遊園地に降り立つ二人
雲一つない青空と、蝦夷富士の異名を持つ山を筆頭に豊かな自然に囲まれた高原地帯のリゾート地。
その目玉の一つである『幸せになりましょう!』の掛け声でおなじみな遊園地に、猗窩座と童磨は夏休みを利用して足を運んでいた。
「いやぁ、あっついねぇ」
袖口がゆったりした五分袖の白いコットンシャツに黒のスキニージーンズ、足元にはオフホワイトのスポーツサンダルを履き、白橡の長髪は三つ編みでまとめ、天然草のストローハットをかぶっている童磨は、虹色の瞳を隠すようにかけたサングラスで太陽を見上げながら、隣の猗窩座に話しかける。
「まぁな。夏は暑いものだと分かっていたがここまでとは」
これじゃあ東京と何も変わらないと額の汗を乱暴に拭いながら、ブーゲンビリア色の頭に黒いキャップを乗せ、冷感接触素材のシャツとハーフ丈のチノパンにスニーカーといういで立ちの猗窩座は忌々しそうに太陽を見上げる。
ちなみに童磨がサングラスをかけているのは、強すぎる日差しに当たり続けると目が痛くなってしまうので保護するためという理由からだ。同様の理由で、肌も真っ赤に焼けやすいので日焼け止めのローションも持ち歩いてはいる。
大学生である猗窩座が夏休みになったタイミングを見計らい、はるばるやってきた北海道。
せっかくの夏を涼しい場所で過ごすためにやってきたのだが、地元民ですらこの暑さは何なのだと嘆くほどに北の大地は暑かった。
とはいっても高原地帯にあるこの遊園地は北海道有数のリゾート地であり、他にもホテルやゴルフ場、温泉やプールといった施設が充実しているため、特に暑さに振り回されることなく快適に過ごすことができる。
ちなみに童磨は社会人ではあるが独立しており、オンラインを中心に様々な分野のビジネスを手掛けているので、今回の旅行で滞在するホテルはかなり奮発した。
それどころか今回の旅行の費用すら、猗窩座殿と一緒に過ごせるのが俺の使命であり幸せなんだからなと言いながら、サプライズと称して童磨が勝手に出した。
このことを知った際、当然のことながら猗窩座は大いに荒れた。
部屋はどれがいい?と聞かれたとき、過ごしやすければなんでもいいからお前に任せると言ってぶん投げた非は認めよう。だがいくら今生では年上だからとはいえ、将来を見据えて同棲をしている相手におんぶにだっこな状態に甘んじられるほど腐ってはいない。
大学は奨学金で通っているし生活費だってきちんとバイトをして稼いでいる。
確かに今の自分は年下でお前に比べれば頼りない若造でしかない。
だが俺はお前に守られる存在などではない。それこそ”昔”から。
旅行直前にどうにか話し合いできるほどには沈静した猗窩座の言い分を聞いた童磨は困ったように笑っていた。
───…俺は別に猗窩座殿を守りたいって思っているわけじゃないよ。
───…それこそ”昔”から人を救うことは使命だと思っているしあなたと仲良くなりたいと思っているのは本心だった。
───…それに、こうでもしないと猗窩座殿は大学の授業とバイトとで無茶をしちゃって、夏休みはどこにも行けないだろ?そっちの方が俺は嫌だなぁ…。
そんな風に少ししおらしい表情で言われてしまえば、猗窩座は引き下がるしかない。
”昔”…人ならざる鬼だった頃に比べれば、幾分か感情が豊かになった童磨のささやかともいえる要求は無碍にはできない。
そう思えるほどに”今”の猗窩座は童磨に惚れていた。”昔”は己が無意識に抱えていた弱さ故、その苛立ちに蓋をして童磨に当たり散らすことしかできなかったが、それを認めてしまえば何てことはなく、むしろ惚れない要素がない。
顔は綺麗、聞き上手、包容力がありまくる(物理的な意味でも)。
一言多く煽り体質なのは変わりはないが、それが彼の素なのだと思えば可愛いと思えるくらいなのだから相当惚れ抜いているのを彼は自覚している。
ちなみにせめてもの妥協点として、滞在中の昼食代は全部こちらが持つから遠慮なく食いたい物を食えという条件を呑み込ませた。華やかな見た目に反して結構食べ飲みをする童磨のエンゲル係数はかなりのものであったが、そんなことで尻込みをするのは男が廃るという猗窩座のプライドから来るものであった。
そんなこんなな出来事を乗り越えて迎えた今日この日。昔であれば外に出た瞬間一瞬で焼けこげるであろう陽の中を猗窩座と童磨は並んで歩く。
どこをどう歩けば効率的にアトラクションを制覇できるかという打ち合わせはあえてしなかった。
夏休みという時期もあって人でごった返している園内。幾ら計画を立てたところで合理的に回れるはずはないし、滞在期間もあえて長く取っているから焦る必要もない。
一応貸し切りのプランもあったが、日付が指定されており、自由業の童磨はともかく猗窩座の予定が合わなかったためあえて今回は見送った。そもそも童磨の性格上『俺たち2人の楽しみのために他の人たちが遊園地を楽しめないのは可哀想』という考えもあり、実行する確率は限りなく低いのだが。
それよりも暑い日差しの中、汗をかきながら隣にいる恋人と話しながらアトラクションを楽しみたい。何てことのない夏の休暇を穏やかに過ごしたいという気持ちは猗窩座も童磨も同じであった。
コンドミニアムタイプのホテルから出て歩くこと数分、見えてきたのはこの遊園地の目玉である宙づりのジェットコースター”ハリケーン”である。
「猗窩座殿、これ乗ってみる??」
早速長蛇の列ができており、稼働しているアトラクションに目を向けてみると、男女ともに絶叫ともいえる悲鳴が上がっていて、そのスリルとスピードは迫力満点と言ったところだろう。
「いや、いい」
ちらりと目を向けて興味が無さそうに首を振る猗窩座に、童磨は意外そうな顔をする。
てっきりこういう絶叫系のアトラクションが好きで、お前のすまし面をひっぺがえせる絶好の機会だなんて言いながら一緒に乗るものだと思っていたので。
「おい、全部声に出てるぞ」
「はっ! しまったうっかり」
「何がうっかりだ、わざとらしい」
まあ、当たらずといえども遠からずだがなと口角を上げながら、軽く背中をどつく猗窩座にからからと笑う童磨。帽子で割と派手な髪色を隠したところで顔面偏差値は飛びぬけて良い美男同士のやり取りに、通りすがる人々はほぼ二度見をしているのに構わず二人は話を続けていく。
「これに限らず絶叫系だとお前を見られないだろ」
安全バーやら何やらで距離も隔てられるしなとぼそっと呟く言葉に童磨も確かにねぇと答える。
「お前の間抜け面が見られてなおかつそこそこ迫力のあるアトラクションでいい」
「むぅ、間抜け面とはご挨拶だなぁ」
「ふん、その余裕しゃくしゃくの取り澄ました面が、毎晩俺に暴かれるのも悪くはないが、せっかくの機会だからなぁ」
この瞬間、全ての時が止まったと、通りすがりのモブ氏(年齢不詳)は後に語る。
「あれ? 今変な空気が流れなかったかい?」
「気のせいじゃないか?」
「そうかなぁ?あれだけうるさかったのに、音が一瞬止んだような…」
瞬きにも満たない時間の中、全ての視線が集中線のごとく猗窩座と童磨に注がれたが当人達は全く気付いておらず、童磨に至っては首をかしげながらも、徐々に戻ってきている喧騒に、やっぱり気のせいかぁと納得して歩き出していた。
余談だがこの直後、『真夏の遊園地にて、童顔の美男とまつ毛が長いピンク髪の美少年のやり取りが衝撃的過ぎて二度見した』というスレッドが某掲示板に立てられ、更なる目撃情報と憶測と萌えを生み出して無事に消費されていったという。
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