その② 童磨視点
「あーかーざどのー♪」
お昼休み。前方に猗窩座殿を発見した俺は、嬉しさを止められずに片手をブンブン振り回し駆け寄っていく。
俺の声を聞きつけた猗窩座殿は足を止めると、こちらを何とも言えない顔で見つめてくる。”昔”は一瞥もくれなかったのに、こうして顔を合わせてくれる関係になれたのはやっぱり嬉しいなぁと俺はそう思う。
次の時間は体育だからジャージを着ているのだけれど、仲のいい女子たちからは『今日はちょっとあざとい着方で頼田くんに迫ってみなよ』と言われたので、敢えて少しサイズの大きいジャージを借りてみた。なんで猗窩座殿に迫るのにあざとい姿じゃなきゃダメなのかなと思いつつ着てみたけど、やっぱり袖がちょっと余るのはいただけないなぁ。いちいちめくりあげるのは面倒くさいなぁなんて思いながら猗窩座殿へと駆け寄っていく。
「なんだうっとおしい」
「んもぅ、つれないぜ猗窩座殿」
つれない言葉で俺が近づくとやっぱりちょっとだけ顔を背けてしまうけれど、きちんと待っていてくれるあたり今の猗窩座殿はあのころに比べて丸くなったなぁなんてニコニコしてしまう。
何だろう? ツンデレって言うんだっけこれ? でも猗窩座殿って結構自分に正直だったからそんなタイプではないとは思うんだけども。
「そんなつれないところもあなたの魅力なんだけどもな」
うん、つれなかろうが何だろうが、今も”昔”も俺は猗窩座殿が好き。気持ちを込めてそう伝えれば、なんか凄い声で咳払いをした猗窩座殿が胸を押さえてうずくまっちゃった。
「ん゛ん゛っ!!」
「え、何? どうしたの猗窩座殿胸抑えちゃって?」
なんだか最近ずっと猗窩座殿はこんな調子だ。”昔”と違って身体は再生もしないし毒も分解しない。病気になったら適切な治療が必要だ。もしも不整脈とかならきちんと診てもらった方がいいよと心配する俺と、何とも言えない微妙な顔をする猗窩座殿を、周りの生徒たちはなんだか生温い顔をしながら通り過ぎていく。
(童磨くん、あなたって人は…)
ん? 何だろう頭の中に直接声が聞こえてくる。あれ? もしかしてこれが神の声ってやつなんだろうか? え、違うの??
(頼むから頼田君の気持ちに気づいてあげて)
?猗窩座殿の気持ち?? 猗窩座殿はきちんと俺に気持ちを伝えてくれるよ。俺の自慢の先輩で親友だって。出会えて良かったって。俺を赦してくれてありがとうって。
最後のはともかく、前二つの言葉は俺だって同じ気持ちだし、そう言ってくれてすごい嬉しい。それに猗窩座殿は約束してくれたんだ。俺にきちんと気持ちを全部伝えるって。
(ちくわ大明神)
何だろう今の。
なんだかいろいろなことが聞こえて来たけど、俺は猗窩座殿が大好きで大切だから、二度目は一緒に逝きたいなって思う。
ちなみにさっきから”昔”とか今とか二度目とか言ってるけどこれは俺に前世の記憶があるからだ。俺だけじゃない、猗窩座殿にももちろんあるし、この学園にいる何人かは現世以外の記憶を持っている、らしい。別に進んで仲良くしたいと思う人は猗窩座殿を含めて数人しかいないのでそこから聞いた話なんだけど。
前世の記憶が枷になる人もいるというけど、俺は全然そんなことはない。当時はそんなこと思わなかったけど、猗窩座殿から言わせれば俺たちの関係は所謂被害者と加害者で全然対等なんかじゃなかったんだって。
最も俺は猗窩座殿の仕打ちに関しては前述した通りなんとも思っていない。むしろそれが猗窩座殿なりのスキンシップだとすら捉えていた。
それは違うのだと猗窩座殿から告げられたのは前世の生が終わった時だった。
俺たちは鬼と呼ばれる存在だった。弱点である首を特殊な素材で作られた刀で撥ねられない限りは無限に再生を繰り返すし、食べ物も人肉や血以外は受け付けない、まるでおとぎ話や伝説に出てくる生き物だった。
なので同じ鬼である猗窩座殿に顔や体を吹っ飛ばされても痛みは感じるもののすぐに再生するし致命傷にはならない。
それに当時の俺は何度も言うけどそれが猗窩座殿なりのスキンシップだと思っていたし、そうすることで仲良くなれると本気で思っていた。
…まあ今にして振り返ってみれば実際は空回ってばかりいたんだけど、それはもう過ぎたことなので割愛するね。
話は逸れてしまったけども、俺と猗窩座殿は鬼としての生を終えたとき、地獄で再会した。そのときに猗窩座殿は今まですまなかったと頭を下げてきたんだ。状況が全然飲み込めない俺に猗窩座殿は説明してくれた。
何でも猗窩座殿は”呪い”に罹っていたそうだ。『自分より強い自分を気にかけてくれる相手は悉く毒で逝く』という過去の記憶からの警鐘は、自分を弱いと認められなかった猗窩座殿にとって”呪い”となって蝕んでいた。それを聞いた時に確かに俺はその条件に当てはまるなぁと納得したと同時、その時はなかった心臓がとくり、ほわり、と音を立てたのが分かった。
猗窩座殿が死んだと分かった時、俺は悲しいと確かに思った。演技しなければ涙を流せなかったけれど、それでも彼の死を悼みたかったこと。仲よくなりたい気持ちは確かにあったことを、地獄へ向かう限られた時間の中で伝えられるだけ伝えた。
お互いの罪を償って、もしも次に生まれる時があったなら今度こそ親友としての関係を結ぼうって約束して、それぞれの地獄へと向かった。
天国も無ければ地獄もないと思っていた。でも確かに地獄は存在したし、それ以上に猗窩座殿とお話しできるという奇跡を目の当りにしたのだから、生まれ変わったその先だってあるに決まっていると何の疑いもなく俺は確信していた。
そして無事に前世の記憶を持ったまま現世に生まれた俺は彼を見つけた。
顔や全身に走っていた特徴的な刺青はきれいさっぱりなくなっていたけども、逆立つ炎のようにも見える筏葛の色をした髪と豊かなまつ毛を持った顔に、ああ猗窩座殿だなって分かった。
俺の姿を見て驚く猗窩座殿。その顔にはかつて俺に対して見え隠れしていた嫌悪感はまるでなかった。
『約束したものな。俺たち、今度こそ親友になれるよね』
そう俺が言えば猗窩座殿はぎゅっと俺に抱き着いてきた。”昔”に比べて身長は多少縮んだけど、猗窩座殿は”昔”と変わっていないのかやっぱり俺の方が上背はあった。だけど抱き着いてくる力は明らかに”昔”よりも猗窩座殿の方が強い。
ぎゅうっと両腕で抱きしめられて胸元にぐりぐりと頭を押し付けられて、なんだか人懐っこいわんこに懐かれてるみたいだなぁなんてふと思っちゃったけど、それ以上に俺だって猗窩座殿と離れたくないって強く強くそう思った。
「猗窩座殿ー。本当に大丈夫??」
つんのこを繰り返してもうんともすんとも言わない猗窩座殿に流石に心配になった俺は声をかけると、心配するな、俺を誰だと思ってると言いながら猗窩座殿は身を起こした。
”昔”は刺青が走っていた顔だから気づかなかったけど、結構あどけない顔立ちなんだよね猗窩座殿って。それに瞳の色も太陽に向かって花開く向日葵みたい。”昔”のようなひび割れた氷の色と鬱金色の瞳とはまた違っていてとても綺麗だし彼らしいなって思うんだ。
「うん、いつもの猗窩座殿だなぁ」
曲がりなりにも元々は俺の上に立っていた強さを持つ人。今は人間なんだから血鬼術もないし食べた人間に比例して強くなるわけでもない。(そもそも人食の気なんて露ほども起きないんだけど)背は今生でも俺の方が高いけど、猗窩座殿の方が強いし力もあるのは先ほど述べたとおりだ。
でも猗窩座殿は今は俺に手をあげてこない。それどころか事あるごとに俺とのスキンシップを図ってくる。肩に腕を回せばそのまま更に抱き寄せられたり、ちょっと胸貸せと言いながら頭を埋められたり。
仲良くなるってこういうことだったんだねと思うとやっぱり嬉しい。もっともっと猗窩座殿と仲良くしたいなぁって、とくとくと胸が優しく鼓動を打つんだ。
「ところでお前、その紙袋はどうした?」
猗窩座殿に言われてはたと気づいた。そうだったそうだった、俺が猗窩座殿を呼び止めた理由はこれにあったんだ。
「あ、これね。貰ったチョコレート」
白い袋に5つほど詰められたチョコレートはクラスの女子を始め、見ず知らずの女子生徒たちからも連名でもらった。流石に俺も今日この日にチョコレートをもらう理由は分かっていた。でもこれ全部俺個人宛じゃないんだよね。彼女たちは”頼田君と一緒に食べてね”と言っていた。
これって俺と猗窩座殿の義理チョコなんだろうなぁ。最も何とも思っていない相手から本命チョコをもらっても、気持ちはありがたいけど答えられないしちょっとめんどいなって思うから貰わない方が気楽だけども。
それに猗窩座殿と一緒に食べてねと言われたからには捨てる訳にもいかないし、何より猗窩座殿と一緒にいられる時間ができるのは純粋に嬉しい。
”昔”とは違って今は時間は有限だ。だからたくさん猗窩座殿の隣にいて今までの分も仲良くしたい。
「なんだそれは。一つも貰えなかった俺への嫌味か?」
「ちがうよぉ~」
うーん、猗窩座殿がもらえなかったっていうのはなんとなーくわかる気がする。
格好いいし強いんだけど、ちょっと女の子に対して一線引いちゃってるところあるもんね。”昔”に猗窩座殿に起こった出来事を聞いているからそれも無理はないかなと思う。最も双子のお兄さんである狛治殿の未来のお嫁さんの恋雪ちゃんには優しいから、きっとそういうところを見てくれる人が現われれば上手くいくんじゃないかなぁ。
そんなことを考えながら俺は猗窩座殿の耳元に顔を近づける。
「コレ、猗窩座殿にもって女の子たちからもらったの」
「は?」
素直にそう白状すると猗窩座殿は険しい顔つきになった。え、え? 俺、変なこと言ってないよね? 猗窩座殿にもって貰ったチョコだから一緒に食べようって…。
また俺、猗窩座殿の地雷を踏んじゃったのかなぁ。
「ちょっとちょっと猗窩座殿。俺素直に言ったんだからそんな怖い顔しないでよ~」
「あ、いや…すまん。大人げないな俺も」
そう俺が言ったら猗窩座殿はハッとしたような顔になる。うん、やっぱり言いたいことを言いあえる親友同士とはいいものだな。
「いいっていいって。食べ物の恨みは実に恐ろしいっていうからね。いくら何でもこんな量一人じゃ食べきれないし」
そう言うとまたもや猗窩座殿の表情が怪訝そうな顔になる。
「ん? おい。俺にあてられたチョコだろう? 何故それをお前が食べるんだ??」
「え?」
「え??」
ん? どういうこと?? 猗窩座殿と一緒に食べてって言われたチョコだから一緒に食べようと思って、て。
「あ、俺言ってなかったな」
ポカンとしたまま顔を見合わせること数秒。お互いの勘違いに合点が言った俺は、ガサゴソと白い袋を漁って一つのチョコを取り出す。
「ほら、これ」
一人分では何日かに分けないと食べられないサイズの箱に挟まっているグリーティングカードには『頼田君と氷雨君へ?仲良く二人で食べてね』というメッセージが書かれている。
「これだけじゃないんだよ。ホラ」
グリーンの包装紙で包まれているチョコを猗窩座殿に持っててもらい、俺はもらったチョコを次々に取り出していく。
肩ひじ張らないけれど、普段のおやつにするにはちょっとだけリッチなチョコもあれば、ファミリー用のキッ〇カッ〇も入っている。
ちなみに手作りのチョコはこの中にはない。流石に俺も女の子が手作りでチョコを贈る意味は分かっているし、さっきも言ったけどその気持ちに答えることは出来ないから入っていなくてホッとしてる。
でもそれは俺個人の話だ。もしも猗窩座殿に手作りのチョコが贈られたら彼はどう思うのかな? 恋雪ちゃん以外の手作りチョコは受け取らないイメージがあるけどそうなのかな。そうだったらいいな…。
??
あれ、俺今何を考えてたのかなあ??
「だからこれ、一緒に食べよう?」
ふと頭をよぎった考えを払拭するように俺は猗窩座殿にお伺いを立てた。
ダメかな? お願い!と言いながらちょっとだけ小首を傾げて見る。これもチョコレートを渡してきた女の子たちのアドバイスだ。猗窩座殿と一緒に食べてもらうにはこれが効果が抜群だって。
ちら、と猗窩座殿を伺い見るとなんだかすごく難しい顔をしていた。向日葵色の瞳の焦点があっていないというかここではないどこか別次元を見ちゃっているというかそんな感じ。
「…まあ、構わないが…」
それでも俺のお願いを聞いてくれた猗窩座殿は本当に優しいし丸くなったなぁって思う。
「やった! そうこなくちゃ猗窩座殿?」
早く食べよう今すぐ食べよう?と、猗窩座殿と一緒にチョコを食べたくてぎゅっと手を繋いで俺はずるずると彼を引っ張っていった。
今の季節、屋上はお昼ご飯を食べたり放課後にだべったりするにはうってつけだ。少しずつ春が近づいているなと感じる頃なんだけど、今日は俺たち以外に誰も見当たらない。
そう言えばちょっと風が冷たいかなぁと思っていたら、猗窩座殿がこっちだと言いながら俺の手を取って歩き出す。
猗窩座殿の手の温かさに俺はホッと安心しながら大人しくついていった先は、ちょっとした小部屋っぽい印象を受けるスペースだった。壁に囲まれて日陰になる箇所は多いけども、まだお日様は高いのでフェンス側に座っていればポカポカと温かい日差しを浴びられる。うーん、気持ちいいなぁなんて思いながら俺は、猗窩座殿隣に腰を降ろして、チョコレートをよいせよいせと袋から取り出して、地面に並べていった。
「猗窩座殿はどれがいい?」
「…じゃあキッ〇カッ〇で」
「りょーかい♪」
まずは無難なところからってやつかな? 美味しいもんねキッ〇カッ〇。
バレンタイン仕様の包みを開いて一つ取り出して更に包装紙を剥いた後、ぱきっと割った片割れを猗窩座殿に差し出した。
「ん」
「ああ、ありがとな」
ふ、と笑って受け取ってくれた猗窩座殿がチョコを口に含むのを確認して俺も一緒に食べる。甘いチョコレートとサクサクとした触感がいつ食べても美味しい。抹茶味とかホワイトチョコレートとかビター味とか色々あるが、やっぱりこの味には叶わないなぁと思う。
「うーん、俺はやっぱりこのプレーンの味がいいなぁ♪」
「だよな。色んなフレーバーが出てるがやっぱり実家に帰ってきたような安心感がある味だ」
「ははっ! 確かにね~」
”昔”の俺が見たら多分嬉しさよりも信じられないという気持ちが先立つと思う。ぶっちゃけ食の好みが合わなかった猗窩座殿とこんな風にお菓子を一緒に食べて語り合えるなんて夢にも思わなかったから。
「猗窩座殿、まだ食べるかい?」
「そうだな」
そう言いながら新たなチョコを取り出して袋を破る。甘い匂いが鼻腔をくすぐる中、二個目のキッ〇カッ〇に首を伸ばしてぱくつく猗窩座殿を見た俺は思わずふふっと笑い声をあげた。
「なんだ?」
きょとんとした顔でじっとこちらを見つめてくる猗窩座殿。長く豊かなまつ毛と髪は筏葛で瞳は向日葵色と花のようでとても綺麗。なのに性格は潔くてまっすぐ(単純ともいうけど)で優しくて、一緒にいて楽しいなって、もっと一緒にいたいなって思う。
そこまで考えて俺はふとある想いが頭によぎる。
こんな風に二人一緒に並んでチョコレートを食べさせ合うなんて、まるで俺たち、
「うーん、今ちょっと思ったんだけどさ。こうしていると俺たち、まるで付き合っているようだね」
「……………は?」
俺の言葉を聞いた猗窩座殿の後には、何故か宇宙と猫が見えた。
だってそうじゃないのかな?
甘くて美味しいチョコレートを猗窩座殿と一緒に食べればもっともっと美味しく甘く感じる。一つ一つを手渡して食べるよりも、一つのチョコを二人で分け合って食べるから美味しいのかなって思える。まだまだたくさん量はあるけど、別に食べる量に偏りが出る訳じゃないし、折角なら美味しく甘く食べられる方法で食べた方がいいじゃないかって思うし、猗窩座殿とならそうしたいって心から思うんだから。
それに猗窩座殿だって満更でもない、はずだ。”昔”の記憶を呼び覚ましてみても、俺と一緒にいることを嫌がっていないし、何より親友としてずっと関係を結んできてくれたことを見てもそれは明らかだ。
「だってさ、今はその限りじゃないけど、日本のバレンタインって本来は好きな男の子に女の子からチョコを渡す日なんだろう? 俺は男だけど猗窩座殿のことが”昔”から大好きだし、もし俺が女の子だったらなんてふと思っちゃったんだ」
親友なのにそう思うこと自体は別に間違いじゃないと思うんだよね。だって事実だもの。
でもこれって俺が女の子か男かの違いであって、やってることっておつきあいしている恋人同士とそんなに変わらないよね。狛治殿と恋雪ちゃんだってこんな感じだし、たまに街中で見るカップルだって大体そんな感じでしょ。
…俺と猗窩座殿もそうだったらいいのにな、なんて。
「ね、猗窩座殿はどう思う?」
そう俺は純粋な好奇心で訊ねてみた。この時多分俺は色々浮かれていたのかなって後になって思う。バレンタインというある意味のお祭り騒ぎに飲み込まれちゃった上に、猗窩座殿と一緒に美味しくて甘いチョコを食べられることに舞い上がってしまって、”昔”とは違って有限の時間の中で、これから先ずーっとずーっと一緒にいたいなっていう気持ちを改めて伝えたつもりだったんだ。
そう言えばチョコレートって、恋に落ちたかのような錯覚をもたらす効果があるんだよね。じゃあこれもその錯覚なのかな?
「どう思うって何がだおい。俺がお前をどう思っているかってことか? そんなの好きに決まっているだろうLikeじゃなくてLoveの方だ」
なんて思ってたら、猗窩座殿の口から信じがたい言葉が飛び出してきた。
「…あ、あー…その…」
へ?
あの、その、今、なんて?
って聞こうとしたんだけど、目の前の猗窩座殿の言葉は止まらない
「おいどうした? まさか風邪でもひいたのか!?」
「えーっと…」
あれ? もしかして猗窩座殿自分が何を言っているのか気づいていない?
このキッ〇カッ〇、恋に落ちる効果だけじゃなくて自白剤か強いお酒でも入っていたのかな?
なんて、そわそわするようなむずむずするようなそんな心をやり過ごすために両手で袋を手持無沙汰に弄りながら詮無きことを考えている俺に、更なる追撃が猗窩座殿から放たれる。
「その手を取って指先に口づけたりしたらお前はどんな反応を示すのだろうか」
っっっ! もうだめ、もう限界。
こんなに顔が熱くなって、心が内側からくすぐられているようなそわそわする気持ちになるなんて思ってもみなかった。こんな饒舌に猗窩座殿が俺への気持ちを話すなんてこと、”昔”はあり得なかったのに。
「っ、あー! もう猗窩座殿!!」
「な、なんだ!?」
俺らしくなく声を荒げて猗窩座殿の言葉をストップさせる。すると猗窩座殿はビクッと身体を震わせる。自分が何をしていたかなんて全然わかっていない顔をしているのが、ちょっとだけイラっと来ちゃうんだけど、これって可愛さ余って憎さ百倍ってやつなのかな? 最も、そんな激しい憎しみとかじゃないんだけど。
「お、お、おい、俺はまさか…」
どもりながら話す猗窩座殿の顔は顔面蒼白だ。にも拘らず俺の顔は相変わらず熱が引いてくれない。あんなに艶っぽく熱っぽく語ってくれたのにそんな気まずそうな顔をするなんて本当にズルいよ猗窩座殿。
「全部言葉に出ていたよ…」
そう、俺は猗窩座殿にとってきっちりと真実を伝えてあげた。
アーーーー ー ー ー ー ー ー ー ーッッ!!!!という脳天から出したかのような甲高い怪音波みたいな声を出しながら、猗窩座殿は素早い動きでフェンスにしがみつきガチャガチャとよじ登っていく。
「えーーーっ!! 何してるの猗窩座殿!?!?」
ただ事ではないことは理解できる。今は鬼ではなく人間なのだ。いくら恥ずかしさのあまり逃げ出したいからといってこんな高さから飛び降りたら、この世から泣き別れという名の逃亡を果たす可能性の方が高い。
そんなの嫌だ! せっかく猗窩座殿と仲良くなれたのに。俺のはまだちょっとあやふやだけど猗窩座殿も俺と一緒にいたいって思ってくれたのが分かったのにこんなお別れするなんて。
「頼む、離せ、俺は来世に賭ける!!」
「待って待って待って!!現世はあっても来世がある保証はないだろ?!落ち着いて猗窩座殿ーーー!!!」
完全に錯乱状態の猗窩座殿の制服のズボンのベルト部分をひっつかんで俺は必死に止める。蔓蓮華があれば無理にでも猗窩座殿を引き留められるのにと、心の底から血鬼術が使えればと思ったけど、どうにか火事場の何とやらで猗窩座殿を俺のところへ引き戻すことに成功した。
ぜぇはぁ、ぜぇぜぇと互いに息をあらげながら見つめ合うこと数分。
何と言うか”昔”に比べて俺も猗窩座殿と一緒にいて、楽しいとか嬉しいとか寂しいとかそんな気持ちがふつふつ湧き上がってきているのが分かる。
猗窩座殿が言ってくれた気持ちと俺の気持ちが一緒なのか、まだちょっとあやふやな部分はあるけど、彼の言葉を聞いて嫌な感じは一切しなかったのは確かだと言える。そんな気持ちを手放したくないし、何よりずっと彼と一緒にいたいと感じるのは事実だから。
「…もういっそ付き合っちゃう?」
思っていたより小さな声でそうポツリと呟いたところ、再びピキーンと固まった猗窩座殿が、何を思ったか自分の右頬に思いっきり拳を入れて、吹っ飛んで昏倒した姿を見た俺が悲鳴を上げることになったのはそれからすぐのことだった。
「猗窩座殿!」
保健室に猗窩座殿を運んだあと、付き添おうとした俺に大丈夫だからと声をかけた保健教諭にしたがって授業を受けたはいいけれど、正直上の空だった。
俺も体調不良ってことで保健室で休んで猗窩座殿の様子を見ればよかったけれど、気絶した猗窩座殿を背負って過去最高のスピードで降りてきた俺を見ているからどう考えても無理があると判断したので素直にここは引き下がった。
授業が終わる間、気が気じゃなかった。渾身の自分へのストレートで死んじゃっなんて話は流石に聞いたことないけれど、打ち所が悪かったらその限りじゃない。
そわそわとしている俺に事情を知っているクラスメイト達は「あ…っ」というような顔をして特に話しかけてくることもなかった。なので俺はHRと掃除が終わったと同時、俺は猗窩座殿が眠っている保健室へと勢いよく駆け込んでいった。
ノックもそこそこにドアを開けると幸いにも教諭の姿はいなかった。足早に猗窩座殿が眠っているベッドを取り囲んでいるカーテンをジャッと開けば、身を起こして、中途半端に掛け布団を持ち上げている猗窩座殿がそこにいた。
「ど…っ!?」
明らかに動揺している彼の声を聞いて、二時間もの間抱いていた不安が一気に解消されていく。と同時に、猗窩座殿がまた俺の前から姿を消すことがなくて良かった、本当に良かったという安堵の気持ちが後から後から湧き出てくるのと比例するかのように、俺の目からはぽろぽろと雫が零れ落ちていく。
そんな俺を見て呆然としていた猗窩座殿が急に何かに思い至ったように改めて身体を起こし上げるのと同時、俺はもう矢も盾もたまらずに彼に思いっきり抱き着いた。
「な!?」
「猗窩座殿の馬鹿っ! また俺を置いて先に逝っちゃったかと思ったんだから…!」
もう俺より先にどこにもいかないでないでほしいという想い。それが呼び水になって様々な感情が次から次へと湧き出てくる。
ずっと一緒にいたい。
側にいたい。
命尽きるまで今度こそ、あなたと共に。
「あーー、くそっ…!」
猗窩座殿から飛び出した言葉に、ガラもなくビクッと身体を震わせてしまって身構えてしまう。
”昔”はあんなに殴られても邪険にされてもなんとも思わなかったのに、少しだけ逃げ出したいという気持ちも顔を出してくる。
でももう離れたくないんだ。きちんと俺の言葉に対しての答えを聞かせてほしいから。
「…童磨、いったん離れてくれ」
「…もう逃げない?」
「ああ」
がっしりとした肩に頭を突っ込んだまま訊ねた俺に猗窩座殿は返事をしながらそっと俺の髪をなでてくれる。
その掌の温かさと優しさに安心した俺は顔を上げる。
泣き顔はたくさん目の前の彼には見せて来た。だけどこうしてまじまじと見つめられると顔に熱がこもってきてなんだか居心地が悪い。
顔、洗ってきちゃダメかな。ダメだよね。
「逃げない…。だから俺の気持ちを聞いてくれるか?」
声からでもわかるほどに熱量が込められた言葉が、俺の耳を震わせる。
「…さっきも言ったように俺はお前のことが好きだ」
「うん…」
好き、と言われただけで俺の鼓動は小さく高鳴る。ドキドキ、といった分かりやすい物ではないけれど、とくとくと鳴りながら心地よく甘く優しい感覚が心に広がっていく。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、猗窩座殿は少し険しい顔つきをしながら言葉を進めていく。
「友情とは別の意味でだぞ? その…、生々しい話をするが、いずれはお前の心だけじゃなくて身体も欲しいと思ってる」
「っ…」
思わず息を飲んでしまう。身体が欲しい。その意味を俺は十分知っている。
”昔”、鬼になる前の頃、教祖として生きてきた俺は信者たちに請われるまま身体を使って救済をしていた。
もちろん今はそんなことはしていないし、興味がなかったから経験だってしていないので身体だけはまだ無垢なままだ。
俺のことが好きだと真っすぐに伝えてくる猗窩座殿に抱かれたら…。頭に思い浮かべてみても何もわからない。
だけど…。
「…付き合ってみる? とお前は言ってたよな。これを聞いて無理だと思ったなら取り消しても距離を置いてくれても構わない。ただ…」
無言のままでいる俺の両手がそっと猗窩座殿によって握り締められた。
「…親友でいることだけはどうか赦してほしい。お前への汚い感情は全部捨てると約束しよう…。だからそれだけは、どうか…」
汚い感情…?どこが??
こんなにも俺のことを考えてくれて、俺が無理ならその言葉を取り消してもいいと言ってくれるあなたが抱く感情のどこが汚いの?
それでいて親友であることは許してほしいとまで言ってくれるあなたの真っすぐさや潔さは、他の誰も持ちえない高潔でとても気高いものだと俺は感じたよ。
それに俺はあなたを”昔”も嫌ったことなんて一度もない。そりゃあの方にえこひいきされてずるいなっていう気持ちはあったけど、仲の良い友人だっていう気持ちは最期まで持ち得ていた。
俺の手を握りながら懇願する猗窩座殿の顔を見つめると、彼の向日葵色の瞳はまるで雨に打たれた花びらのように潤み始めている。
「…猗窩座殿、泣かないで」
殆ど反射的に俺は猗窩座殿の頬に手を添えて、そのまま目尻へと唇を寄せてそっと零れ落ちそうになる涙を吸い上げた。
しょっぱいけれど、俺を想って湧き出てきた涙だと思うと、何故だろう甘露のように甘い気がする。
「ど…っ!」
「これ、覚えてる? 猗窩座殿が俺にしてくれたことだよ」
ずっと忘れられなかった。地獄へ堕ちて色々話をしたときに、猗窩座殿が俺の話を聞いてくれるという事実が嬉しくて、首だけになった俺が流した涙をこうしてぬぐってくれた。
いつしかこうやって涙は拭ってくれなくなったのは俺がもう首だけじゃないからだと思っていたけど、きっとそれは違うんだよね。
…俺のためを想って、我慢してくれていたんだよね。
「…猗窩座殿は…、俺の身体だけが目当てってわけじゃないでしょう?」
「っ! 当たり前だ!! 俺はお前の心も身体も全部もらい受けたいんだ!!」
間髪入れずに答えてくる猗窩座殿に、温かな日差しのようなほわほわした気持ちがひたひたと降り注いでいくのが分かる。心も身体も手に入れたいなんて、そんな風に言っていた人は確かにいた。だけどみんな俺の中ではしっくりこなかった。
それはそうだろう。彼らの中では俺は麗しき慈悲深い教祖様であって、本当の俺のことなんか知らなかったんだから。
だけど猗窩座殿は曲がりなりにも百年以上顔を突き合わせてきた人で、地獄に堕ちて話し合って心から仲良くしたいとずっと想ってきた人だ。
「…だったら俺がお付き合いの言葉を取り消すことはないなぁ。ずっと、俺が気付くまで、親友として大切にしてくれた猗窩座殿だから、俺も付き合ってみたいって思ったのだから」
笑いながらそう言えば猗窩座殿は濡れた向日葵色の瞳を大きく見開いた。かと思うと今度は左手がぎゅっと握られたので、先ほどの出来事を思い出し俺はやんわりとその手を止める。
「おっとおっと猗窩座殿。二度目は流石に頂けないよ?」
「う…っ、本当に、本当か…?」
気まずそうに呻きながら再確認をしてくる猗窩座殿。
何度でも答えるよ。あなたが安心できるなら。
夢なんかじゃない。俺もあなたのことを…。
「本当だよ。猗窩座殿。猗窩座殿が俺に抱いている熱量と同じとは言えないかもしれないけど、俺は猗窩座殿だから付き合いたいって思ったんだよ。
…それでも良ければ俺と付き合ってほしいんだ」
まだどこかで激しい感情を表現できない俺にあなたは満足しないかもしれないけれども、それでも良ければ付き合ってほしいと嘘偽りのない言葉を紡げば、ぎゅっと逞しい両腕に抱き留められた。
小柄だけどもがっちりした身体。地獄では俺の顔を大切に包み込んでくれた指。それ以外の猗窩座殿の存在を、今生ではしかと受け止めたい。
そんな風に考えながら抱きしめていた身体を一度どちらからともなく離して見つめ合うこと数秒。お互い顔を寄せ合ってそっと口づけを交わせば、ほんのりと甘いチョコの味が唇から広がっていった。
その日から俺と猗窩座殿の関係は親友から恋人へと変わったのだけど、やっぱり親友としてお付き合いしていた頃と大きく変わったことはあまりない。
ただ、二人きりの時に交わすようになったキスは初めてした時よりも回を重ねるごとにずっとずっと甘く幸せな気持ちを俺にもたらしてくれている。
ちなみに一か月後、俺と猗窩座殿にお菓子をくれた女の子たちにお礼のお菓子を渡したところ、『これからもずーっとずーっと頼田君と仲良くしてね』とか『せたひさ、尊い…』とかなんだかキラキラした泣き顔で言われて、あ、コレ”昔”に俺に向けてきた信者と似たような表情だと思うも、俺と猗窩座殿が仲良くすることでこの子たちが救われるなら別にいいかなって思いながら、俺は今日も猗窩座殿と一緒に愛を育んでいくのだった。
脳内対話とちくわ大明神が真っ先に浮かんで書いた片思いからの両思い猗窩童ですv
ホワイトデーはくっつけてくれた女子たちのお返しを選ぶためにもちろんデートを兼ねて二人で行きました♪
ちなみに以下↓は猗窩座視点の恋心をあきらめた没バージョン。
没展開
袋の口を開けたキッ〇カッ〇を適当に一つ取り出し、俺も包みを開いて半分に割ると、あーんと唇を軽く開いて待つ童磨の中へ入れようとして、傍とその動きを止める。
「? あれ? 猗窩座殿??」
いつまでもやってこないチョコレートを不審に思ったのか、童磨はこてりと首を傾げる。
「なあ童磨…」
「うん? どうしたんだい猗窩座殿」
唐突に気づいてしまった。普通に俺たちは親友として距離が近い。さっきまで本当に当たり前のように一つのチョコレートを半分に割って食べさせていたが、こんなことは恋人じゃなくたって親友同士でもできるということに。
無理に恋人にならなくたっていいじゃないか。だって童磨はずっと”昔”から俺と親友になりたがっていたのだから。このままでいいじゃないか。
そう考えると、ずっと童磨に抱いていた自分の気持ちがきれいさっぱりと浄化していくのが分かった。恋心が冷めたというわけではない。友情がそのまま恋心を取り込んで、更に強固な絆に転じたと言ってもいいだろう。
「…俺たち、ずっと親友でいような」
「…当たり前じゃないか猗窩座殿。俺は”昔”からずっとあなたと仲良くしたいって思っていたんだから」
何があったとてもう離れないと童磨は俺の額にこつんと頭をぶつけてくる。”昔”ならば考えられず、恋心を自覚してからはドキドキしていて顔を赤くするのを止められなかったこの動作を俺は凪いだ気持ちのまま受け止めていた。
コメントを残す