名目で少しずつ少しずつ彼の心の中に自分たちの存在を刷り込んでいる真っ最中なのだ。

 長期戦になることは重々熟知しているがそんなものは想定の範囲内だ。何せ鬼は無限の時間を生きることができる。変化を好まないが改良に繋がるものであれば時間も労力も惜しまない始祖の気質はこの二人の鬼にはしっかりと引き継がれており、童磨が自分たちを見てそのどちらかを選ぶ段階に立つための種を今は撒いている最中である。

 そして黒死牟も猗窩座も付き合いは長いためそれなりに互いのことを認めていた。これがもし他のどこの馬とも知れぬ奴が童磨に言い寄ったのならばその時は文字通り自分たちの血肉になるだけである。

「…黒死牟…」

「……なんだ…」

「抜け駆けはするなよ」

「……ここは…鏡を見ろと…言うべきか…」

 世にも珍しいスンとした表情になった黒死牟の言葉に、冗談だとカラカラと笑う猗窩座もそれなりに酔っているらしい。

 その表情の欠片でも少しは想い人である彼に見せればいいのにとは言わないまま、そうか、とだけ呟いた黒死牟は再び童磨の身体を背負い直し、再び人の頃の姿に擬態をしながら寺院へ向かって歩を進め続けていた。

 

鬼時代ですがめっちゃほのぼのなカラーレインボーサンド(黒→童←座)です。
ちなみにカラーレインボーサンドの由来は、猗窩→赤と変換して、この攻め二人の名前って色入ってるよねで決めました♪ むしろ商品名であってもおかしくないと思いますカラーレインボーサンド。
むしろどんどん定着させていってほしいですカラーレインボーサンド。

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