ありのまま今起こったことを話そうと思う。
俺の側近として働いてくれている頭をそりあげた若い男の子に、友人である猗窩座殿を紹介したところ、猗窩座殿が俺の横を吹っ飛んでいった。
何を言っているか分からないと思うが、俺も何が起きたのかさっぱりわからない。
いきなり吹っ飛ばされている!?
瞬間移動?もしくはざ・わぁるど??
いやいやそんな訳ないよねととりあえず後ろを振り向いてみると、吹っ飛んでいった猗窩座殿も左頬を押さえて鼻血と口の端から血を流しながら呆然としていたので、彼もまた何が起こったのかわかってなさそうだ。
そりゃそうだろう、柱でもなんでもない、それなりに歴史のある宗教団体の側近とはいえ、ただの一般人に流血させられたのだから。
「猗窩座殿! 落ち着いて、ね? ね??」
ともあれ、わざわざ擬態をしてこちらを訪ねてきた友人に無意味な人殺しなどをさせたくない上、有能な人材を減らしたくない俺は猗窩座殿に駆け寄って、とりあえずポーズだけでも白い手布で血をぬぐう。
だが猗窩座殿はやはり自分が柱でもない人間に吹き飛ばされたことを自覚していないのだろう。いつもならとっくに頭を吹き飛ばされているはずなのに、俺にされるがままになっている。
その間にも側近の頭をそりあげた若い男の子(もうめんどいからハーちゃん呼びにする)が、背後に鎧兜を被った憤怒の形相の石像みたいなオーラを浮かび上がらせながらずんずんと猗窩座殿に近づきその胸倉を掴み上げた。
「ちょ、」
「貴様が教祖様のお友達だと!? 教祖様みたいな愛らしく純粋で可憐な方に何の下心も助平心も抱かない奴がいるかあああああああああ!!!!!」
どいつもこいつも皆獣じゃああああああああという絶叫にも似た声に流石に俺もどう反応していいか分からなかったし、猗窩座殿はもっと訳が分かっていないと思う。
がっくんがっくんと猗窩座殿の身体を揺さぶりながら、ハーちゃんは何かわけのわからないことを喚いていたが、流石は腐っても上弦の参。あっという間にハーちゃんの拘束から逃れ、そのまま掴みかかるかと思って慌てた俺だけど、なぜか彼は屈んだままの俺の背後に回ってその両耳をぽす、とふさいでしまう。
「あの、猗窩座殿?」
その行動の意図することが分からず思わず宇宙から猫を召喚してしまったが、残念ながら目の前のハーちゃんの形相しか見えず、多分恐らくだけど俺の上で猗窩座殿も何か叫んでいるらしいことは空気の振動から伝わってきた。
***
鬼になってからというもの、こと理不尽さについての耐性は我ながら強くなったと思う。
あまり大きな声では言えないが、あの方からのパワハラだとか、そしてなぜか俺が今耳をふさいでやっているこの鬼からの脳内対話だとか(あまりにもうるさすぎてあの方に制限ストップをかけてもらったが)、それでも俺はよく耐えうる方だと思っていた。
だが、今の状況は鍛え上げた至高の理不尽耐性を持ってしてでも処理できずにいる。
俺はただ単に、情報共有のために此奴の根城の寺院に訪れただけだった。
万世極楽教の教祖という地位にいるこの男…童磨が『こちらに訪れてくれるときは、ぜひとも俺の友人と名乗ってくれ』というふざけた提案に、迷わず一撃をくれてやったのだが『まあまあ猗窩座殿、話は最後まで聞くべきだ。こう見えても俺は忙しい身でね。一般人が教祖である俺に会いたいと早くて2日は待ってもらわなきゃならないんだ』という一理ある弁に、大変不本意ながらも友人を名乗ったのだ。
一応余計な軋轢を生まないように人間に擬態してやって来た。応対してきた人間に、(不本意だが)童磨の友人だと名乗ると、あれよあれよという間に奥座敷へと案内される。なるほど、これだと確かに無駄に待たなくても済むなと、あいつにしては名案ではないかとほんの少しだけ思ってやった。
やがてすぐにやあやあよく来たね猗窩座殿!と軽薄な笑みをたたえながら、稀血が入った徳利と猪口を持ってきた童磨に青筋を立たせながら、何のかんのとやり合ってようやく情報提供にまでこぎつけた。
そう、ここまでは今までよくあったことだった。
状況が一変したのは、此奴の側近とかいう頭をそりあげた若い男(めんどくせえから以降ハゲ)が童磨を呼びに来てからだ。
『あ、ちょうどよかった君にも紹介するね?』
ぐい、と童磨の長く伸びた爪が俺の二の腕に触れる。今すぐにでも吹き飛ばしてやりたい衝動に駆られるが、流石に一般人…しかも童磨に心酔している人間の前でそれをする訳にはいかないと俺は耐えた。
『彼はね猗窩座殿。俺の友達なんだぁ』
にかーっという擬音が聞こえてきそうなほど能天気な面を吹っ飛ばせたらどれだけ気持ちがいいことだろう。だがここは我慢の時だ。
『は、じめまして。童磨の友人の猗窩…』
『貴様あああああああああああああああああああ!!』
ハゲの絶叫と共に衝撃が走った左頬。宙に浮かぶ感覚。スローモーションで童磨から離れていく俺。
一瞬遅れて聞こえてきた破壊音と背中から伝わってきた衝撃に、ようやく俺はハゲの手により物理的に童磨から別離させられたことを理解した。
なんだ、何が起きた?
後ろを振り返った童磨の顔が見える。お前の血鬼術……というわけでもなさそうだな。お前そんな表情もできたんだなカワイイ。
いや違う、そうじゃなくて。
『猗窩座殿! 落ち着いて、ね? ね??』
駆け寄ってきて俺にだけ向けられる心配そうな顔。無駄に顔がいいんだからお前そうしてろよ俺好みだカワイイいやだから違ういい匂いがするないや違うっつーの肌触りのいい手巾だなお前趣味何気にいいよなカワイイいやだから…。
この時の俺はしこたま頭を打って文字通りくるくるパーになっていたんだろう。普段なら決して表沙汰にできない感情に支配されており、もういっそのこと迷惑料ということでこいつの胸に顔を埋めてスーハースーハークンカクンカの呼吸でもしてやろうかと思っていた俺は、ハゲが背後に怒りの大魔神のオーラを纏ってこちらに近づいてくることに気づけずにいた。
「ちょ、」
慌てたような童磨の声が聞こえる。何だ今日のお前は新鮮だなカワイイもういいや童磨カワイイ友人なんて生温いこと言ってんじゃねえ。
「貴様が教祖様のお友達だと!? 教祖様みたいな愛らしく純粋で可憐な方に何の下心も助平心も抱かない奴がいるかあああああああああ!!!!!」
まさに俺が考えていたことをそのまま見透かした台詞を吐きがっくんがっくんと身体を揺さぶってくる。
こいつ柱とかじゃねえよな?流派はなんだ剃髪の呼吸?そのままだな光の呼吸?なんてのんきに思っていたら、どいつもこいつも皆獣じゃああああああああと聞き捨てならない言葉を吐いてきた。
おい、おいちょっと待てお前この後の台詞は絶対こいつに聞かれたら面倒くさいことになるパターンだと勢いよく起き上がり、俺を介抱しようと屈んだままのコイツの背後に回り、しっかと耳をふさいでやった。
「どうせ貴様も教祖様の友人と騙って、高潔なこの方を(ピー)して(パー)して(ズキューン)した挙句(バキューン)して、最後に(レディコミッ)して捨てるつもりだろうが!!」
この時俺は、猛烈にもう二本の腕を生やせる血鬼術を開発しておけば良かったと心底後悔した。マジで聞きたくなかったわそんな単語の羅列。
その間も俺によって耳をふさがれている童磨は「ねーねー猗窩座殿、ハーちゃん何言ってるの?」などとのんきに訪ねてくる。お前頼むから空気読んで。
「ああ教祖様、あなたは慈悲深いお方だ。だがそれが時としてこのような輩を引き寄せてしまうことに気づいていない。にもかかわらず寛大な御心で大らかに接せられる…このハゲめは一生あなた様についていく所存であります」
このハゲめって言ったぞ、こいつ、本名がハゲなのかハゲがコードネームなのか?非常にどうでもいいことだが。
それよりも気になる部分があった俺は、もう一度改めて童磨の耳をふさぎなおすと、ハゲ改め側近に向き直った。
「……貴様の言い分だと、こいつに友人と称して近づいてきた奴らは相当阿漕な真似をしていたそうだな」
「ああそうだ。それでも教祖様はそんな輩の望み通り友人であろうとされていた」
ああなんて尊い方なのだと恍惚の表情で涙を流す側近を見ながら童磨はハーちゃん大丈夫?と心配そうな声をかけている。
「チッ…」
思わず舌打ちがついて出た。俺に対し”友人”を名乗れと案を出した童磨はもちろん、それ以上に自分にも腹が立って仕方がない。
つまりこいつの中で俺は、友人という皮をかぶり、やりたい放題好き放題して骨の髄までしゃぶり尽くした下郎と同じだということではないか。
しかしそれを否定する資格は俺にはない。
俺だって、名もなき鬼から上弦の弐へと繰り上がってきたこいつに対して手を上げ続けてきたではないか。
気に食わない、と唇の端をギリリと噛みしめれば、殴られて流血した個所と重なって更に痛みが増したがそんなのは些末なことだ。
「おい、側近とやら」
「ハゲでいい」
「いや、お前がよくてもこっちがいたたまれないから…。まあいい、俺はこいつの友人ではない」
「何?」
途端に剣難な視線を向けてくるハゲ改め側近に、俺はふさいでいた童磨の耳を外す。
「あれ?もうお話終わった…」
そのままこちらを振り向いた童磨の顎を捉えて翳めるよう接吻を一つ。
「な…っ、なななななな…っ!?」
「見てわかったか? 俺たちはこういう関係だ」
頭の先までゆだっている側近とは対照的に、ぽかーんとした表情のままこちらを見上げてくる童磨。うん、カワイイ。もういいやカワイイわこいつ。
「なあ童磨? お前が照れるのも無理はないが、俺のことを友人と紹介するのは止めてくれ」
「え、俺、照れて、なん、か…」
いや、めっちゃ照れてるからカワイイ。むしろ話合わせろ。むしろ色々スマン。後でいくらでも稀血飲みでもなんでも付き合ってやるわマジで。
「お前は俺の恋人、だろう」
「え、ええ…? そ、うなんだ、よ…?」
「そうだ」
お前、いつもの取り澄ました面はどこ行った。散々女どもと恋愛ごっこしてるって言ってただろう何だその反応カワイイ。
「だから先ほどお前が言っていた”友人”とやらは、俺も近づけさせないようにする」
「……」
「こいつは、俺が守る」
「ぇ…?」
さっきから顔真っ赤になってるぞお前カワイイな。というかもうカワイイが鳴き声になってるな俺。
「……教祖様…」
「え? 俺?」
「教祖様は、それでいいんですか?」
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