新玉ねぎが煮えるまで

 それはある冬の休日の昼下がりのキッチンでのことだった。
「なあ」
「ん? 何だい猗窩座殿」
 昼ご飯を済ませ、そろそろ小腹が空いてきた時間。スイーツよりも少しだけがっつりと、それでいて夕飯に支障が出ないくらいのものを食べたいなと思った二人がそろってキッチンに赴き、パントリーを漁っていたら新玉ねぎを発見したのでそれを使ったスープを作るための下拵えを整え終えた頃、何かを思いついた猗窩座が童磨に声を掛けた。
「折角だから今作っているスープをもっと美味しくなる方法を考えないか?」
「というと??」
 隣に立つ自分よりも少し背の低いが最高に格好いい恋人の提案にきょとりと童磨は首を傾げる。そんな自分よりも大柄なのにいちいち仕草が可愛らしい恋人の姿に胸を抑え込みそうになるがどうにか立て直し、今自分が思いついたゲームの説明を猗窩座は始める。
「なに、簡単なことだ。この新玉ねぎのスープが煮える間、お互いの好きなところを言い合って行こうと思ってな」
 猗窩座がそう言いだしたのには理由がある。ここ数日、仕事が忙しくてすれ違いの生活を送っていたため、夜の営みはおろか日中の触れ合いもままならなかった。今日はようやく訪れた休息の日だが、一緒にキッチンに並び立つだけでは溜まりに溜まった童磨への想いを伝えることができないと感じていた猗窩座が少しでも世界中の大好きを集めたかのような想いを届けるための知恵であった。
「猗窩座殿が言うなら俺は構わないよ?」
 根の部分をくりぬいた二つの新玉ねぎを1lの水に浸し、蓋をして火をつけた童磨が望むところだと笑いかける。そしてその後に続く言葉は「俺は優しいからな」ではなく、「俺は猗窩座殿が好きだから」に変わったのは一体いつのことだっただろうか。
「じゃあまず俺からな」
「どうぞ」
 〝昔〟の口癖が今の自分によって変わり、それが新たな恋人の口癖になったことに密かな喜びを嚙みしめながら、ゲームの先行を猗窩座が取る。まだ少し余裕めいているその顔を見ながら、そんな風に無防備に笑っていられるのも今のうちだという気持ちを込めながら、猗窩座は一気に攻撃を開始した。

「まず顔がいい、頭もいい、いい匂いがする、優しい、どこもかしこも柔らかい、俺の全てを受け止めてくれて、何かにつけて礼を言ってくれるから土産の買い甲斐があるそれから」
「ちょっ、ちょ、ま、待って」

 まだ始まってから32秒も立っていないし、1/3の1/3も伝えられていないと猗窩座は少しだけ不服そうな顔をする。

「何だもう降参か??」
「いや、降参じゃないけど…」
 しょっぱなから自重しないで飛ばしてくる猗窩座の飾り気のないまっすぐな言葉に童磨は両手をあげてストップをかける。降参ではないのならゲームは続投だと猗窩座は言い置いてから更に童磨の好きなところを立て板に水を流すように述べにかかる。
「聞き上手なところもいい。自分に無い物を努力で補うところも好ましい。自分に合った方法を探して効率よく成長するところは見習うべきところだ。任務を与えられなかったとしても腐らずに自分のやるべきことを全うした心根も同様だ。ああ、後な…」
「やっぱり待って! これ、俺めっちゃ不利じゃないの!?」
 これ以上はいけない。胸の中のホワホワが猗窩座から与えられる愛の言葉と融合して今にも爆発しそうだと童磨は思わず耳を塞ぎかけた。
「…何故だ? 童磨。何故耳を塞ぐ…?」
「何故って…」
「そうか…やはり今更か…。あの頃に気づけなかった愚かな男の愛の言葉など聞くに値しないか…」
「違う違う! そんなんじゃないってば!!」
 悲しそうに眉を下げた幼さの残る面立ちの顔を見てしまえば、ずるいという思いよりも先に悲しませたくないという気持ちが先立ってしまう。でもやっぱり腑に落ちない。それにそもそもそんなに飛ばしていたら三十分なんて持たないじゃないかと思いながら軽く膨らんだ童磨の頬に、ふにりと柔らかな感覚が下から押し付けられた。
「んっ」
 少し遅れてチュッと軽いリップ音が響く。今、頬にキスをされたのだと自覚したのと同時、先ほどの悲しそうな顔は何だったのかと言いたくなるほど、愛おしそうに目を細めながら背伸びをしてキスを落とした猗窩座の顔がゆっくりと離れていく。
「ああ、その顔もたまらなく好きなところだな」
「~~~もうっ!」
 やっぱりこのゲームは不公平だ! 猗窩座殿に有利なだけじゃないかとぷんすかしたところで、勝負の世界は厳しいのだと猗窩座はカラカラ笑うだけだ。
「う~~~~~~」
 〝昔〟は猗窩座の方が手も足も出なかった。それが今ではどうだろうか。こんなにも彼に翻弄される日がくるなんて思ってもいなかった。ほんの少しだけ悔しくもあるけどもそれ以上にくすぐったく柔らかく温かな気持ちも湧き上がるから、本気を出して突っぱねることなんかできやしないのだ。
「そんなに言うならお前もその分伝えてくれればいいだろう?」
「それは、そうなんだけどさぁ」
 そんな童磨の目の前で、猗窩座はキラキラした笑顔を見せながらこちらを見上げて来る。それはまるでチュー〇を与えられる猫のような、そんな期待に満ちた顔だった。
「…えっと……」
 必死に童磨は考えをめぐらす。誓って言うが猗窩座に対しての好意がないというわけではない。ただどうやったら先ほどの彼のように熱量のある言葉で伝えられるか、その方法を探しているだけだ。
 元来童磨は人に与えるタイプ・ギバーの特性が強い。更に言えば無自覚の自己犠牲型だった。
 もっともそれは猗窩座と付き合うようになってから少しずつ改善されていき、他者思考型へと変わっていったのだが、それでも与えられた分をそのまま受け取るよりも同じだけのものを返したいという性質は根強く残っている。
 だからこそ何よりも大事な恋人がそう言う風に熱量をもって伝えてくれた言葉に対し、自分も同じだけの熱量をもって返したいと思うのだが、如何せん自分がそう言う部分は淡白であるということを童磨は自覚していた。
 なのでこの勝負は自分に分がない上、猗窩座にとって何の旨味もないのではというのは分かっていたが、期待に満ちた恋人の顔を見るとやはり少しでも返したいと思えるほど、今の童磨は彼のことを大切に愛おしく想っている。
「その、ね…?」
 虹色の瞳を少しだけためらいがちに彷徨わせる。果たしてこの激しいほどの想いを向けてくれる恋人の心に届くだけの想いが彼に伝わるのだろうか、と。
(怖い、のかなぁ……)
 そんな自身の躊躇いを自覚して童磨はそんなことをふと考える。人にどう思われるかなんて意識したことがなかった。感情がなかった分、人に頓着しない分、その分だけ多くの信者の悩みを聞き救済することができた。
 それが今ではどうだろう。彼のことを考え、想い、その気持ちを口にすることに対してこんなにも躊躇い、そしてどうすれば喜んでくれるかを考える日がくるなんて、思いもよらなかった。
「童磨」
 する、と隣にいる猗窩座がそっと童磨の手を両手で包む。無理強いはしない。だけどどうしてもお前の口から聞きたい。お前が俺をどんなに想ってくれているのかを。そう真摯に語る向日葵に虹色は静かに潤み始める。
「俺は猗窩座殿が、好き…」
「おう」
 ようやく絞り出した声はありきたりな言葉でしかない。しかも心の奥底を柔らかく温かくくすぐられているような気持ちに感極まって涙ぐみながら発するものではないというのは心のどこかで分かっている。だがそれでも猗窩座はとても嬉しそうに笑ってくれている。そしてそんな自分を力づけるように、ぎゅっとその手を優しく握り返してくれる。
「こんな風に、俺のこと元気づけてくれる、ところとか…。真っすぐにすごい熱量で、俺のこと好きだって、言ってくれるところとか…」
「おう」
「いつだって…俺のこと考えてくれて…、俺のこと大事にしてくれて…。俺と、親友だって言って、くれて…」
 ぽろぽろ、ぽろぽろと涙が出てくる。悲しいわけじゃ断じてない。ただひたすらに彼がここに居て自分の言葉を待っていてくれて、そしてこうしていられることが嬉しくてたまらないのに、それを言葉に出来ないもどかしさが今はただただ歯がゆかった。

 言葉に出来ないもどかしさに泣くなんて、まるで子供みたいだ。

「ごめ、俺…、子供みたい」
 そう言った童磨の身体が不意に温かく固く逞しい両腕によって抱きしめられた。
「いいんだ…。〝昔〟の分まで俺の前で子供のお前も見せればいい」
「~~~っ、そういうとこ、も…好き…っ、大好き…!」
 感極まって半分叫ぶようにそう言えば、俺だってそんなお前が大好きだと返される。上手く言葉に出来ない想いを涙に載せて泣きじゃくる自分をただただ抱きしめ返してくれる度に、こんなにも彼が好きだと思い知らされる。

 愛しさを言葉に出来ずに泣きじゃくる恋人を抱きしめながらその想いを噛みしめる猗窩座の耳に、新玉ねぎのスープが煮えたとセットしたタイマー音が鳴り響く。

 だがまだ恋人の胸の内の想いを吐き出し終えていないことに気づいていた猗窩座は、そっと童磨の身体から手を放しコンロの火を止めると、涙に載せた自分への愛しさを全て受け止めるための抱擁を優先する。


 コンソメが染みた新玉ねぎのスープが二人の口に入るのはそれから数時間後のこと。塩分を消費して眠ってしまった童磨とそんな彼に付き添った猗窩座が目を覚ました午前三時を過ぎてからだった。

 

診断メーカーの結果に滾って、新玉ねぎが煮えるまでとは言わずに一生イチャイチャしててくれ猗窩童ーーーーーー!!!と滾って書き殴った話です。
座殿のスパダリ感がパねえ上にどまちゃんが乙女になった件\(^0^)/
余談ですがこの話書いてる最中、#新玉ねぎチャレンジを思い出してました。久しぶりに見たら相変わらず可愛かったですw

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