オキシトシン・ラブ・マジック

「童磨…」
 寒い夜が続く今の季節、ぴったりとくっつくのにこれほど適している時期はないと言わんばかりに猗窩座は恋人の背後からぴったりと抱きすくめる。
「ふふ、なあに、猗窩座殿…」
 お風呂から上がったばかりの髪をしっかりと温かいリビングで乾かされた後、ドライヤーを片付けてソファに座る自分をみっしりと筋肉の詰まった固いけども心地がいい両腕で抱きしめてくる。〝昔〟、自分に対して容赦なく振るわれた拳はどこまでも虚無で冷たくて自分の血で温まっていただけに過ぎなかったから。だからこんな風に優しく柔らかく抱きしめてくれる猗窩座の腕にそっと自分の手を置くそれだけでこんなにも幸せになれる。それがたまらなく嬉しいと毎日のように童磨は心から想う。
「今日も一日ありがとうな」
「ふふ、どういたしまして。こちらこそ一日ありがとう」
「ああ、どういたしまして」
 少しだけ腕が緩められたのを見計らい、くるっと背後を振り返った童磨は立ったままの猗窩座を見上げる。身長の差ゆえ、いつもは見下ろしている猗窩座をこうして見上げるのは何度経験しても慣れることはなく、そんな童磨を猗窩座は優しく柔らかな向日葵色の瞳でただただ見つめている。
「ん…っ」
 そしてそのままゆっくりと顔が近づいてきて唇を食まれる。お互いお風呂から上がったばかりなので、ボディソープやシャンプーの香が間近で漂ってくる。同じものを使っているはずなのにどうしてこんなにもいい匂いがするのだろうと二人同じことを考えながら、猗窩座と童磨は思う存分お互いに触れ合いスキンシップを計る。
「ぁっ…」
 ソファの背もたれに隔てられた猗窩座の手が童磨の頬を指の背でなぞっていく。珠玉の如くのその肌は猗窩座の指が辿ると同時に徐々に赤みが差していく。
「綺麗だな…」
「んっ…、そう言う猗窩座殿だって…」
 格好いいよと言いながら、童磨はソファから立ち上がる。このままここで最高のスキンシップを取ってもいいのだが、如何せんソファの後始末が大変なのだ。…とはいっても猗窩座が率先してやると言って聞かないのだが。彼の言い分は身体の負担があるのはこちらなのでそれぐらい俺に任せろ下さいとのことなのだが、やはりそんな大変なことを猗窩座にばかりやらせてしまうのは忍びないという気持ちはある。それに何よりも童磨自身ソファの背もたれを挟んだスキンシップではもどかしいと感じたからに他ならない。
(ああ、本当に…)
 〝昔〟、人を幸せにすることこそが自分の使命だと思い込んでいた頃。今でいう認知行動療法で感情を得て本当の幸せとは何なのかを模索していたが、何の結果も得られなかった。そればかりか鬼狩りの少女に何のために生まれてきたのかという嘲りを受け、例えようもない不快感が唯一感じられた感情だった。自分は何も執着できない、死ぬことすら悔しくも怖くはない、猗窩座のように別のものに生まれ変われるかもという期待は泡のように消え、堕ちた地獄の先で自分を溶かした張本人に恋をしたかもしれないと打ち明けたところ更に罵声を浴びせられるにまで至った。不幸だなんてことは一切思っていない。だが幸せだと感じたことも一度もなかった。信者たちに崇められ、身体を与えて救われたと言われても。
 そんな自分が、更に落ちた地獄の先で猗窩座と出会い、親友だと改めて認めてくれた上で様々な話をし、記憶を携えて生まれて、親友から恋人という新たな関係になれた。そこから少しずつ与えられた胸がくすぐられるような温かい何かが少しずつ降り積っていくような、そんな感覚を猗窩座から教えられ、そうして徐々に幸せであると実感できるようになった。
(俺、本当に今、幸せなんだなぁ…)
 幸せが過ぎて怖い、なんてことは思わない。幸せである方法はコーチという職業柄熟知しているし日々実践している。だからこそ、日々のささいな幸せを噛みしめるたび、猗窩座とこうしていられることに感謝せずにはいられないのだ。
「あ…」
「童磨…」
 感慨にふけっていた童磨の身体が不意に猗窩座の温かく逞しい腕によって持ち上げられる。今生でも仕事の合間に体を鍛えている猗窩座は童磨よりも背は低いが力は遥かに勝っている。だからこそ猗窩座は童磨を二度と傷つけないように慎重に、まるで花を愛でるかのように大切に触れることを固く心に誓っているのだ。
「…いつも、俺を受け入れてくれて、ありがとう…」
 二人分の身体を受け止める愛の巣でもあるベッドにそっと横たえられ、真剣な眼差しで告げられる言葉に童磨の心がまた一つとくりと優しい音を奏でていく。
「俺の方こそ…いつも俺を大切に扱ってくれて、嬉しい…。ありがとう、猗窩座殿」
 筏葛の髪とまっすぐに自分を見据えてくる向日葵の瞳を持つ彼の頬に優しく手を添えながら童磨もまた言葉を紡ぐ。

 こうして二人は飽きることなく驕ることなく、互い互いに幸せになるための魔法をかけていく。一日おきに解けてしまう魔法であるため、毎日かける必要はあるが、これはかけるたびに相手への想いが増しいき、永遠を約束できるそれでもある。更に言えば死が二人を分かっても尚、巡り合いたいと思えるほど効果覿面の、お互いがお互いに対等であろうとする彼らにしか使えない魔法であった。

 

幸福三大ホルモンの一つと言われるオキシトシンの分泌方法があまりにも猗窩童に適しているので書いてみた話。ここからソファ・ラブ・コミュニケーション(要パスワード請求)に繋がっていきます。

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