N様。
初めまして、メッセージありがとうございました。大変興味深く拝見いたしました。私の童磨の解釈は、あくまで猗窩座に絡みに行ったのは親友になりたかったというよりも、仲間だから仲良くならなくてはいけないというHave to思考によるものだと思っています。これは原作を最後まで読んで、童磨は感情を得たくても得ることができないという解釈の元、言ってみれば一ミリも猗窩座に対して落ち度のある行為などしてこなかったというのが私の童磨の解析像です。
対する猗窩座は童磨に対し、彼が強制的に失った大切な人の面影を思い起こさせる(罪人である自分を受け入れてくれた恋雪や笑顔のままで自分の性根を叩き直してくれた慶三さん)傍らで、彼もまた毒で命を落としてしまうという予感めいたものを狛治時代の悪い予感(横隔膜が痙攣して吐きそうな感覚)や炭治郎に対して感じていた金属に爪を立てるような神経に触る嫌悪感や不協和音をもっとひどくしたようなもので常に感じていたと考えてます。彼の親愛を受け入れてしまって彼を失ったら二度と自分を許せなくなるというある種の防衛本能が働いていたため童磨を拒絶するしかなかったというか。この辺はおいおい形にしていきたいなとは思っています。
つまり私は童磨は猗窩座に対して上辺だけとはいえ仲良くしようと心を砕いていた、そして猗窩座も自分自身を守るためにはああするしかなかったと解釈しているので、どちらも悪くはないという解釈の元で猗窩童を書いています。だから童猗窩の方々が書かれる童磨の解釈も猗窩座の解釈も正直私は合わないし、見かけるたびにそれこそ気分が悪くなりますね。
あちら様の書かれる童磨はとにかく猗窩座が暴力を振るう理由として彼を非合意に手籠めにしたという解釈ありきで成り立っているものがほとんどだと感じてます。そんな不条理な関係を結ばされた猗窩座が童磨に対して厳しく冷たくなるのはある意味当然でしょう。それでも現パロなどでラブラブな童猗窩ですと書かれたものを張り切って読みに行けば、過去に童磨が猗窩座に強制猥褻を繰り返していたことが当たり前のように前提になっていて、それをキャプションなどで注意をされていないのですから面白いはずがありません。この辺りは地雷についての項目に書いていますので目を通していただければ幸いです。
そしてpixivの方でブクマした作品についてですが、私は良く書いてくれました!と思いましたよ。先ほども言いましたが現パロにしろ鬼軸にしろ、童猗窩は童磨がとにかく猗窩座に対して性犯罪の前科ありきで彼が一方的に加害者であるのが大前提な創作がほとんどだと思っています。それこそ猗窩座の暴力を理不尽なものにしたくがないための手っ取り早い方法とも言えるでしょうが。そして対する猗窩座は童磨に対して思うことはあっても付き合うことを決めたのは自分なのにいつまで経っても被害者面をして童磨に対して矢印なんか殆ど向けない。お互い加害者と被害者でしかない関係ならさっさと見切りをつけた方がいいと思う私の気持ちをあの話は全て掬い上げてくれました。童磨が過去に猗窩座に対して指一本触れていなかったというのもポイントが高いです。
もともと私は食わず嫌いはいけないなの精神で童猗窩を読んでいましたが、あまりにもあまりな内容の中、この話は近年まれに見る傑作だと思っています。また私は猗窩童前提の童猗窩なら自分でも書いています。お互いに慈しみ合い愛し合う拙宅の二人なら逆にしてもいけるだろうという確信の元で。結果的に自分的にこれならイケると思う話を書けました(これはパスワード申請及びマイピク限定で公開しています)。
童猗窩固定でもお互い対等な立場で加害者被害者もない二人なら他の方の書いた話も読めるかもしれませんが、散々辛酸をなめさせられたので今は全く期待していません。
長々とした返信大変失礼いたしました。
こちらの返信はどうかN様のお心の中に留めて置いて下さい。
※この返信を見た第三者がネット掲示板などで晒すことは禁止します。