土砂降りのち燦彩~Be happy summer vacation番外編~

「猗窩座殿…」
轟々と音を奏でる滝落としの中、虹色の瞳を翳らせながら童磨は憎々し気な顔をして窓の外を睨む猗窩座に声を掛ける。
その表情は、遥か昔に自分に向けていたものと同等のそれであり、感情の芽生えた今生の童磨にとってはあまり好んで見たいものではなかった。
しかし猗窩座の気持ちもわからないでもない童磨は、ルームサービスで頼んだモーニングの食後のコーヒーカップに手を伸ばしながら、向かいに座る猗窩座の様子を引き続き黙って見つめている。
やがて、ダンッと両手をローテーブルに悔し気に叩きつけて猗窩座は俯く。
「…の、…カン…」
ぶつぶつと言葉を紡ぎながら時折ふるふると震える猗窩座をやはり童磨は黙って見守っていた。
「俺の…っ!俺たちのジンギスカン…っ!!!」
「うん」
やがてはっきりと聞き取れる声で、猗窩座は抱いていた不満を一気に爆発させる。

「俺とお前のワクワクジンギスカン日和を返せー――――――――――!!!!」
「だからもう諦めようって。この雨、明日いっぱいは続くんだからさぁ」

猗窩座が朝から憂いていた理由、それは本日晴天の下で童磨と一緒にランチとしてジンギスカンを食べる予定を台無しにされたことであった。

土砂降りのち燦彩(さんしゃいん)

大学生の猗窩座が夏休みに入るのに合わせて、北の大地に位置するリゾート施設に旅行に来た童磨と猗窩座。初日は思いっきり遊園地と大人の時間を楽しみ、2日目はゴルフをプレイするなどをして順調に休暇を過ごすことができた。
しかし3日目、観覧車の下にあるバーベキューレストランでランチを摂りたいという猗窩座に合わせて、まだまだ乗りこなせていないアトラクションにも乗りつつ楽しもうという予定を立てたはいいが、文字通り雲行きが怪しくなったのは明け方のこと。
散々猗窩座に愛されて浅い眠りに落ちていた童磨が窓の外を叩く雨音で起こされ、これは降るかなぁとぼんやりと考えていたその読みは生憎外れることはなく。
あっという間に北の大地全般に雨雲がかかり、それからずっと豪雨が続いている状態だった。

「ううううううう…」
未だに嘆きの表情を崩さない猗窩座だが、内心童磨はホッとしていた。
正直モーニングを悔しそうな顔でかきこんでいる姿は痛々しかった。いつものように自分と一緒にご飯を食べる時に見せる美味しいオーラを振りまいている猗窩座を見ながら食事を摂るのが童磨は好きだった。
だから不満や悔しい気持ちを吐露することで気持ちを落ち着かせられることができたなら、それだけ今の自分は猗窩座にとってそういった弱みを見せてもいい存在であると自負していいのだろう。
それに、猗窩座の夏休みの間という限られた期間内とは言え、まだまだ滞在する日時はあるのに、今日この日に拘る彼が可笑しくもあり可愛らしくもある。人間、頭の中に「これ!」というものがインプットされていれば、よほどのことがない限りそちらに向かって進んでしまう性を持っているというのは、現職上童磨は良くわかっていた。
彼にとって、『今日この日に』『晴天の中』『己と共に』『バーベキューレストランでランチを摂る』というのは決定事項だったのだろう。どれか一つ欠けては駄目なのは分かっているが、それでも大事な大事な恋人にいつまでも悔しげな顔をさせてしまっているのは、優しい自分としての性に合わない。
「猗窩座殿…」
「…なんだ…?」
「せっかくだから気分転換のために場所変えてみない? ここじゃなくても、ジンギスカン食べられるところあるよ?」
ホラ…とこっそりスマホで検索して開示された情報を見せると、確かにこのホテルから歩いて20分ほどの場所にジンギスカンの食べ放題を売りにしている店があった。
「どうせならさ、レンタカーで行ってみようよ」
「は? それならここのバーベキューレストランの方が…」
「いや、せっかくだからさ、食べ終わったらちょっと足を延ばしてドライブしてみようよ」
代替え案を出す童磨のニカーッとした表情に、先ほどまでささくれ立っていた気持ちが不意に落ち着いてくる。
愛おし気に細められ、こちらを見つめてくる虹色の瞳は、正しく猗窩座の暗雲たる心に差し込んだ太陽の光の如くで。
「何ならキャンプ道具も借りちゃってさ、遠出した先で車中泊でもしてみる?」
「おい、それは流石に宿泊代が」
もったいないと続けようとした猗窩座の声を、柔らかな声がそっと包み込むように遮る。

「楽し気に笑顔でいる猗窩座殿と一緒にいられるなら何も勿体なくないよ?」

童磨のその言葉に、豊かなまつ毛で彩られた向日葵色の瞳が大きく見開かれる。
「ね? 良いだろ?」
ローテーブルに両肘をつき、顎の下に手を置いた童磨の上目遣いに、自分の心臓がズキュウウゥンとあり得ない音を立てて高鳴る衝動のままに猗窩座は勢いよく突っ伏ていた。
「ちょ、猗窩座殿!?」
一昨日と全く同じ行動に本当に大丈夫かと心配する童磨に、全く持って大丈夫だと片手をあげて起き上がる猗窩座の頬には一昨日と全く同じ場所に赤味が差している。
「それならいいけども…」
全くの無自覚で猗窩座の恋心を翻弄していることなど露ほども思っていない童磨は、じゃあ準備しておくねと言い、早速スマホでレンタカーの確保に取り掛かっている。
その間、長旅に備えて持ってきた黒のレインコートに身を包んだ猗窩座は、童磨の分のそれも取り出しにかかる。

何をあんなにむくれていたのか、ガキか俺は…と先ほどとは違った意味で赤面しそうになるが、そんな自分に呆れずに常に気にかけ手を差し伸べてくれるのは今も”昔”も変わらない。
それこそ晴天下じゃなくたっていいのだ。童磨が笑ってそばにいてくれるのなら。

「猗窩座殿、レンタカーすぐに準備できるって!」
スマホを切りこちらを振り向いた童磨は、まさに雨上がりにかかる虹のように瞳を煌めかせ、完全に晴れ上がった猗窩座の心にも鮮明な七色が架かったのだった。

 

CPシチュエーションスロットから、『土砂降りの中 悔しげな顔で 飯を食う』より。

遊園地デート中の一幕のお話。
こういう天気関係はどまさんの方があっさり諦めはつくけど、座殿は結構引きずりそうですw

歩いて20分ほどの場所にあるジンギスカン店は、今はテイクアウト専門になっています。
このお店がジンギスカン店だったのは20年以上前のことで、ジンギスカンだけではなく色んなお肉が食べられるお店でした。
記憶違いじゃなければ牛が放し飼いになっていたような気もします。
ちなみに隣にある道の駅の肉巻きおにぎりは超美味しいです♪

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