エピローグ
「大事、無いか…?」
改めて童磨を伴って家へ戻ってきた巌勝がソファに童磨を座らせ、落ち着くようにとカフェオレを淹れて持ってくる。
「あ、ありがとう…」
心ここにあらずと言わんばかりの童磨がそれでもしっかりマグを受け取ったのを確認した巌勝も、その隣にそっと腰を下ろした。
「あ、あのね…」
ずず、と湯気の立つカフェオレを一口飲んで、少しだけ気持ちが落ち着いた童磨は食い気味に巌勝に詰め寄った。
「…なんだ」
「その…っ、俺ね、さっきあなたの家に行ったんだ」
「…ほぅ」
何故だろう、こんなにも回りくどい会話の切り出し方をしたことなど無かったのに。元恋人のあの子は、俺が言う前にお前から察せというタイプだったから顔色を読みながら話を勧めるのは慣れていたけど、巌勝が今、何を考えて、どういうつもりで助けてくれたのか、キスをし続けてきたのかがどうしても見えてこない。
やっぱり、俺、相当可哀想に見えていたのかな?
あの元恋人に痛めつけられそうになったから巌勝殿は来てくれただけで、もうきっぱりと手を切った今、巌勝殿は俺とは会ってくれないのかもしれない。
何だろう、それはとても…。
「童磨」
「っ」
マグカップを持った手に巌勝の熱い掌が重ねられる。思わず取り落とすくらいに心臓が飛び跳ねたのが分かった。
「私は…待つ……。だから、ゆっくりでいい…。お前が思うことを…聞かせろ……」
「あ……」
こんな風に、話を聞いてくれることがあっただろうか。
〝昔〟は話を聞いてくれるように求められ、今は話など聞く価値もないと切って捨てられるばかりだったことを自覚すると同時、温かなものがひたひたと胸を満たしていく。
「ふ……」
情けない声と共に涙が溢れる。何を泣いているんだ胡散臭い気色悪い。そんな言葉がすぐに耳に飛び込んできた日常ではもう無いのだと、実感するまでにはまだ時間がかかりそうだ。
「あの゛ね…、ごくしぼう殿と話してた男の子…、見で…、すごく嫌な気持ちになっで…」
「……うむ……」
「俺、それ見で……逃げて………だから」
ああ、駄目だ。
上手く言葉にならない。
たった一言で済む話だ。あの黒髪の子はあなたの好い人なのかと聞けばいいだけのことがこんなにも上手く行かない。
「そう、だったのか…」
不意に、巌勝の手が頭に移動し、白橡の髪を撫で付けた。
「あやつは……ただの同業者だ………。お前が心配するような相手ではない」
「っ、」
良かったとも、そうだったんだねとも声が出ず、ただただ涙を流し続ける。
そんな童磨に巌勝は、ひたすら無言のまま涙を流す彼の気持ちが落ち着くまで、寄り添いながら待ち続けていた。
「落ち着いたか……?」
「うん……」
泣きすぎて目が腫れぼったいが心はスッキリと晴れ渡っていた。
こんなにもスッキリとした気持ちは〝昔〟を含めて初めてなのかもしれない。
「見苦しい所見せちゃったね」
あはは、と笑う童磨に巌勝はそんなことはない、と厳かに首を横に振った。
「お前が…見苦しくあったことなど…何一つない…」
「っ、ふふ、そっかそっか。やっぱり巌勝殿は優しいなぁ」
ありがとうね、と礼を言い、すっかり冷めきってはいたが美味しいカフェオレを味わいながら飲み干していく童磨に、巌勝はゆっくりと口を開いていく。
「優しくしたいと思えるのも……、大切にしたいと思えるのも………、お前しかおらぬ…」
中身を飲み干し空になったマグカップが今度こそ童磨の手から滑り落ちた。
「え、え…」
最初に出会ったとき、彼に告げられた言葉を聞いても冗談だとしか思えなかったのに。
今は心の蔵が突き破って体外へ出てしまうのではないかというくらい、高鳴っているのが分かる。
「…私は…、お前を好いているから、放ってはおけなかった…」
真剣な声音でそう言われた瞬間、ぶわりと顔に熱が集まるのを自覚した。
「え、な…、それ…」
空いている手を両手で握りしめられ、じっと見つめて来る巌勝の緋色の瞳。
〝昔〟の彼が繰り出していた剣技のように研ぎ澄まされていて、一分の余所見も出来ない。
そんな真っすぐに視線を向けられたことも、今までは無かった。
かつて教祖としての立場の自分に向けられていた信者からの視線とも、ずっと好きだと思い込んでいた元恋人から向けられてきた視線とも、全く違うそれ。
まるでこの身が焼け焦げでしまうような、それでも逸らすことなど出来ないししたくはないと思える、真剣な眼差し。
「童磨…、お前を心から好いている…」
「っ…」
出尽くしたと思った涙が再び静かにに溢れて来る。
だけどこれは決して先程流したような涙ではない。
むしろそれとは反対で、心が柔らかく解されているような、そんな甘さと幸福に、流すたびにひたひたと満たされていく。
「う、れし…」
「っ」
「嬉しい、よぉ…! みちかづどのぉ~」
明日の自分の顔がどうなっているかなど考えたくないくらい酷い状態になっているだろう。だけどそれでもかまわない。それを見ても動じない人が、これから先そばに居てくれるのだから。
再び泣きじゃくり始めてしまった、だが嬉しいと何度も告げて来る童磨の涙を今度は止まるまで待つことなく、巌勝は好いた相手に愛しさを込めて口づけを贈ったのだった。
1月2日の黒童WEBオンリー『月夜に架かる虹』合わせの黒童です。
テーマは『感情を知ったからこそ相手から粗末に扱われてもそれを喜んでしまっているどまさんを救う黒死牟(巌勝)』でした。
なのでこの恋人は思いっきりクズにさせて貰いました♪ モブだといくらでもクズに出来るからその分楽だしいいよねwwwww
どちらとでも取れるように敢えて恋人の台詞は「」書きにはせずに文章で書かせてもらいました。
何にせよ、黒童はしぼ殿の余裕と包容力にどまさんが目一杯包まれるところだと思います♪
常に頼られて縋られてばかりだったどまさんをまるごと包み込めるのはやっぱしぼ殿が適役だなと書いてて思いました♪
猗窩童とはまた違った魅力があるので、折を見て増やしていきたいなと思います♪
BGM:陽炎/月虹/雪幻(the end of genesis T.M.R.evolution turbo type D)
Find new way(access)
二人のWHITE NITES(聖飢魔Ⅱ)
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