エッグベネディクトを一緒に食べる黒童

 黒死牟……もとい継国巌勝と初めての夜を共にした翌日。

 ふわふわとした気持ちのまま童磨は隣に眠る巌勝を起こさぬようにそっとベッドから起き上がった。

 男同士のやり方自体は〝昔〟の記憶があるため知っていたが、ここ数年間は元恋人と付き合っていたためご無沙汰していた。そのため久しぶりに自分が下になることに若干の緊張や不安が無いわけではなかったが、そんなことを抱く余裕もないままに童磨は巌勝に文字通りとろとろにされてしまった。

(巌勝殿…結構大胆なんだな……)

 そんなことを考えながら童磨はベッドサイドに散らばった衣服を身に着け、キッチンへと向かっていく。

 大きな美しくしなやかな獣のようでいて童磨を大切な珠玉の宝物のように扱ってくれた彼へ朝食を作ってあげるためだ。

「んー…」

 そんなホワホワした気持ちのまま冷蔵庫の中を開いた童磨は中身を確認し、愕然としながら唸る。何てことだ、巌勝殿は和食が好みっぽいのにそれらしい材料が全然ない!!

「むー…ううーん」

 只今の時刻は早朝。近所のスーパーも商店街も開いている時間ではない。コンビニは空いてはいるが、初めて共に夜を過ごした相手に出す食事がコンビニ食と言うのは流石にあんまりではないかと童磨はがくんと肩を落とす。

「…どうした」

「ひぇっ?!」

 いきなり現れたぬっという気配に思わず素っ頓狂な声が出る。後ろを振り向くときちんと服を着た巌勝が立っていた。

「あ、おはよ、巌勝殿」

「うむ、おはよう…、何か悩んでいるようだが……?」

「あ、あのね、朝食のメニューについてなんだけど」

 そう言って童磨は先ほど悩んでいたことを正直に巌勝に話す。こんなこと今までの恋人とではありえなかったことだ。食えるものなら何でもいい、さっさとしろ、お前の不味い飯を平らげてやるからと尊大に言い捨てておいてガツガツ貪り食っていたスタンスの人間と比べてしまうのも烏滸がましいが、そう思わずにはいられなかった。

「む、すまぬ…お前に無茶をさせたのだから…私が作るべきではないか…」

「いやいやいや! いいんだよ黒死牟殿! 俺が作りたいって勝手に思っただけなんだからていうかむしろ作らせてほしいんだよね!!」

 少し焦ってしまい〝昔〟の名前で呼んでしまっている童磨の説明に巌勝は思わず面食らう。

 〝昔〟は教祖として傅かれて育てられたと聞くから家事一般はハウスキーパーを使っているとばかり思っていたのだが、そうではないらしい。

 と言うよりもよくよく考えてみたら童磨は好奇心旺盛であり、鬼の始祖から任務を与えられておらず動けなかっただけで、制約がない今生では思いの外興味があるものは何でもやってみるタイプなのだろう。

 それに元恋人との関係性を聞いてきた限りどうにも彼は尽くしたいタイプのようだ。望む望むまいにかかわらず、今まで人に尽くされてきた反動だろうか?

 いずれにせよお願いだから作らせてと食い下がる童磨の気持ちを無碍にはしたくない。なので巌勝は自分が残りの家事をするのと引き換えに彼の得意とする料理を食べさせて欲しいということで折り合いをつけた。

「うん! ありがとう黒死牟殿!!」

 …だから名前、とツッコむのはとても嬉しそうに虹色の瞳を煌かせている童磨に対し野暮であると判断した巌勝は、楽しみにしていると告げながら白橡の髪を優しく撫でつけ、掃除と洗濯を受け持った。

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 良く晴れた空の下でシーツを丸めて洗濯機に入れスイッチを押す。その傍らで風呂や部屋をクイックルワイパーで細かく清掃している最中、おいしそうな匂いが鼻腔に届く。

「あ、もうすぐでできるからそろそろ来てね」

「うむ…」

 まるで新婚のようなやり取りに表情筋が固まりがちな巌勝も少しだけ口角を上げる。デニム地のエプロンがシンプルであるが、それがなんだかそそられるなと少し不埒なことを考えながら巌勝は所定の位置にクイックルワイパーを戻すと手を洗い、出来上がった料理を運んでいく。

「これは…」

「あ、エッグベネディクトっていうんだよ」

 トーストしたマフィンにベーコン・ハムをのせ、オランデーズソースをかけた料理で、ニューヨークでは朝食やブランチの定番であるエッグベネディクト。最近ではマフィンをパンケーキや食パンにしたり、中の具材をサーモン・カニ・ロブスターといったシーフード系や、コンビーフにアレンジする方法もある。

 中でも一番上にかかっているオランデーズソースがエッグベネディクトの要とも言える。卵黄とバターとレモン果汁を混ぜ合わせ、塩コショウやカイエンペッパーで味点けるのがコツなのだ。

「今日は早く食べたいからちょっと手抜きしちゃってレンチンにしたけど」

「手抜き……」

 しげしげと巌勝は白いランチョンマットの上に用意されている朝食を見る。アイボリーの食器に綺麗に盛り付けられているパンケーキタイプのエッグベネディクトと付け合わせのポテト。瑞々しいレタスとトマトときゅうりのミックスサラダにプレーンヨーグルトとりんごのコンポートのデザート。さらにはホットコーヒーも用意されている。

 これで、手抜き…? と宇宙猫になりかけた巌勝に、童磨はあ、そうだと声をあげる。

「巌勝殿、コーヒーでいい?」

「?」

「何となくだけど巌勝殿、コーヒーよりも日本茶って感じがして…」

「なんだそれは」

 思わず吹き出してしまう巌勝の表情に、童磨はしばしポカンとしてしまう。

(巌勝殿、そんな顔できたんだぁ…)

 それがなんだかくすぐったくもあり嬉しくもあり思わず涙腺がじわじわ滲んでしまう。

「あっ、えっと…冷めないうちにどうぞ」

「う、む…」

 こんなにも穏やかで温かい陽だまりのような時間に多幸感を覚えている自分を覚られないように、向かいに座る巌勝に食べるように勧めるも、何やら思案している様子に童磨は首をかしげる。

「あ、もしかして口に合わなかったり」

「いや! 断じて違う。その、そうではなく…」

 童磨が心を込めて作ってくれた朝食が口に合わないということは天地神明に誓って無い。だが正直なところ巌勝は少々戸惑っていた。その理由は。

「…その、実は…このようなものは初めて食べる故…」

「ん?」

 ばつの悪そうに少々俯き加減になりぽつぽつと話す巌勝に童磨は小首をかしげる。

「お前に…見苦しいところを見せるやもしれぬ…」

「へ?」

 今なんて言った?

 あの巌勝殿が、威風堂々としていたあのかつての上弦の壱が。

 食べたことのない物を食べることと自分の前で格好悪いところを見せるかもしれないと、そう訴えているのだ。

「~~~~~~っ!」

 何この人、すっごく可愛い!

 そう思わず叫びだしそうになったが、顔には出さずに押し留めて、いつものニコーっとした笑みを童磨は浮かべる。

「え、そんなの気にしないよ! あ、じゃあ俺がお手本見せるね」

 むしろそんなあなたをお金を払ってでも見たい! という出てきそうな本音はどうにか飲み込みながら童磨はカトラリーを使い、オランデーズソースごとシーフードの具材をサンドしたパンケーキを切っていく。

 とはいってもたいしたことではなく半分に切った後ナイフで半熟卵が流れるのをあらかた抑えながら一口サイズに切っていき、玉子とソースを絡めてパンケーキを具材ごと食べるだけだ。

「ん、中々美味しい♪ ねね、食べてみて」

「…う、うむ…」

 蕩けるような童磨の顔につられ、ぎこちないながらも巌勝がカトラリーを取ってエッグベネディクトにナイフを入れていく。しかし初めてこれを食べる巌勝と何度も食べている童磨とでは圧倒的に経験の差が違う。溢れ出る黄身が皿の上に溢れてしまいながらどうにか切り分けても、ソースと卵を美味く絡めるのにフォークとナイフを上手く使いこなせていない。

「むむ…、中々奥が深い…」

「そんな大層なものじゃないんだけどなぁ…」

 そんなことを言いながら顔が綻ぶのを止められない。

「面目ない、童磨…。悪いが箸で食べてもいいか……?」

「うん、どうぞどうぞ」

 立ち上って割り箸を持ってきて差し出す童磨に改めて巌勝は頭を下げてエッグベネディクトを食べていく。箸とエッグベネディクトというあまり見ない光景だが巌勝の所作の美しさ故かとても絵になっていると、童磨は思わず食事の手を止めて魅入ってしまっていた。

 

 二人で迎えた初めての朝食はホワホワとしたなごみの中で穏やかに過ぎて行き、童磨はかつてないほどの安らぎと幸せをエッグベネディクトと一緒に噛みしめていた。その一方で巌勝は童磨が振る舞ってくれた朝食の美味しさを味わいながら、今度彼の家に泊まるときは己の箸を新調し持ってくることを密かに誓ったという。

 

 さらに俺も対になる箸を作りたいと童磨が言い出し、ならばと巌勝が夫婦箸の提案をし、二人がそれぞれの箸を持ち歩き互いの家を行き来するようになるまでそれほどの時間はかからなかった。

 

BGM:ふたりのWHITE NITES(聖飢魔Ⅱ)

しぼさんはカトラリーを使うのが苦手そうっていうのと、お箸でエッグベネディクトを食べて欲しいという願望が爆発した。
まだ本筋終わってないのにエピローグ書くあたり相当書きたかったんだなぁとしみじみ実感します。

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