朝とお前に満ち充ちて

使い込まれてくたくたになったシーツの上に寝転がりながら惰眠をむさぼるのは最高の贅沢の内の1つだと猗窩座は思う。
夏休みもほぼ終盤。課題はほとんど終わっているしバイトも入っていない。空手部も休みで、自主鍛錬は日が落ちかけた夕方から行うことをあらかじめ決めて朝寝坊を決め込んだ。
「ん?」
カーテン越しからでも判る、大きめの窓から差し込む日差しの強さに顔をしかめながら寝返りを打つと、いつの間にかベッドに入り込んできた同棲相手が隣で寝息を立てている。
すうすうと気持ちよさそうに無防備に眠る姿は今世になって初めて見るものであり、同棲を始めてからそれなりの月日が経っているのにも関わらず、猗窩座にとってはいつまでも新鮮なものだった。
鬼だった頃は眠る必要のない体だった上、隣で眠る白橡の髪色の男…童磨は迷える者たちを救済する役目を担った教祖だった。
それこそ人の身であれば確実に体も心も壊してしまうほどに、童磨は弱き人々の話を聞いて、そしてその身を食らって救済をしていた。
鬼だった当時は何から何まで童磨のやることなすことが気に喰わなかったので、彼が行っていた救済にもその内容にも全く興味が湧かなかった。
だが、死後地獄で邂逅した際芽生えた感情を持ちこして今世に生まれ落ち、共に暮らしてからそれがどんなに過酷だったのか、猗窩座は初めて知りえることができた。
童磨の今世の仕事はマインドコーチやWebコンサルティングが中心だった。稀有な髪と瞳の色、整い過ぎるほどに整った容貌を最大限に生かし、その合理性と記憶力の良さでもっていくつもの企業の売り上げに貢献している。また、マインドコーチというマイナーな業界でも、教祖時代で培った傾聴でもって、悩める人々の心の本音をあぶり出す手助けをしており、そちらも順調だ。
その他にも、気軽にできるセルフコーチングの動画などを作成し、それこそ鬼時代と変わらないワーカーホリックぶりに、何度か猗窩座はストップをかけたくらいだ。
それでも当の本人は、ケロッとした状態で「えー、猗窩座殿ってば心配症だなぁ。こんなの昔に比べたら軽い方だぜ?」と宣っていた数日後、思いっきり体調を崩して笑顔でぶっ倒れた時は、流石の猗窩座も怒鳴りつける他なかった。
お前はいつも他人のことばかりだ!どうして自分のことは後回しにするんだと、そう怒りをあらわにしても、当の本人はきょとんとするばかりで、別に後回しにしているつもりはないんだけどなぁと困ったように笑っていた。
俺にとって今も昔も救済は使命だからね、感情が手に入った今でも自分を大事にする感覚がどうにもつかめなくて…と、額に青筋を立てながら血走った目から滂沱の涙を流す猗窩座にミシミシと音をたてながら肩を掴まれた童磨はぽつりぽつりと白状した。
どうにか泣き止んだ猗窩座に、なるほど、そう言う理屈であればお前は今後俺のためにお前を大事にすればいいという提案を出された童磨は、虹色の瞳を大きく見開かせ、そっか!流石猗窩座殿だな!とニカーッと嬉しそうに笑っていた。

そんなやり取りが功を奏してか、少しずつだが童磨の生活パターンは改善されていった。
夜の2時までには寝室へ行くこと、眠くなったら猗窩座のために仕事を切り上げて休むこと、そして共に眠ること。
体格がそれなりにある男二人が一緒に寝ても狭くないベッドを購入して以来、先に眠っている猗窩座の隣に童磨が音もなく潜り込むのが日常として定着していくのにさほど時間はかからなかった。

「んん…」
薄く開いた唇から呼気のような声が漏れ落ちて、ゆっくりと虹色の瞳が開かれていく。
「おはよう」
「うん、おはよぉ…」
とろとろとした声とまだ焦点のあっていない潤んだ瞳。ふぁ…とあくびをしたと同時に目じりから零れ落ちた涙を見た猗窩座は思わず唇を寄せる。
「ふふ、猗窩座殿は相変わらずだなぁ…」
地獄で邂逅を果たした際に、生まれて初めて感情のままに流した涙を、こうして目じりに口づけられて舐め取られた。
その名残か、猗窩座は今もこうして童磨の涙が溢れそうになると生理的なものであっても、それを拭うのは自分の役目と言わんばかりに唇を寄せてくるのだ。
そんな風に猗窩座に触れられる度、そして今も例外ではなく、起きたての体の中にほわりとした温もりが宿ってくる。
「きょうは…ずいぶんお寝坊なんだねぇ」
この時間、すでにいないことが多い猗窩座が未だベッドにいるのが珍しくも嬉しい童磨は、そのまま身体を寄せてきた猗窩座をぎゅっと抱きしめた。
「たまには良いだろ」
「そうだねぇ」
起きたばかりだというのに、腕の中の猗窩座の体温があまりにも気持ちが良くて、微睡みに再び身をゆだねていく感覚に陥っていく。
「だから、もう少し寝てろ」
「んー…」
腕の中にいる猗窩座の指がくるくると白橡の髪に絡まり、そっと頭を撫ぜていく。
その柔らかな手つきがあまりにも心地よく、もっと感じていたいと願う意思とは裏腹に、眠りの精は容赦なく童磨を眠りへと誘いこんでいく。
「起きたら飯、食おうな?」
「ん…」
「昨日のうちに作っておいたからすぐ食える」
「さすがあかざどのだなぁ…」
舌足らずな声が再び寝息に変わっていく最中、童磨の胸にそっと顔を押し付ける。
頭上から降ってくる寝息と伝わってくる胸の柔らかさと温かさを思う存分享受しながら、猗窩座もまた童磨と共に眠りに落ちていったのだった。

BGM:朝に満ちて(Origa)

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