今をときめくアイドルユニットと言えば、Z&D~3232~だろう。
鬼舞辻上弦プロダクションの目玉アイドルとしてデビューし、トントン拍子に話題を掻っ攫った歌唱力もダンスもはたまた見目もよろしい猗窩座と童磨は、巷の女子や男子、はたまた爺さん婆さんおっさんおばちゃんに大人気だった。
彼らはすこぶる見目がよく、猗窩座はド派手なピンクの頭と豊かなまつ毛にベイビィフェイス。しかしガタイがよい弟系。対する童磨は虹色の瞳に白橡の髪(公式プロフィール)をもつ美少女フェイス。垂れ下がり気味な太い眉毛が更にあどけなさを醸し出しているが体格は猗窩座よりも一回りほど大きいというアンバランスさがたまらないとされている。
そして彼らの関係についてだが、童磨が一方的に大型わんこの如く猗窩座に構い倒すという体であり、更には「猗窩座殿」という呼び方も一定層の癖に刺さるとのことだ。
対する猗窩座はそんな童磨に塩対応、もしくやゴパやらパガやらの特殊音付きでどつき倒すというのが定番のやり取りである。
そんな理由もあってか、彼らはとにかくアレな御姉様共にも推されており、某投稿サイトやSNSを連日賑わせている。圧倒的に多い内容は、童磨が一方的に猗窩座に好意を示しながら構い倒したい一方で、それを猗窩座が『失せろ』『腕をどかせ』と冷淡に言い捨てて時には手を上げても、結局力叶わずそのまま…といった類のものだ。そして少人数ではあるが、当人たちにそういった薄い本を送り付ける恐れを知らぬ猛者愚者もいるとかいないとか。
だがしかし実はこの二人。
「んっ、だめ、だぜあかざ、どの…!」
「だめじゃあない」
「だ、って、もうすぐ出番…っ!」
今日の仕事はバラエティ番組の収録だ。
その控室の中で二人が何をしているかと問うのは野暮というものだ。
衣装を着替えようと私服を脱いでいた童磨を、ぱっぱと着替え終わっていた猗窩座が正面からガシリと抱きしめたかと思うと、少し首を伸ばしてそのまま首筋にかぷりと噛みついた。
「ん…っ」
「どうせ今日もまたお約束のやり取りをさせられるんだ…。ありのままでお前と触れ合いたいと思うのはそんなに贅沢なのか?」
今度は鎖骨に唇を落とされ強く吸い上げられる。ポツリと咲くのは赤い小さな独占欲の花。
そう、この二人、ユニットを組む前からデキあがっていたのである。
しかも所属事務所の社長、鬼舞辻無惨は二人をスカウトし、二人から直接事情を聞いた上でデビューさせたのだ。
『お前らはとにかく見目がいい、そして世間一般のイメージとは逆な関係なのもいい。だがマーケティングとしてはお前らの本来の関係とは逆で売り出した方がいい』
とのこと。
元々この二人アイドル入りに興味は無かったのだが、同性同士で一緒にいるに事足りる理由が少なく、何かと肩身が狭いというのが現状だ。しがらみ無く一緒にいられるならという理由もあり、自分たちが立場を築き上げたときに実は付き合っていることをカミングアウトをすれば、同じような思いを味わっている人々の認識も変わるのでは?という狙いもある。もちろんこの件についても正直に社長に話したところ、アイドルとて生身の人間であり、悪くはないとして採用された。
ちなみにこの鬼舞辻社長、猗窩座のことはお気に入りだが童磨のことはあまり好きではないと公式プロフィールに書かれているのは誰もが知っている有名な話だ。だが本心は「好きだの愛だのの言葉で言い表せるかああああああ!!あいつの存在自体が奇跡!!そしてその奇跡と出会えた猗窩座も奇跡!!」というかなりの両者推しなのである。
閑話休題。
世間一般から見ると童磨→→→→→→←猗窩座という図式が出来上がっているが、実を言うと彼らは猗窩座→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→←←←←←←←童磨というのが正しい相関図で、いってみれば猗窩座は童磨にベタ惚れ状態だった。ちなみに矢印の多さに目を向けがちで童磨はさほど猗窩座を好いていないのかと言われればそうではない。彼もまたきちんと猗窩座のことが好きなのだが、どうにも聞き上手で博愛主義者である彼は好意の示し方がライトなのもあり飄々としているように取られてしまうのだと、ある高校生兄妹は後に語っている。
なので猗窩座からしてみれば、送りつけられてきた本のように童磨がうざい上にサイコ気質のある変な趣味を持ってそうな人間として認識されているのも、自分が童磨を袖にしているように思われて「ドンマイ座殿w」「うざい童磨を相手してあげるだけ座殿は優しい」と言われるのは嫌がらせ以外のの何物でもない。仕事でなければ名誉棄損罪でまとめて訴えてやろうかと思うほど不愉快極まりないが、当の童磨は「妄想するのは自由なんだから」と猗窩座を諭し「本当の俺を知っているのは君だけでいい」という心から想いを伝えてきて彼の中にたまりつつあるガスを抜いてくれるデキた伴侶なのだ。
閑話休題再び。
「でも、もうすぐで時間……っ」
「悪い、だがもう少しだけ…」
そう言って猗窩座は反対側の鎖骨にも童磨への独占欲の赤花を咲かせる。憎からず想う相手を邪険にするキャラクターを演じなければならないのは仕事だけではなくプライベートだってそうだ。たまに見つかったファンに「童磨のことをどう思う?」なんて聞かれた日には「惚れ抜いているに決まってるだろうがああああああ!お前アイツの可愛さとかきれいさとか色っぽさとかおっぱいのデカさとか柔らかさとか知ってんのか知らんかったら三日三晩かけてプレゼンしてやるから筆と紙を持てえええええええいいいいいいいいいい!!!!!!!」と熱弁しそうになるのをこらえて、社長の命令で無ければあんなやつと相棒なぞ組むはずもないと、そっけなく答えなければならないのだ。
ファンが大事なのはわかっている。だがそれ以上に童磨を大事に想いたいのも事実だ。そして童磨もそんな猗窩座の気持ちが分かるから無碍には出来るだけしたくはない。
「っぁ…」
声を噛み殺しながら童磨は猗窩座から貰う愛情を受け入れる。あくまでキスマークを付けるだけだったのに、悩ましげな顔を見てこの場で思う存分に抱き散らかしたいという欲求が首をもたげる。だが流石に倫理的にもスキャンダル的にもまずいので押し留めながら猗窩座は体を離した。
「ちょ、っと待ってあかざどの…」
「ん?」
微かに息を荒げた童磨が猗窩座の手首をそっと掴み、ブラウンのジャケットから露になった手首に唇を寄せた。
「おぃ…っ!」
慌てて引き寄せようとする猗窩座の手首をつかんで童磨もまたキスマークを付ける。
「おれだって…、猗窩座殿のこと好きなんだから…これくらいはさせてくれよ…?」
ズキュウウウウウウウウンンンンとハートをぶち抜かれた馬鹿でかい音が聞こえた同時、猗窩座の唇が先ほどつけ終えた首筋のキスマークの上に更なる重ね付けをするのは至極当然の流れであった。
***
さて、そんなこんなで始まったバラエティ番組の収録。
童磨が他のゲストや司会者と話をしている最中、猗窩座の顔は明らかに引き攣っていた。
(やべぇ)
彼の心境を一言で表すならこれである。
今日の童磨の衣装は、ネイビーのノースリーブと肩と首元を強調するように襟ぐりが開いたざっくりとしたリブニットだった。
童磨の肌の魅力を余すところなく発揮できる素晴らしい衣装なのだが、タートルネックでギリギリかくれるかどうかのところに、猗窩座が控室で重ねて付けたキスマークが見えてしまっているのだ。
気づいた瞬間にとっさに声を押さえることができたのは奇跡といえよう。相変わらず童磨はニカーッと笑いながら話を聞きつつうんうんと相槌を打ち、時折猗窩座に話題を振ってくる。
猗窩座もプロなのでその辺は狼狽えることはなかったが、バレたらどうしようかというひやひや感が猗窩座から余裕を奪っていく。
「~~だよね? 猗窩座殿」
そんな猗窩座の焦りを知ってか知らずか、童磨が彼に話題を振るがついにひやひや感の臨界点を突破した猗窩座はまるっきり話を聞いていなかった。
「あ、ああ? 何だって?」
「もぉ~、聞いていなかったのかい猗窩座殿、冷たいぜ~」
そう言いながら、ぐ、と身体を寄せて右腕を肩に回すアクションを取ってくる童磨。これはいつしか”お約束”の展開として、猗窩座が童磨をゴパという効果音と共に吹き飛ばす前振りだ。
そして童磨はいつもより猗窩座に密着する。ニヤニヤと尖った犬歯を見せながら猗窩座に顔を近づけ、そっとカメラも拾えないほどの小声で囁きかけた。
”力入れて首狙って”
”!?”
童磨の言葉通り、あえて首を狙って彼を突き飛ばす。その意図を瞬時に汲み取ったのはやはり想い合うが故の愛の力か。
「いてて…、もぅ、猗窩座殿の愛情表現はいつもキツイぜ」
そう言いながらオーバーリアクションで起き上がった童磨の首元には、キスマークの上からかき消されるような痣ができていた。
常に拳を振るう側の猗窩座に批難が集まらず、童磨が悪いという体にされるのは、そうやって彼が道化役を買ってくれるからなのだということを改めて身につまされる。
特に今日は自分の後先考えない失態が故に、無駄に痛い思いをさせてしまった童磨に、猗窩座は今すぐこの場で彼に土下座をしたい気持ちでいっぱいだったが、今はそれも叶わない。
なので猗窩座に出来ることは童磨が作ってくれたきっかけを無駄にせず、このバラエティ収録を始めとする残りの仕事を遂行することだけだった。
***
「はぁ~、終わったねぇ~」
んんーっと伸びをしながら、この日の仕事を終えながら猗窩座と童磨は寮に着く。名目上は寮ではあるが彼らの関係を知っていて、なおかつ推している社長が用意した二人の愛の巣だ。
流石に一緒に暮らさせるのは露骨になるのでカモフラージュとして童磨は二号室、猗窩座には三号室を宛がっているが、たまにどちらかの部屋で共寝をするのを黙認しているので、もう実質結婚しているようなものだった。
だが流石に今日は猗窩座もハラハラし通しで疲れただろうということで、童磨は自室である二号室に戻ろうとする。だが項垂れた状態のまま、ぱし、と猗窩座に手首をつかまれて童磨の動きが止まる。
「猗窩座殿…」
「……」
「もう寝ないと、明日もまた早いんだから」
「………」
「ねえ、猗窩座ど「ごめん…」」
蚊の鳴くような声で謝罪する猗窩座に、童磨はきょとりと首を傾げる。
「…今日は、ごめん…」
今にも泣き出しそうな顔をする猗窩座に、童磨は合点がいく。最初のバラエティ収録の時のことを猗窩座は気にしてしまっているのだ。
「気にしなくていいぜ。俺だって乗り気だったんだしな」
「…お前、いつも俺にどつかれて、るのに…」
「猗窩座殿はキチンと手加減してくれているだろう?」
「…でも今日は、お前に痛い思い、させてしまった…」
ぎゅ、と唇を噛みしめながら絞り出すように話す猗窩座に、童磨は苦笑する。
(全く君って人は…)
猗窩座が自分に暴力を振るうのはあくまでユニット上のことであって、実生活ではとてつもなく優しい。仕事は仕事、プライベートはプライベートと割り切って考えればいいだけの話だが、実を言うと脳みその特性上仕事とプライベートは割り切れない仕組みになっている。割り切ってしまうには猗窩座との関係を一度白紙に戻して、単なる仕事仲間として付き合えば解決するが、今更そんな関係には戻れないし戻りたくないと心から言える。
「俺は大丈夫…、だからそんな悲しそうな顔をしないで猗窩座殿。俺は俺に向けて笑ってくれる猗窩座殿の顔が大好きなんだからな」
俯く顔を上げさせて、今にも雨が降り出しそうな向日葵色の瞳を覗き込む。
ここは鬼舞辻コーポレーションの息がかかっているとはいえ屋外だから不用意なことは出来ない。だから童磨は猗窩座のブーゲンビリア色の髪をよしよしと撫でるに留めておいた。
「どぅま…」
「大丈夫、俺は大丈夫だから。今日はハプニングがあって疲れただろう? 猗窩座殿の体調が崩れてしまう方がよっぽど辛いから、ね?」
まるで子どものような扱いだが、それでもこれが精一杯なのは猗窩座には判っていた。
明日もスケジュールがびっちり詰まっている。ユニットの相棒としての童磨と一緒にいられる時間も、ただの猗窩座として童磨と共に居られる時間もおろそかにはしたくない。
失敗は次に生かせばいい、二度と童磨を悪戯に傷つけない。そう改めて心に決めた猗窩座は、童磨に付けてしまった首元の痣をするりと一撫でする。
「っ…」
いきなり敏感な箇所に触れられて思わずぞく、と身体を震わせる童磨にうっかり欲情しかけてしまったが流石にそれは気合と根性で押し留めた。
「また、明日な」
「うん、また明日ね」
おやすみなさい────…。
そう笑い合い、挨拶を交し合ってから、同時に二号室と三号室の扉を開けて、二人の一日は幕を下ろした。
ちなみに件のバラエティ番組のオンエアを見た鬼舞辻社長が二人を呼び出し、もうお前ら結婚しろと命令を下したのはその一ヶ月後のことだった。
フォロワーさんのイラストを見て萌えたぎって書かせてもらったアイドルパロな猗窩童です♡
いやー、もうマジイラストを見てぶち抜かれましたね♪♪
こういう事情でアイドルを目指すのって世間的には無しなのかもしれませんが、世間より個として生きるのが上等な私的には全然OKだと思いますw
きむたんさんの素敵なイラストはこちらからどうぞー
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