Yum-yum him1

松の内もとっくに過ぎた一月の週末。猗窩座と童磨は少し足を伸ばして全国区でも有名な神社に初詣に来ていた。
鳥居を二礼二拍手一礼してくぐりぬけ、賽銭箱にお金をわずかばかりに入れ、手を合わせる。
元鬼の自分達からしてみればさぞかし滑稽な真似事だが、今は人として生きているのだからそれに合わせるのも悪くはない。郷に入ればなんとやらだ。
「あ、猗窩座殿! あっちにある!」
「こら、走るな!滑るだろう!」
童磨がはしゃいだ声をあげて本殿から続く道の一つにお目当てのものたちを発見して嬉しそうな声をあげる。
そう、初詣に付き物の屋台だ。
実を言うと彼らはこちらの方を楽しみにしていたのだ。今生では親友から恋人同士になった猗窩座と童磨は、食の好みが合わなかった”昔”を取り戻すかのように、食べ歩きデートが多い。それに賽銭や御神籤にお金を使うよりも、寒い中で屋台を出して美味しいものを提供してくれる人たちに使った方がご利益があるじゃないかという童磨の弁に、なるほど一理あるなと猗窩座はすんなり納得した。
そんなわけで冬の寒さも凍結した道も何のその。軒を連ねる屋台に一目散に駆け寄りたい童磨を転倒の恐れがあるからとしっかり手を繋ぐ猗窩座。ちなみにちゃっかり恋人繋ぎなのは簡単には振りほどけないからだと彼は語る。断じて童磨とイチャイチャするためだけではない。彼が転んで怪我をしたり悪戯に痛い思いをしてほしくないのと、どこの世界に愛する者が痛い目を見るのを分かっていて放置するバカがいるのだという、どこまでも童磨ファーストな漢の最もな言い分がそこにあった。

「…おい」
「んぇ?」
そんなこんなで恋人繋ぎで屋台を歩き回ること数十分。猗窩座は片手でザンギ串を頬張りながら隣でフランクフルトを貪り食べている童磨に呆れた目を向けた。
「…それ、何本目だ?」
「ん? 三本目」
「いやいやいや! 何でお前さっきからフランクフルトばっかり食ってんだ!!」
「え、好きだから」
そう、童磨はなぜか屋台のフランクフルトが大好物のようで1本食べ終わるのと同時にフランクフルトの店を見つけては駆け込み再び貪り食うのを繰り返していた。
確かに店によっては長さが違ったり、味付けが違うものもあるのだが童磨はその店には目をくれない。本当に純粋な何の変哲もないフランクフルト(マスタードとケチャップ付き)ばかり食べている。
「猗窩座殿も食べる?」
「いらん! お前がそればかり食うからフランクフルトはもう結構だ」
ふい、と猗窩座は寒さとは違った赤味を頬に上らせながら深く息を吐く。
そう、さっきから隣で至近距離で恋人がフランクフルトを美味しそうに咥え込んでいるのだ。フランクフルトを 美味しそうに 咥え込んでいる。(脳内クソデカフォント)
一本目の際に「猗窩座殿、あーんして?」と笑いかけながら食べかけのフランクフルトをシェアしてくれた時も色んな意味で暴走しそうになったが気合いと根性でどうにかして、童磨との間接キスをゲットした。
だが三本目のフランクフルトを美味しそうに貪り食う姿はハッキリ言って誘っているのかと思うほど扇情的で。煩悩は除夜の鐘で祓えるはずだが、あいにくと年末年始はお互い風邪を引いててそれどころではなかったため、煩悩はリセットされずそのまま持ち越し状態だ。
そんな猗窩座の様子に首をかしげながらも最後の一口を美味しそうに食べ終えた童磨は、次はあちらに行きたいと猗窩座の手を引っ張った。
四本目のフランクフルトを彼が頼むなら俺は無になろう石になろう。五本目、六本目なら耐えられる、はず。ただそれ以上は無理だ耐えられる自信がない今からホテルをチェックした方がいいかうんそうしようと、ずるずると童磨に引っ張られながら考えていた猗窩座の姿は、さながら大型犬に引きずられていく飼い主のそれだった。

「猗窩座殿は何にする?」
果たしてやってきたのはフルーツ飴の店だった。今も昔も不動の人気を誇るりんごの他に、苺・みかん・ぶどう・マンゴーなどが水飴でコーティングされている。
「俺はそのでかいりんご飴にする」
「そっかー。俺もそれにしよ♪」
目が覚めるような美形二人が同じ飴を注文する様子に毎度ありと言いつつ商品を包むも、むしろ一つの飴を二人で反対方向から食べていけばいいのに…と考えていたこの店の主は昔は名うての大手作家だったということを勿論二人は知るよしもなく。
ともかくこれで視覚からの暴力(便宜上)から解放されて燻る熱が治まるとホッと一息吐いたが、そうは問屋が卸さなかった。

屋台で売られているりんご飴をコーティングしている水飴は基本的に固く、ワニや鮫のような顎や牙がない限り噛み砕くことは不可能だ。むしろ鬼でも無理かもしれない。
なのでりんご飴をその場で食べるには二つの方法に分けられる。一つは時間をかけて水飴を舐めていき、溶けたところに歯を立ててかじりつく方法。もう一つは飴が薄い上部分を集中的に舐めながら歯を立ててかじっていく方法だ。一番ベターなのは家に持ち帰り冷蔵庫で冷やした後、包丁を入れて一口サイズに切って食べる方法だが、食べながら歩きたい層には向いていないので割愛する。
そう、とにかくりんご飴は舐めるのが鉄則なのだ。
「ん…、ふっ…、なかなか溶けないねぇ」
「~~~~っ!!!」
この時の猗窩座の気持ちを50文字以内で述べよ[100点]と問われたなら、ほとんどの者がこう答えるだろう。

A.据え膳食わぬはなんとやらなのでりんご飴ごとお召し上がりやがれ下さい
[3232点]と。

ぴちゃ、くちゅ、と水音をかすかに立てながら手が汚れないように片手でしっかり(りんご飴が刺さった棒)を支えながら、一心不乱に(りんご飴を)丁寧に舐めしゃぶる童磨。
この括弧の中を”猗窩座の猗窩座”にしても何ら違和感がない状態に、猗窩座のフランクフルトとりんご飴の融合体はバカ正直になろうとしていた。

頼むから落ち着けバカ息子。
こいつは普通にりんご飴食ってるだけだ。フランクフルトだって他意はないんだでもそれにしたってエロすぎんだろなんだこれ今年は試練の年なのか童磨クッソエロ可愛い俺の童磨ああああああああああああ!!!!

「ぅぁっ…!」
「っ、何だどうした?!」
精神を落ち着かせようと宇宙を強制的に召喚して無になっていた猗窩座だが、愛する童磨の声で再び現世へと舞い戻ってくる。
「あ、ううん。少しりんご飴がずれたから驚いただけで」
「そ、そうか」
「あー、でも手が少しベトベトするよぅ」

ぺろ、とりんご飴の持っている親指の付け根を舐める仕草に猗窩座の凶悪なりんご飴は咆哮をあげつつあった。
ぎゅぅ、と思わず繋いでいる手の力が強まる。前触れもなく握られたそれに童磨は驚いたように猗窩座を見るのと同時、猗窩座が彼の腕を引っ張っていくのが先だった。
「え、え? 猗窩座殿??」
「っ、往来でそんな真似するな…っ!」
だめだこれ以上は直視できない。こんな事で盛るなど躾けのなっていない駄犬も同然だ。
純粋に童磨はりんご飴を食べているだけだ。それだけだ。なのにどうしてこいつはこんなにもエロいんだ俺を誘っているのか否違う違う俺が不純な目で見ているだけだでもエロ可愛い尊いなんだこの愛しい生き物はああああ!!!
そんな煩悩を振り切るように猗窩座は童磨を公園内のトイレへと連れてきた。閑散としているがきちんと手洗い場所はあるので汚れを落とすには持ってこいである。決して、この愚息を、慰めてもらうために、連れてきたわけではない断じて。
「ん」
「へ?」
「手、洗え。それ持っててやるから」
「あ、ありがとう…?」
童磨的にはなぜ猗窩座が顔を赤くしてそっぽを向きながらこちらに手を差し出しているかが分からない。だが何かに耐えうる表情を盗み見たとき、それは夜、ベッドの上で見るそれだと判断する。
(あ)
もしかして、と童磨は思い至る。だがまだ確証には至らないので思い切って聞いてみることにした。
「ねえ猗窩座どの」
「な、んだ…?」
答えてはくれるが目を合わせてくれないのは少しばかり寂しい。なので洗った手をきちんとハンカチタオルで拭いてから、猗窩座の顔をこちらへ振り向かせる。
「お、ぃ…!」
「もしかして興奮してる?」
「なっ、にを言うか! 俺は別に…」
思いっきり向日葵色の瞳が泳いでいる。猗窩座が気まずいときや本音を偽っているときに見せる癖だ。
「本当に?」
「…」
じ、と童磨は猗窩座の顔をまっすぐに見る。うっ、と詰まるような声を上げた猗窩座は観念したように溜息を吐いた。
「…すまん、正直欲情した…」
「えーっと…、俺、りんご飴食べてただけなんだけど…それで?」
「そう、それで」
観念した猗窩座は生来の潔さで深く首を縦に振る。正直フランクフルトを食べていた時からそうだったがそこは押し黙っておく。対する童磨は案の定普通にりんご飴を食べていただけなのにと首を傾げる。
「んー、そういうものなのかい?」
「…そういうもんなんだ。それだけは分かってくれ…」
今にもさめざめと涙を流しそうな猗窩座に、童磨もとりあえずは納得はするが、それでも少しもやつくものがある。
「むぅ~…、猗窩座殿のソレとりんご飴じゃあ全然思い入れるものも違うんだけどなぁ…」
「~~~っっ!! だからお前そういうことをだな…!」
少し不満げにさらりと殺し文句を告げる童磨に、猗窩座は素数を頭の中で数えながら父親と双子の兄の顔を思い浮かべて必死に興奮を押さえつける。
「何ならここで証明しようか?」
「っ、それはダメだ!」
「えー、だってそれじゃあツラいでしょう?」
「こんなもの、じきに収まる、というか収める」
「もう、強情だなぁ」
俺は別にいいのにと呟く童磨に、猗窩座はすかさず言葉を返す。
「お前がよくても俺が嫌だ。こんな不衛生な場所でお前にそんな真似させられるか」
「え…」
先ほどの気まずそうな顔から一転して、真顔で猗窩座は童磨に向き直る。
「俺の恋人であり伴侶であるお前に、性欲処理のような扱いなんかできる訳がないだろう」
「あかざどの…」
その真摯な表情に童磨の胸は思わずとくりと高鳴ってしまう。
確かに衛生面では清潔とはいいがたい。それでも一時の欲望を発散させるなら場所的にはバレなければ何も問題はない。なのに猗窩座はそれを頑なに拒む。恋人で伴侶だから。大事にしたいからという気持ちから、自身の欲望よりも自分への愛情を天秤にかけてくれた猗窩座がたまらなく愛おしい、そう童磨は心から思った。
「ね、猗窩座殿…。落ち着いたならぎゅってしてもいい?」
「…すまん、嬉しいがそれは逆効果だ…」
心底悔しそうな顔でそう告げる猗窩座に、ホワホワした気持ちが止まらない。
「そっか…じゃあさ…」
────…早く帰って俺のこといっぱい愛してくれる?

「っ、な…!?」
「俺も猗窩座殿に触れたくなっちゃったんだ…、ダメかな?」
自分より身長が高いのに上目遣いできゅるん、と見つめてくるという器用な真似をやってのける童磨にNoなどと言えるわけがない。
ようやくの思いでぎこちなく頷いた猗窩座の隣で、童磨はアプリを開きタクシーを呼ぶ。
「あと2分ぐらいで来るって」
「そうか、っと」
そういったとたんに食べかけだったりんご飴はずるりと割りばしから外れてしまい地面に落ちそうになるも、猗窩座が受け止めて入っていた透明の袋に入れ直す。
「ありがとう、猗窩座殿」
「ん、後で食おうな」
「うん」
少し手がべたついたため軽く手を洗いハンカチで拭いた後に童磨の手をそっと握る。お互いに今は綺麗な状態だが、数十分後にはベタベタと互いの体液で汚れることが確定した両者の手は、寒さに見合わわない熱が籠りつつあった。

ちなみに後で食べようと約束したりんご飴は、当日中に食べられることはなく、翌日の昼食のデザートとして二人の腹に収められることとなる。

 

 

どまさんの場合、別に狙ってやっているわけでもないのがニクいですし、きちんと座殿の方が好きだからって伝えちゃうから、ますます座殿のりんご飴(隠語)が暴走しちゃうんですね☆
そういうところが可愛いなぁと書いてて思いました。

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