花闇獄での邂逅録 - 2/3

両手の中にある首だけの男。自分よりも弱かった存在だったのに、上弦の弐までのし上がった鬼。
彼が近づくたび、話すたび、横隔膜が痙攣して吐きそうになる感覚や、金属に爪を立てるような神経に障る嫌悪感を抱いていた。竈門炭治郎と対決した時とは非にならないほどのそれを、百年以上この鬼に感じていたのだ。
「しのぶちゃんの次は猗窩座殿かぁ…ふふ」
そんな風に呟きくふりと笑う童磨に対し、今はそんな感覚は微塵も抱かない。それどころかそんな無防備な顔もできるんだなという気持ちが猗窩座の中に湧いてくる。
「なあ」
「んー?」
まるでとろとろと微睡んでいるかのような表情と声だ。
「…しのぶちゃんとやらにお前はやられたのか?」
「!うん、そうなんだ猗窩座殿!!しのぶちゃんの”毒”は凄かったんだ!ああも完膚なきまでにやられるといっそ清々しい気分だよ」
それでね、しのぶちゃんがねと、先ほどまでの微睡みはどうしたと言わんばかりにうきうきと話し続ける童磨の首を支えている猗窩座の脳裏に、ああ、やはりという言葉が浮かんだ。

花闇獄での邂逅録 ~猗窩座~

俺はずっと、”予感”していた。
記憶の奥底にずっと封印していた喪失の痛みを、この男にも感じていたのだ。
だけど怖くて。
認めるのが、思い出すのが怖くて、ずっとずっと見て見ぬふりをし続けるために、回避するために、こいつを忌み嫌い続けていた。

「猗窩座殿、聞いてるかい?」
ぷくーっと頬を膨らますまるで幼子のような仕草。ここに来る前ならば問答無用でその首を握りつぶしていただろう。
だが、今はそんな気など微塵も湧いてこない。
それどころか、百年以上共にいて、ようやくコイツの素顔を見ることができたことに、感慨を覚えている始末だ。
その名の通り、まるで磨り減った童が、芽生えた感情を持て余すように話し続けるその声を、ずっと聞いていたいとすら思える。
「…ああ、聞いている。凄かったんだなしのぶちゃんとやらは」
「うん!そうなんだ! それで俺はね、生まれて初めて心臓が脈打つのを感じたんだ」
キャラキャラと笑いながら話す童磨に対し、今までコイツはこんな風に話を聞いてもらえたことがあったのだろうかという感情を初めて猗窩座は抱いた。
否、恐らくは聞いてもらえなかったのだろう。
年端も行かない幼い頃から、ずっと弱い人間に救いを求められ救済することを使命だと思い込むほどに磨り減っていた彼は。
(ああ、だから…)
だから彼はああまでして皆と仲良くなりたがっていたのだろう。
自分を親友と呼んで絡んできたのも、ただ対等に話を聞いてもらいたかった一心だったのだろう。

「これが恋というやつなのかなぁ? ふふ」
「いや、違うな」
「即答!?」

だったら、今、こうしていられる間だけは。
「恋よりもまず親友を作るところからお前は始めろ」
「え…?」
「親友、なのだろ?俺はお前の」

切り捨ててきた百数年以上の溝を埋めていきたい。
己の独りよがりであることも、彼のおおらかさに甘えていることも重々承知している。

「猗窩座殿…!」

うん、うんと頷き続ける童磨の虹色の瞳から溢れる涙は、明らかに感情が伴っているのが見て取れる。
そんな童磨の涙を拭うために、猗窩座はその首を軽く持ち上げると、自身の目の高さまで持ってきてそっと唇で眦に触れた。


拙宅の猗窩座殿が事あるごとに童磨さんの目元に口づけるのはこれがきっかけです(笑)
親友としては距離感がバグっていることに座殿ももどまさんも気づいていませんw

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