梅ちゃんとどまちゃん
「童磨さんはわがまま言わなさすぎなのよ!!」
だん、とテーブルに両手をついて乗り出してくる梅に、思わず童磨は身を引いた。
「え、えぇ…?」
いきなり梅に呼び出されるのはしょっちゅうだったが、きっとパンケーキやパフェが食べたいというそんなささやかなわがままだと思いきや、何故か自分がわがままを言わないといきなり指摘された童磨は前後の流れが見えず流石に混乱する。
「お兄ちゃんがぼやいていたのよ! ”あそこまで贈り物のし甲斐がない人に惚れこんじまったアイツも哀れだなぁあああ”って!!」
「アイツ?」
「猗窩座さんのこと!!」
「え?! 猗窩座殿?? というか妓夫太郎君が何で??」
童磨の記憶違いで無ければ、猗窩座と妓夫太郎はさほど”昔”接点があったように見えなかった。むしろ妓夫太郎と猗窩座はお互いあえて関わり合うことを避けているように見えたのだ。
最も妓夫太郎と堕姫(梅の”昔”の名前である)は恩人である童磨に序列が下であるにもかかわらず暴力を振るっていた猗窩座が気に入らず、猗窩座も猗窩座で女である堕姫と毒使いである妓夫太郎とは彼の封じ込められた記憶のせいもあり忌避していたたのだが、それは童磨のあずかり知らないことであった。
「もー! 童磨さんこの前誕生日だったでしょ!?」
「あ、あー…、確かに」
”昔”と比べて少しずつ感情が豊かになりつつあっても童磨は特に誕生日について想い入れることはさほどなかった。たかが自分が母親の子宮から産道を通ってこの世に生れ落ちただけである。むしろ”昔”の記憶を持っていただけに、この世に生れ落ちることができたのは当然のことという、ある意味で傲慢な考えを持っていた。だから毎年誕生日を祝われるたびに、何故祝われなきゃならないんだろうという気持ちがぬぐえずにいた。
そんなことよりも早く猗窩座殿に会いたい。そんな思いが常に彼の中にあった。地獄で別れる際に彼は『俺はお前よりあとから行く。だから待っていてほしい』と言われ、親友のいうことだからとずっと童磨は待っていた。
だから彼にとっては誕生日よりも、猗窩座と再会できた日の方が重要であり、欲しいものは何かと訊ねられても幼少期から何もなかった。しいて言えば猗窩座を探せるのに先立つもの、つまりはお金がいいなぁという考えだったが、流石にそれを要求するのは憚れたので、それは自分でどうにかした。
なので当の猗窩座から欲しい物を尋ねられても本気で彼といられればそれでいいのだとしか言いようがない。辛うじて昨年のクリスマスに、ずっと猗窩座といたいという想いを込めて貯金箱を頼んだが、本当に欲しいものは今のところ全然思いつかないのだ。
「猗窩座さん、お兄ちゃんに相談しに来たのよ! ”あいつの欲しいものや興味のあるものなんでもいいから覚えている限り洗いざらい吐け”って!!」
「うーん…、それは流石に物の頼み方がなってないなぁ。ごめんね梅ちゃん。妓夫太郎君に伝えておいておくれ」
「もー! それは今はいいの!! 私が言いたいのは童磨さんが猗窩座さんに対してわがままを言わなさすぎるってことなんだから!!」
「…わがままって言ってもなぁ…」
片や目を見張るほどの美丈夫、片や大人もたじろがせるほどの気の強い美人に、店内にいる客の注目を一心に集めているが当の二人は気にも留めていない。そんな二人の様子を『めっちゃ気の強い美少女と胡散臭い美貌の青年が痴話げんかしてるwwwwうはwwwwwww』などという俗めいたタイトルを付けて、バズり目的でSNSに投稿しようとした愚者共がスマホを向けるも、『誰に断ってあたしと童磨さんを撮ってんのよ!』と凄味のある青い瞳できっと睨めつけられ、それに圧倒された承認欲求の塊たちは流石に命が惜しいのか、すごすごとスマホを仕舞い込んで引き下がった。
「俺は本当に猗窩座殿以外に欲しいものなんかないんだよ」
心の底からそう言って微笑む童磨を盗み見ていた周りは『尊い』だの『聖母』だの言って胸を押さえてうずくまっている。しかしかつての上弦の陸であり童磨と交流のあった梅は、だーかーらー!と少しばかり顔を赤くしながら続けた。
「それとこれとは別なの! 私だってお兄ちゃんがいればそれでいいけど、お兄ちゃんはわがままなところも可愛いって言ってくれるし、しょうがねえなあって笑いながら叶えてくれるもの!」
「ええー…、そういうものなのかなぁ?」
「そういうものなの! とにかく!!」
びしぃ!と指を突き付けた梅は童磨に鋭く言い募る。
「今週中に童磨さんは猗窩座さんに必ずわがままを言うこと!!これは決定だからね!!」
「あ、うん…」
現代の女子高校生の気迫って凄いなぁと思いながら、遠巻きに見ていた空気の読める店員が恐る恐る注文していたマスカルポーネとティラミスのパンケーキとオレンジジュースセット、そしてアイスコーヒーを持ってきたことで、この話は決定づけられてしまった。
***
童磨の様子がおかしい。
猗窩座がまず最初に抱いたのはその一点だった。
「ねえねえ、猗窩座殿猗窩座殿」
ソファに座りネット〇リックスで今流行りの邦画やアニメを大体見終えた猗窩座がトイレに行こうと立ち上がった際、童磨に声をかけられた。
「なんだ?」
くいくい、とセーターの裾を引っ張りながら自分の名前を呼ぶ童磨はたいそう愛らしく、思わず愛しさと尊さと可愛らしさのあまり胸を押さえてしまいそうになるがそれはどうにか堪えて猗窩座は彼に何事かと問う。
「あ、あー…あのね」
どことなく何かを言い淀んでいる顔。
「お茶! お茶飲みたい」
「ん? 良いがトイレにいってからいいか?」
「うん、それはもちろん…あっ」
「? じゃあちょっと待ってろ」
何だか気になる会話の運びだったが、童磨からお茶を飲みたいから淹れて欲しいと言われるのは珍しいなと猗窩座は用を足しながら思った。
というのも童磨は自分から菓子だのお茶だのを用意するのだ。その時猗窩座の分を用意するのも忘れない。単に自分が飲みたいと思ったら、勝手に用意して飲んでいるだけなのだが、『折角だし一緒にお茶しよう』と誘ってくる童磨を今は断る理由もないため、いつの間にか猗窩座の中ではお茶を淹れるのは童磨の役目だと感じていた。
(っと、ダメだな…)
彼がやってくれることを当たり前だと過信して、そこに胡坐をかいてはいけない。童磨の好意に甘ったれるのは”昔”だけで十分だと、猗窩座は引き出しを空けてカモミールのティーパックを取り出してお湯を注ぐ。
ついでに茶請けも用意しようと戸棚をあければ、とらやのどら焼きが入っている。
自分が買ってきた記憶はないので童磨が買ってきたか、もしくはお歳暮で貰ったのだろう。
(本当にアイツは俺には過ぎた伴侶だな…)
そんな風に口許を綻ばせながら、沸かし終えたケトルのお湯を注ぎ、童磨のカモミールティーと、自分の分の麦茶をいれたコップとどら焼き二つを盆にのせて猗窩座はリビングに戻っていった。
「待たせたな」
「ううん! 全然待ってないよ」
ニカーッと笑う童磨の顔は今日も尊いと思いながら見つめている猗窩座だが、やはり「あっ…」というような表情に変わるのを見ていよいよ不信感を覚える。
「本当にどうしたんだお前」
「あ、あー…」
虹色の瞳が気まずそうに揺れ動くのを見て、こいつ”昔”より分かりやすくなったなと思いながら、猗窩座は
童磨の隣にどかりと腰を下ろした。
「何を企んでいるんだ?」
「ベツニナニモ」
「片言になってんぞ」
「はっ!?」
「吐かないならお前の身体に聞いてやるまでだな」
「え、それは…ってあはひやぁあああっ?!」
てっきり押し倒されて事に及ぶのかと思っていたが、童磨の予想に反し、猗窩座の武骨な指は彼の脇を思いっきり擽りにかかる。
「あははははっ! あーーっ! そこだめだってぇええあははははは」
ただただ純粋にくすぐったさに身を捩っていた童磨だが、猗窩座の指が戯れに彼の豊満な胸を揉んだり、ツンとした頂きに触れていく内、艶かしい吐息が混じっていく。
「ぃゃあ…、まだ映画観るぅ…」
「だったら洗いざらい吐いた方がお前のためだぞ?」
「んん…♡」
今度は明確な意思をもって突起を軽く抓られてしまう。猗窩座の悪戯めいたお仕置きに流されそうになりながらも、一緒にお茶をしながら映画を楽しみたい童磨はかつての養い子からの提案を話すことになった。
「あの小娘が…」
童磨の上に乗りかかったまま、額に手を当ててため息を吐く猗窩座。
「怒らないであげてよ猗窩座殿」
そんな猗窩座を見て童磨は彼を宥める。
「で? お前はどうわがままを言って良いか解らず、堕姫…じゃなくて梅の対応を真似した、と」
「うん…。でもなかなかうまくいかないなぁ。猗窩座殿にはすぐばれちゃったし」
あははと笑う童磨を見て、キュンと胸を高鳴らせる猗窩座。
「お前はホント時々バカになるよなぁ」
「エーッ?! それはないぜ猗窩座ど…んっ」
ちゅっと軽く啄む口付けを送り、すぐに離れる猗窩座の唇。
「わがままなんざ無理していうことはないんだ…。まあ、確かに俺が原因といえばそうだが…」
もとを辿れば梅の兄である妓夫太郎に相談したのが巡り巡っただけのこと。それを梅から聞いた童磨は思いつかないながらも精一杯実践してくれたのだ。
これが愛でなければ何だというのだろうか。
「お前は本当に…」
くしゃりと猗窩座の手が白橡の髪に優しく触れる。それと同時に向日葵色の瞳が優しく童磨を見つめてきた。
(あ…)
とくりと胸が高鳴る。こんな風に猗窩座に触れられ見つめられる度に、童磨の心はどこまでも温かく甘く満たされるのだ。
「どれだけ俺を惚れさせれば気が済むんだ?」
「っ…、それは俺だって…ん…♡」
童磨の想いごと食べるような猗窩座からのキス。重なる度にふわふわ、とくとく、そして何故か泣きたくなるようなキュンとした甘い嘶きが童磨の心を彩っていく。
「ん、ふ…♡」
何度も何度も角度を変えて口付けられる。このまま甘く幸せな時間に溺れていたいけど、猗窩座にわがままを言って淹れて貰ったお茶とどら焼きも彼と一緒に味わいたい。
「ね、あかざどの…」
「ん?」
か細い声でも聞き逃さず、キチンと耳を傾けてくれる猗窩座に、ますます童磨の心は甘い高鳴りを覚えていく。
「あのね。まずはね、猗窩座殿とお茶したい」
「ん」
ちゅ、と頬に口付けられ身体をそっと抱き起こされる。
「それからね、まだ映画見たい」
「おう」
隣に座り直した猗窩座の手が、あの頃よりは短い白橡の髪を撫でていく。
「でね、そのあと…」
───…いっぱい愛し合いたい。
「~~~っ!!」
そのまま再度押し倒さなかったのは、我ながら至高の理性が働いたと思う。
「ううん、これはワガママだから。えーっと…、いっぱい愛し合うのは決定事項だからね猗窩座殿♡」
ああ、なんてことだ!
こんな愛らしく最高でずるいワガママなどあったものではない!!
「っ、お前は本当にワガママだな…」
「うん、こんなこと、猗窩座殿にだけしか言わないよ?」
「~~だからお前…っ!」
可愛いなどとんでもない。
圧倒的な破壊力は今生をもってしてなお健在だと思い知らされた猗窩座は、お茶もどら焼きの味はおろかリクエストしたはずの映画の内容すら入ってこず、その反動で童磨のわがままをたっぷりと叶えるべく彼と激しく愛し合った。
後日、アドバイスのお礼として謝花兄妹は童磨主催のディナーに誘われたのだが、妓夫太郎は猗窩座に、梅は童磨に散々惚気られ、元上弦のトップ2,3の力は健在だと兄妹そろって思い知らされたという。
元ネタ:攻めがずっと強いガチャから『『ワガママをいっぱい言ってみる童磨 どうしたのかと笑いながらも全部叶えようとしてくれる猗窩座』より。
Departures Christmasでも書きましたが、どまさん、本当にワガママ言わなさすぎ問題に毎年こういうイベントごとに座殿は頭抱えてそうですw
でも全然どまさんの場合ワガママがワガママじゃないという可愛らしさがあって毎回座殿はどまさんに惚れ直させられるんですよね♪可愛い♡
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