猗窩座視点
「ねえねえ猗窩座殿。クリスマスなんだけどね」
「おう、決まったか?」
「うん、俺、貯金箱が欲しい」
無事に就職を決めてゆるゆると冬休みを過ごしている大学最後のクリスマス。俺は童磨にプレゼントは何が欲しいかと今年も尋ねた。
とは言っても今生で童磨と再会し親友になり恋人に関係性を発展させても、クリスマスはおろか誕生日プレゼントも欲しがらない性質のこの男。『猗窩座殿がくれるなら何でもいいよ』だの『あ! じゃあ今度のお休みお買い物に付き合って! クリスマスのご馳走いっぱい作るから荷物持ってほしいんだ』だの、本当お前は欲しがらなさすぎだと甲斐性をへし折られること数年。ここに来てようやくコイツの望むものを聞き出すことができ、プレゼントできると俄然張り切ってしまうのは惚れた相手に対しての男の性だ。
ちなみに当の童磨はきちんと俺の希望を聞いた上で望みの物を贈ってくる。俺とて一方的に貢がれるのは嫌だから『お前が選ぶものなら何でもいい』とここ近年は押し切っているが、それでも俺の欲しいものを見繕って贈られてくる。ここまでくればもう俺が不甲斐ないのではなくコイツの甲斐性が天元突破しているのかと思うとそれはそれでやるせない。
そんなわけで今年のクリスマスプレゼントは俺は張り切っていた。しかし貯金箱と言っても昨今ではペットボトルで代用できる(もちろ選択肢には入れていない)。試しに調べてみたらヴェ〇サー〇の2万円越えのものもあれば風水的な意味合いを前面に押し出しているもの、果ては指紋セキュリティ付きの貯金箱…もはやそれは金庫ではなかろうか?…もある。
たかが貯金箱されど貯金箱。ぶっちゃけ俺は侮っていた。
「…なあ」
「んー?」
この際だから直接本人に聞いた方が早いと判断した俺はイージーヘブン(要約)のページの検索ボックスに”貯金箱 おしゃれ””貯金箱 ブランド”と打ち込み、ずらっと並んだ画像を童磨に見せた。
「クリスマスプレゼントなんだが、お前どういうものが欲しいんだ?」
「え、あっ、貯金箱ってこんなにあるんだ」
「まあな。貯金箱…奥が深すぎる…」
「へー、10円硬貨と同じ素材で金運が上がる貯金箱かぁ…。まあ思い込みって大事だし需要はあるよね」
「流石”昔”も今も教祖だな。説得力がおありだ」
コイツは確かに”昔”は万世極楽教という名の宗教を取り仕切っていたが、改めて話を聞くと非道くまっとうな経営をしていた。もしも俺がコイツと同じ時代に生を受けていたら…と思い頭を振る。そうなれば俺はコイツと共にこうしてここにはいられなかった。前世があって今の俺たちがある。それでいいではないか。
やがて画面をスクロールしていった童磨の手がぴたりと止まり、何とも言えない表情になる。
「へぇ…、これは…何と言うか…その…」
コメントを差し控えているのはこれだろ、金のう〇この貯金箱だよな。安心しろ流石に愛する恋人に対してそういった類の物を贈るような真似はしない。
「見れば見るほど興味を惹かれるなぁ」
「…お前が望むなら望むだけ買おうか?」
そうだ、何も一つに絞ることはないのだ。今まであげ損ねたクリスマスプレゼントだと思えば貯金箱の10個や20個なんてことはない。だが童磨は流石にそんなにはいらないなぁとニカーッと笑いながら答えてくる。
「む…」
「ああ、そんな顔をしないでおくれ猗窩座殿」
「ならせめてこれだけは教えてくれ」
「何だい?」
「叩いて壊すタイプの貯金箱か出し入れしやすい貯金箱か。前者は目標額を貯めるには持ってこいだが、一度入れたお金は叩いて壊さない限りは開かないがモチベーションは上がる。後者は手軽に貯めやすいがその分有り金を使ってしまうというデメリットはある。お前はどちらがいい?」
「じゃあ後者の方で」
即答した童磨に分かったと頷く。
「デザインは俺任せでいいか? ちなみにさっきの〇んこの貯金箱は除外するから安心しろ」
「あはは♪ あれは確かにウィットすぎるよなぁ」
この時の俺はなぜ童磨が不意に貯金箱を欲しがったのか全く気づけていなかった。
当時から童磨はネットビジネスを軸にして十分稼いでおり、散在することもなく必要最低限のものしか手元に置かなかったのできちんとした蓄えもあった。
その時の俺はもちろん恋人とは言え完全に懐事情を把握はしておらず、むしろ甲斐性をひっくり返してやる! とさえ思っていた。更に言えば『せっかく猗窩座殿から贈ってくれた物を壊すだなんて俺には耐えられない』というぽろりと零れ落ちた殊勝な恋人の言葉に辛抱溜まらず押し倒し、ことに及んでしまったのだから。
そんな会話を交わして迎えたクリスマス。
テーブルの上には一緒に作ったクリスマスのごちそうが並んでいる。
高級レストランの飯は確かに美味いが、コイツの手料理には叶わない。
町の外にはイルミネーションを見にカップルが連れ立っているだろうが、そんなものよりも美しい存在が至近距離にある。
向かい合わせに座る俺と童磨の間にはLEDランタン型のオブジェがある。スノードームと同じ原理でスイッチを入れれば中に入っている雪が舞い、森深くに佇む教会ともみの木が幻想的に光るという仕組みになっている。これならクリスマスも楽しめるし、停電になった時も便利だからと言って買ってきたのは童磨の方だ。確かに年間を通して一時飾るだけのクリスマスツリーよりも、使い道に幅がある方が様々な面で役に立つ。インテリアとしても華美すぎないそのオブジェはひそかに俺も気に入っていた。
「「メリークリスマス」」
同時にそう言いながらカチンとグラスをかち合わせた。
中身を一口二口飲み干した後、童磨の料理を食べるため俺はダイニングの電気をつける。
「…すごいな…」
「ふふ♪ 猗窩座殿が手伝ってくれたおかげだよ」
「言うな…。ほとんどお前が作ったんだろうが」
クリスマスにお約束のローストビーフと肉料理、豆腐と水菜のクリスマスリース風サラダもあれば、オーソドックスなフライドポテトやアヒージョ、手巻き寿司など、多彩な料理が所狭しと並べられている。
ちなみにホールケーキは互いの好みが分かれたのでさほど大きくない2種類のケーキを買ってきた。無駄に余らせることもなければシェアしあえる手ごろな大きさだ。
「…いただきます」
「いただきます」
ぱんっ、と手を合わせて挨拶をして共同作業(と言っても童磨9割:俺1割)の料理を口にする。
「ん…! やっぱり美味いな」
「ふふ、ありがとー」
本当にコイツの作る料理は美味い。完全に胃袋を持っていかれてしまっている。いや、心を奪われているのだから胃袋も持っていかれても当たり前と言えば当たり前か。そう言うことにしておこう。
あらかた料理を平らげ残すはケーキのみとなったところで俺たちはリビングにケーキを持って移動し、ソファに座り合ってプレゼント交換に入る。
「俺はこれね」
はい、と童磨から手渡されたのはオーダーシャツのチケットだった。
就職活動をする中で格段にワイシャツを着る機会が多くなったし、これからも消耗するようになっていくのでこのプレゼントはとてもありがたかった。本当にこいつはどうしてこんなにも俺が必要とする物をくれるのだろう。
「ありがとうな、童磨」
「どういたしましてー♪ あ、ちなみにこれねお店に行って採寸するのが前提なんだよね」
「?」
「だから今度のデートはここにしないかい?」
「! もちろんだとも!」
にこにこと笑って次のデートの約束を取り付けてくるコイツの掌の上で転がされっぱなしだという自覚はあるがそれもまた良い。いくらでも転がされてやる。俺はコイツに”昔”も今も叶わないのだ。
「じゃあ俺はこれを」
そう言って数日前に童磨からリサーチに成功していた貯金箱を手渡す。
「わぁ…!」
クリスマステイストの袋を100均で買ってきて詰め込んだそれを開けた童磨は子供のように虹色の目を輝かせた。
氷の結晶を台座にし、その上に睡蓮が乗っているデザインの貯金箱である。もちろん台座はスライド式になっており、壊さずともきちんとお金を取り出せる仕組みに作った。それなりに大きさもあるので時間も材料も手間もかかったがその笑顔ですべてが報われる。
「もしかしてこれ、猗窩座殿の手作り?」
「…ああ、まあな」
言っておくがプレゼントの金をケチったとかそういうわけではない。折角童磨が欲しいと強請ってくれたものなのだ。市販のものより手作り物をあげたいと思うのは仕方があるまい。
「すごいなぁ、さすが猗窩座殿だなぁ」
そう言って笑う童磨の笑顔は本当にまぶしくて、徹底的に素材や大きさや性能にこだわって作ってよかったと心から思った。
「じゃあ早速使わせてもらってもいいかな?」
「ん?」
一度部屋に戻った童磨の手に握られているのは1万円札であり、あろうことかお金を取り出す台座からそれを入れた。
「え、お前何して…」
「…あのね、」
童磨がじっと俺の目を見て話しだす。
「俺はね、本当にあなたからたくさんのものをもらっているんだ」
「は…?」
「”昔”は全く感じなくて、どんなものかと思っていた感情は、あの時あなたが確かにくれた」
それは鬼狩りたちに敗れて地獄で邂逅したときのことを言っているのだろう。あの時俺は首だけになって堕ちてきた童磨に親友になろうと持ち掛けた。それを聞いてこいつは、俺の手の中でぼろぼろと涙を零したのだ。
それがお前に与えたものであるというのなら光栄ではあるが、それは俺にだって言えることだ。
お前は俺をいつだって赦してくれていた。友であろうとしてくれていた。ずっと”昔”からお前は俺に情を与えてくれていた。
貰ったものはこちらの方が余りある。だからクリスマスプレゼントを受け取らないという理由にはならんだろうと言えば、うん、それは分かっているんだけど…と童磨は困ったように笑う。
「でも俺はあなた以外に欲しいものなんて本当に何もないんだ」
「お前…っ!」
ああ、何でお前はそんなことをそんな平気な顔で言えるんだ。
「だからね、猗窩座殿…」
そう言いながら童磨の手がきゅっ、と俺の掌に重なる。
「あなたがくれた貯金箱にこれから毎月投資する。来年のクリスマスになって、あなたが俺と共に行きたい場所や俺と一緒に使いたいってものがあれば贈ってほしい」
それがあなたに望むクリスマスプレゼントだと笑う童磨を俺は思いっきり抱きしめていた。
だってそうする以外に何がある?
物欲がないお前がお前なりに贈り物を贈りたい俺に心を砕き、それでも尚俺が欲しいものに重きを置くこいつを愛しいと想い、愛を伝える以外に何を。
「ありがとう、ありがとうな…童磨…」
「俺の方こそ、素敵な贈り物をありがとう、猗窩座殿…」
「「愛している(よ)」」
その後はもう言うまでもないだろう。愛しさに突き上げられるまま俺は童磨をソファの上に押し倒し、包み込むように笑いかけてくるその唇を己のもので塞ぎにかかり、甘く激しい聖夜の時間を過ごすこととなる。
「なあ」
「ん…?」
何度も何度も交わり、身体に籠る熱が引いていく時間の中、俺はある提案を持ち掛ける。
「あのな? あの貯金箱だけども…」
「?うん」
「俺も投資するからな」
「え…?」
若干戸惑いを見せた童磨の額にそっとキスをして俺は苦く笑う。
「お前へのクリスマスプレゼントなのにお前に寄りかかってばかりでは格好がつかんだろう」
「う~、だけど」
「惚れた相手の前では格好をつけたいんだ。そういう性分だと思って諦めてくれ」
「…そういう理由なら仕方がないなぁ」
俺は優しいからなとくすくすと笑う童磨の指が俺の髪に優しく触れる。
「来年のクリスマスが楽しみだよ、猗窩座殿」
「ああ、俺もだ」
そんなやり取りを思い出しながら、俺はダイニングテーブルの上にランタン型オブジェと並んで中身がずっしりと入った蓮型の貯金箱をテーブルの上に置いた。
「童磨、今年のクリスマスプレゼントだが…」
BGM:Winter`s Review/X`mas Hearling/PRESENT(SHAZNA)
Silent Bells(遊佐未森+古賀麻男)
DEPARTURS(globe)
貰った貯金箱には毎月どまさんが諭吉さん(のちに栄一さんに変わる)、座殿は一葉さんや漱石さんを入れているけど買い物のお釣りも座殿の提案でどんどん貯金箱に入れていっています。
そんなスパンで貯め込んでいるのでかなりクリスマスは豪華なプレゼントを贈れますが、やっぱり自分本位で買うのも気が引けるので座殿はキチンとどまさんに確認を取っています。(例:ここに行きたいんだけどホテルはどこにする?とか、クリスマスディナー食べたいけどお前はどのホテルがいい?とか)
そしていつかのクリスマスには、二人だけの結婚式→ハネムーンにこのお金を使ったらいいなと思います(^p^)
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