「ホラ猗窩座殿、よそうから器ちょうだい」
ちゃぶ台の上に置かれているカセットコンロの上に、ぐつぐつと煮え立つ土鍋が一つ。
中身は鮭を筆頭に大根・ニンジン・じゃがいも・こんにゃく・木綿豆腐・木綿豆腐・長ねぎ・白菜・しいたけが赤味噌で煮込まれている。
「はい、まかさないように注意してね♪」
北の大地の冬の定番鍋料理である石狩鍋が用意されたこの部屋は自分たちが暮らす部屋ではなく、すっかりこの界隈ではお約束となった”〇〇しなければ出れない部屋”である。
今日の夕飯何にしよかなーと呑気に考えながらソファでくつろいでいた童磨とそんな童磨の肩にもたれてくっつき虫になっていた猗窩座は何の前触れもなくにこの部屋に放り込まれており、ご親切に用意されていたどてらを着こみ、向かい合ったままミッションクリアのためにもそもそと石狩鍋を食べ進めている最中なのである。
「……」
「猗窩座殿、むくれてないで何か話さないと」
「……何かって、何を」
「だから北海道弁」
ぐつぐつと煮立っている鍋を見ながら童磨はカセットコンロの火を小さくしながら、向かいに座る猗窩座の器を勝手に手を伸ばして拝借すると、一番おいしそうで大き目の鮭を中心に野菜もまんべんなく容れて猗窩座に差し出した。
「…ありがとな」
「なんもだよー」
「…」
「もー! ちょっとはけっぱってくれよ~!」
なんてことなく北海道弁を話す童磨に思わず猗窩座は溜息を吐いてしまう。
繰り返しになるがこの界隈ではすっかりお馴染みとなった〇〇をしなければ出られない部屋が課す課題は割と過酷なものが多い。
ある者は媚薬を1000本以上飲まなければ出られない部屋に、またある者は全年齢向け故ここではあえて書けないようなことをやらなければ出られない部屋にぶち込まれ、散々な目に遭ってから脱出するというのがある意味でお約束ではあった。
この部屋に捕らわれたと気づいた時、”昔”とは違い人間である自分たちは一歩間違えれば生死に関わると判断した猗窩座は、もしも肉体的に及ぶ課題であれば甘んじて自分が受け止めようと考えていた。
だが実際に出された課題は
”北海道弁で話しながら石狩鍋を食べないと出られない”
というもので思いっきり拍子抜けた。
その隣で”なぁんだ~。これなら俺たち楽勝だよね?猗窩座殿♪”とニカーッと笑う童磨の顔が可愛くて見惚れていた猗窩座だがそれはさておき。
おい、いくらなんでもこれはヌルゲーすぎるのではないのか?と猗窩座が警戒心をあらわにしたのは当然のことだろう。
そうはいってもあそこにあるのってカセットコンロと鍋の具だよね?と童磨が指を差した先には確かにちゃぶ台と座椅子とカセットコンロがあった。そして中身は冒頭の通り確かに石狩鍋であると料理好きの童磨は判断する。
とりあえず座って食べてみようと警戒心無く嬉々として箸を付けようとする童磨に猗窩座が待ったをかけた。お前、話を聞くに”昔”に女の柱を取り込んでやられただろうが!毒見もなしに得体のしれない場所で警戒心無く食うなと、牽制する。
えーっと不満げな声を上げたのは夕食の時間が近く空腹だったせいだろう。猗窩座とて腹は減っていたので、出来ることならさっさと食べてこの部屋から脱出したいのは山々だった。かといって安全であるという保障がないうちは動けないと腕組みをして考える二人の目の前に不意に垂れ幕のようなものが下りてくる。
なんだ!?と再び警戒心を露にしながら童磨をかばうように立てばそこには”毒は入っていませんし、味付けもあなたの愛妻料理に寄せましたから味は保証します”という文字が書かれている。毒は即効性のものばかりではなく遅効性のものもあるからという己の考えを見透かす答えに、この部屋を創造した者には思考は筒抜けらしい。
更にその文章の下に”北海道弁一覧”なるものがずらっと新たに浮き出てきて、最後に”本当にこれだけやれば出られます。後出しじゃんけんでえっちなお題は出しませんから安心してください。むしろ仲良くほのぼのお食事するあなたたちを見て癒されたいのですラブイチャあかどをくれ信じてプリーズ”という、途中理解不能な文章が出てきたが言いたいことは大体わかった猗窩座は内心でホッと息を吐く。この手の部屋にお約束であるエロいお題を期待…もとい考えていないわけではなかったためである。
そんなわけでかなりの至れり尽くせりな待遇の中で課題を遂行するため二人はやり取りを続けているのだが、猗窩座としてはどのタイミングでどう北海道弁を切り出していいのかわからず、ただ黙々と石狩鍋を食べるだけに至っている。
と言うかなんで此奴はこんなに順応能力が高いのだ。傾聴力だけではなく話術にも長けているのはやはり”昔”とった杵塚で今も仕事に生かされているからか。最高かよ俺の嫁。知ってたけど。
「あー…」
「ん?」
会話する気になった? と空になった器を当たり前のように取って中身をよそいながら童磨は再び猗窩座に手渡す。改めて考えてみればなんかもう色々新鮮すぎる。標準語で話しているときですら可愛いのに、北海道弁を流暢に話す童磨はなんというかその、あれだ。
「お前…」
「うん」
童磨としては猗窩座の北海道弁が聞けると思ってワクワクした表情でじっと見つめてくる。だからそんな顔するな。本当これだからお前は。
「なまら、めんこいな…」
「っ……」
猗窩座が発したその言葉に、まかさないでと自分で言った器ががちゃんと手から滑り落ちた。
「え、…っ、えー…、猗窩座殿、よりによって、それ言っちゃうのかぁ~…っ」
「何がだ? お前がめんこいのは本当のことだろうに」
形勢逆転。普段は飄々としているだけにこんな風に不意打ちを喰らうとたちまち狼狽える様が可愛くて仕方がないと言わんばかりに、猗窩座はひっこめかけていた童磨の手を取ってちゅっ、と口づけた。
「お前と一緒にいると心がぬくくなる」
指先から唇をたどらせてちゅ、ちゅ、と手の甲へキスを落としながら向日葵色の瞳が虹色の瞳をまっすぐに射貫かれる。
「なして”昔”の俺はお前の魅力に気づけなんだか…。本当にごんぼほってじょっぱってはんかくさかった…」
「ちょ、猗窩座殿…、いったんストップ!」
石狩鍋も食べなきゃとあたふたする童磨だが、一度スイッチが入ってしまった猗窩座がその程度で止まるはずもなく。
「お前といるとあずましい」
くるりとひっくり返されて露になった手首にがぶりと噛みつくようにキスをされる。今までのキスとは違った突然の刺激に思わずびくんとなる童磨に猗窩座は無邪気に笑いかけた。
「お前がめんこすぎて、好きすぎて、我慢できないもんはできないんだ」
甘い雰囲気が最高潮に達したその瞬間『ミッションクリア! エモさ尊みちょっきりカンカン☆あとはもう好きなだけちょしあってくれ!!』という概念が二人の頭に同時に響いたと思った瞬間、気が付けば石狩鍋ごと彼らは童磨の部屋に戻ってきていた。
「…えー…っと…」
異空間から戻ってきた石狩鍋はほこほこと湯気を立てていて、まだまだ中身はたっぷりある。
しかし目の前の猗窩座のスイッチは更に高火力で押ささっていて、気づけば童磨は床に押し倒されてしまっていた。
「…加減できそうもない。今から謝っておく」
情欲に燃える向日葵色の瞳が閉ざされ、あっという間に見えなくなるほどに距離を詰められて激しい口づけを交わされる。
舌先で口腔内をかまかされる刺激にビクビクと身体を跳ね上がらせながら、今から猗窩座にわやに抱かれてしまう期待と、明日のゆるくない我が身を天秤にかける必要もないと言わんばかりに童磨の両手がするりと彼の背中に回されていった。
余談だがガラステーブルの上に置いてあった石狩鍋は、アフターサービスの一環かどうかは知らないが、ダイニングテーブルの上に移動されていたばかりか入れた覚えのない鱈も追加されており、翌朝二人で美味しく平らげることとなる。
猗窩座と童磨は北海道弁で話しながら石狩鍋を食べないと出られない部屋に入れられました
出られない部屋にでも入らないとやらない事をやらせる部屋より
このお題が一発目で出たとき、わが意を得たりというよりは「診断メーカーさん私のこと知ってる!?」とマジで疑いにかかりました(笑)
改めてこの話を書くときに北海道弁を調べたのですが『え?! これ方言だったの!?!?』という言葉がチラホラあってちょっとビックリΣ(・ω・ノ)ノ!
本当は二人に「〇〇っしょ」とか「~でしょや」な感じで話させたかったんですが、さすがにキャラ崩壊オブ木っ端微塵オブ粉砕になると思ってその辺は自重しました(^_^;)
石狩鍋ですがレシピを調べてみたらめっちゃ美味しそうなので今度食べに行きたいなぁと思いました♪ あいろーど厚田の道の駅がいいなぁ。
※作中にある北海道弁(答え)
まかす=こぼす
むくれる=ふくれっつらをする。すねる
なんも=どういたしまして
けっぱる=頑張る
なまら=すごい
めんこい=可愛い
ぬくい=暖かい
なして=どうして
はんかくさい=愚かだ
あずましい=気持ちい
ちょす=触る
~さる(押ささる)=状況故に自動的にそうなる
かまかす=混ぜる
わや=めちゃくちゃ
ゆるくない=しんどい
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