急流すべり(プチ童猗窩注意)
気を取り直して、昼食を食べ終えた二人は改めて園内を闊歩していく。
「ねえねえ猗窩座殿」
思いっきりテーブルに打ち付けたせいで額が微かに赤くなっている猗窩座の肩に軽く手を回し、童磨があるアトラクションを指し示す。
「俺、アレに乗りたい」
童磨が乗りたいとリクエストしたアトラクションは、丸太型のボートに乗って激流を下るタイプのもので、この暑さの中で涼を求めるにはもってこいのタイプだ。
しかも今まで乗ってきたアトラクションは、童磨の間の抜けた顔を横目で見たいという猗窩座の希望によるものであり、それに童磨は付き合っていた形になる。
「ああ、構わないぞ」
なので童磨の希望する乗り物を無碍に却下する理由が見当たらない。ただ、基本的に自分の望みではなく他人の望みで動く童磨からの自発的なリクエストは珍しいなと思いはしたが、特に気にせず猗窩座は了解した。
「やった! ありがとう猗窩座殿」
そう言って足取り軽く歩き出す童磨に、そんなにあのアトラクションに乗りたかったのか、それとも単に涼しみたかっただけなのかと気軽に考えて猗窩座は後を追う。
しかしそんな理由で童磨はこのアトラクションに乗りたかったわけではないということを、直後に猗窩座は思い知ることとなる。
急流すべりという名のその乗り物は、今までのものとは違い隣り合って座るものではなく、前後に並んで座るものであった。
しかもこれは特に仕切りも安全ベルトはついておらず、安全バーを握って落下の衝撃に耐えるというタイプのものであり、そのためにはある程度バランスと安定感が必要になってくる。
「ほら、座ろう猗窩座殿♪」
「…」
そう言って順番が回ってきた童磨はさっさと席につき、足を広げて猗窩座が前に座るのを待っている。
そう、何の因果か今生でも猗窩座と童磨の身長差は10cm前後の開きがあった。最も童磨の体格は鬼の頃よりも少し華奢になり、猗窩座は以前と同じように体を鍛えているため筋肉質ではあるものの、すっぽりと後ろから抱え込まれるくらいの体格差がある。
(こいつ…!これを狙っていやがったな!!)
幾ら今生では憎からず想う相手とは言え、不特定多数の人数の前で抱きこまれる体制を見せるのはごめん被る。だがすでに童磨は着席をしてしまっていて、サングラスの下にある虹色の瞳をキラキラと期待に輝かせながら両手を差し伸べて待っている。係員に至っては『いや、気持ちは分かりますけどそこは男を見せるところでしょ』といった生ぬるい視線を遠慮なく向けてくる始末だ。
そして列の後ろからは「え、マジ尊い…!」「まつ毛殿ファイトだよ…!」などという意味不明な言葉が飛んで来る。て言うかまつげ殿ってもしかしなくても俺のことか!?
「ぐ…っ!」
前門の童磨、後門のモブな状態に陥った猗窩座は、コイツ絶対後で啼かす!という誓いを立て、唇を強く噛み締めながら大股で丸太型ボートに乗り込み、どっかりと童磨の前側に座り込んだ。
「ぐぇっ!」
その際、椅子の背もたれに見立てた童磨に思いっきり体をぶつけてやったのはもちろんワザとである。
そんな猗窩座の態度につれないなぁと苦笑いして漏らしながら、安全バーを握る猗窩座の手の上から自分の手をそっと重ねた。
『おい…っ!』
声を殺した猗窩座が思い切り振り向くが、当の童磨はニコニコとしたまま意にも介していない。
「出発するみたいだぜ?猗窩座殿」
当然のことながら後ろに並んでいた客から小さく黄色い悲鳴が上がったが、テンパっている猗窩座の耳には届いておらず、童磨に至っては聞こえてはいてもそれが自分たちに向けられているものだとは思っていない。
やがて、件の「幸せになりましょう」の掛け声とともに、猗窩座と童磨の乗った丸太型のボートが動き出した。
上弦の鬼同士だった頃、猗窩座にとって童磨の印象は何を考えているか分からない存在だったが、それは童磨も同じだった。
仲良くしたくて肩を組んだだけで無表情で顔を吹っ飛ばしてくる上、他の上弦の仲間の任務に付いて行きたくてお願いしている最中でもいきなり頭を吹っ飛ばされた。
そのどれもが無表情で、しかも自分は感情が希薄なので何がそんなに癇に障るのかが分からず、上弦の鬼特有の一つである思念読みを駆使してどうにか猗窩座を知りたいと、一方的に脳内に話しかけていたら、鬼の始祖から直々に苦情が入ったこともある。
もちろん今は人間同士で生まれているので、猗窩座の思念を読み取れるなんてことはない。ただ、かつて自分に向けていたものとは違い、怒ったような表情は見せていても顔が赤くなっていたり、時折自分を見て優し気なまなざしを向けてくる猗窩座に対して、こんなにも感情が豊かなんだなあと、胸がホワリと温まってくる感覚を何度も何度も味わった。
嬉しいようなくすぐったいような、時折泣きたくなるような…色々なものが入り混じっているがそのどれもが柔らかく甘いもので構成されていた。
先ほどのカフェで自分の気持ちを正直に伝えた後の行動には流石にビックリしたし心配もしたが、どうにか復活した猗窩座の怒ったような照れた表情を見て、たまらなくこう思ったのだ。
───…あ、ぎゅってしたいなぁ。
全身全霊の感情を己に向けてくる猗窩座に純粋に触れたくて仕方がなくなった。
自分から触れてくるくせに、こちらから触れたら過剰反応して振り払ってしまう猗窩座と何とか自然に密着できる方法はないかと考えて、この急流すべりに乗りたいと申し出た。
しかし予想以上に密着している中、自分の腕の中であたふたとする猗窩座が可愛くて、そしてその後ろ姿があまりにも無防備過ぎて、つい好奇心と悪戯心が芽生えてしまったのは、今も昔も変わらない童磨の悪い癖だった。
「うぉっ」
最初はゆったりとした動きだが、背後の童磨に気を取られていた猗窩座は驚いた声を上げて前を見る。
そんな彼の様子と、短く刈り上げた髪から覗く耳や項、前世の名残で首に走る輪の形をした痣を順番に眺めながら、童磨は故意に猗窩座の腰に両手を回してぎゅっと密着した。
「っ、お前…!」
「俺はこっちにつかまってるからさ、猗窩座殿が安全バー握っていてくれよ?」
耳元で故意にウィスパーボイスで囁きかけると、回した両腕越しから大げさなぐらいにビクンと跳ね上がる猗窩座の身体。あのころと変わらずたくましくはあれど、すっぽりと自分に抱え込まれてしまう体格が可愛いなと思う。
やがてぐんぐんと丸太型のボートは坂を上っていき、二人の身体は重力に従って後ろに引っ張られる。その瞬間を見計らって、童磨は寄せていた唇で猗窩座の耳に軽くキスを落とした。
「っ!?」
一気に耳が真っ赤になり、孕んだ熱は唇を通して童磨にありありと伝えてくる。
くすり、と唇だけを釣り上げて笑った童磨は、たっぷりと悪戯心を含めた手つきで猗窩座の腰から離れて、腹を軽く撫でた。
「っ! おまぇ、いい加減に…!」
「あまり大声出しちゃだめだぜ猗窩座殿」
そう言うや否や、童磨の手は猗窩座のきわどいところにソフトタッチを施していく。
「っ~~~!っ、うおおおおっ!」
こんなところでこんなところをという猗窩座の焦りを散らすように、丸太型のボートは一気に急降下していき、滑走路に張り巡らされている水がばしゃあんと跳ね上がった。
「あはっ!結構勢いあるねぇ」
無邪気に笑う童磨の手はいつの間にか離れている。水浸しにならないように設計されているのか、水飛沫の勢いの割には特に体は濡れてはいなかった。
だが、童磨の手つきや声によって煽られた猗窩座の熱は燻ったままだ。いっそ頭から水をかぶってこの熱を取り払ってほしかったくらいに。
そうしてもう一度丸太型のボートは折れ曲がりながら走り、登っていく。その間、もう一度童磨に背後からぎゅっと抱き寄せられ、今度は汗の匂いを嗅ぐように肩口に顔を埋められてしまった。
(この、野郎…!)
もう猗窩座にとっては涼を求めるこのアトラクションを楽しむどころではない。そしてそれは童磨も同じだった。
(あ、やばい…)
からかい混じりで触れていたつもりが、猗窩座の匂いを吸い込んだ途端、欲望の火が小さく灯ってしまった。
密着する体
熱い体温
ぱちゃぱちゃという水音
緩急のある揺れ
そして汗の匂い
互いが互いに燻った熱を自覚するには十分すぎる状況の中、到底その熱を冷まし切れない二度目の水飛沫をあげたボートは急降下して行き、ようやく緩やかな動きになる。
最後に写真を撮るサービスがあったが、とてもじゃないが二人とも映れる顔をしていなかったので丁重に断った。
お疲れ様でしたーという係員の声とともに、ボートが降り場へと引き寄せられる。足元に気を付けるようにという声掛けもそこそこに、猗窩座はばっと立ち上がって早々にボートから降りると、有無を言わさず童磨の手を掴んで半ば無理やり立たせて引っ張り上げる。
すでに周囲の自分たちに向けられる視線やさざめきは彼らには届いていない。
二人の次の目的地は何も言わずとも合致しており、ただただその場所へ向かって足早に歩きだした。
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