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※前半モブ同士の会話で話が進みます
某市街地にあるチェーン系列の男性専用のジム。今日も今日とて体を鍛えて健康的に生きたい、女性にモテたい、これ以上贅肉がついたら離婚を迫られておりタイムリミットを設けて筋トレに励む紳士やナイスガイが集まる場所。この日は寒く天候も悪かったためいつもは混んでいる時間帯は比較的空いている。そのため十二個の器具とステップボードが並ぶサーキット内は三人ほどしかおらず、コーチ陣が一人一人にマンツーマンでアドバイスできるほどには暇な時間であった。
「そう言えばなんですが」
「はい?」
そんな中で一人の客(A)が切り出した言葉に、圧を入れて、そうそう、その調子で機械を持ち上げて…とアドバイスをしていたコーチBが客の会話に耳を傾ける。ジムのコーチはただ筋トレやストレッチのアドバイスをすればいいというものではなく、きちんと顧客とコミュニケーションを取る能力が求められる。加えてこのジムは年齢制限がなく話し相手のいないご高齢者の入会者も多々いるのでそう言った者たちの話を聞くのも仕事の一つなのだ。
なのでこの仕事は筋トレや運動が得意だけでは務まらない。人と話したりコミュニケーションを取るのが苦にならない人間でなければ到底務まらない職業なのだ。
コーチBはにこやかに話を聞く姿勢を取る。彼は筋トレや運動も好きであり人とのコミュニケーションを取ることに長けていたため、このジム内で上位に入る話しやすいコーチとして親しまれていた。
そんなコーチBだからこそ客Aはぜひとも聞きたいことがあったのだ。
「気のせいかもしれないんすけど、頼田コーチって氷雨さんを二番や三番に通すことが多いけど、一番や十二番には通しませんね」
頼田コーチ、本名は頼田猗窩座。このジム屈指の激情熱血指導型のコーチとして恐れられている。しかしその飴と鞭の使い分けで恐れられてはいるものの、本人が眠っている以上の実力を引き出す声掛けで彼に指導してもらいたいという顧客は割かし多い。そして氷雨とはこのジムの常連客の一人であり頼田猗窩座とは何やら長い付き合いであるらしい。客Aが入会した時は頼田猗窩座と氷雨…下の名前は童磨というらしい、というのも頼田コーチがしょっちゅう呼んでいるから…は、傍から見ると夫婦漫才のようなやり取りをしていて、コーチと客以上の関係なのだなということが分かった。頼田コーチが氷雨氏に対して突っかかっていく様を彼が飄々と交わし、更に彼が煽られるという光景も同時によく見られていた。とはいっても口ではムキになりながらもその態度や口調の端々から氷雨氏が来てくれて嬉しいというのは隠せていなかったし、何より彼が来るとどんなに客が混んでいても彼の専属コーチだと言わんばかりに走り寄っていく。コーチとして客をえり好みするのはどうなんだと思わないでもないが、彼ら二人を見ているとそう言う方が野暮天であると思えるほど明らかに幸せな雰囲気が漂っているので、密かにこのジムの名物となっていた。
何となくだが窓の外から降りしきる氷雨を見ながら、そう言えば童磨さんは来ていないな、あ、頼田コーチもだと思った客Aが日ごろ思っていたことを口に出しただけであるが、その言葉を聞いたコーチBはざっと顔を青ざめさせた。
「え? Bコーチ??」
今の今まで血色のいいコーチBの顔が、本当に目に見えて分るほどにコバルトブルーの顔色になったのだ。人ってこんなにも顔を青くさせることが出来るのだなぁなどと変なところに感心した客Aに、コーチBは今度はぶるぶると震えだす。
「あ、あの…?」
「……それは聞いてはいけない」
「はぃ?」
言っている意味が分からずに思わず聞き返す客Aに、コーチBはあたりをぐるりと見渡す素振りを見せる。話の内容からして頼田コーチが来ていないかを確かめたのだろう。
何だろう、そんなに本人に聞かれたらまずいことなのか。何気ない会話からもしかして藪をつついて蛇を出したのではないだろうかと、客Aも思わず顔が引きつってしまう。
「…いえ、自分も休憩時間に聞いたんですけども…、絶対に頼田さんには聞かないようにお願いします」
「え、何でですか? めっちゃ気になるんですけども!!」
気を取り直したように返答するコーチBにそれでも好奇心が抑えられない客Aは食い下がる。あまりにもしつこく聞いた自分に根負けしたのか、コーチBは同僚がそれぞれの客に指導に当たっていることを確認すると先ほどよりも声を潜めてこう呟いた。
「………鬼…」
「はい?」
間をおいて呟かれた言葉の意味が分からず再度客Aが聞き返す。しかしBは顔色を土気色に挿せたばかりかカタカタと身体を震わせながら呻くように言葉を紡いだ。
「………鬼でした彼は」
「え?え??」
相当恐ろしい目に遭ったことは見て取れる。だが鬼とは一体どういうことなのだろうか? 確かに筋トレに関しては厳しく鬼気迫るところがあるが、そんな風には到底見えない客Aは思わず宇宙猫を召喚しそうになる。そんな客Aの前で水分補給と気持ちの切り替えを兼ねてミネラルウォーターを一口飲んだコーチBの顔色は少しばかりか元の色に戻りつつあった。
「……………………その理由、絶対頼田さんに聞いちゃ駄目ですからね………それしか自分からは言えないので…」
ただの世間話が世に出ていない闇のトップシークレットを聞いた気持ちになった客Aは、そのただならぬ頼田コーチの同僚の言葉と姿に、あ、ハイという他なかった。
***
そんなコーチBのやり取りから数日後のこと。客Aの他にそれなりの人数のいる夕方ごろ、『猗窩座殿来ちゃったー♡』とお馴染みの挨拶を交わしながら氷雨童磨がやって来た。
「全くお前は相変わらず人の話を聞かん奴だ…」
「いいじゃないか、猗窩座殿から教えてもらったマッサージローラーのおかげで筋肉痛知らずなんだし」
「そういう問題じゃなくてだな! …はあ、もういい。さっさと着替えて来い」
「はぁい♡♡」
ため息まじりながらもどことなく嬉しさを隠しきれていない件のコーチの姿に、ホントこの人氷雨さんへの思いを隠しきれていないなと客Aは思いながら機械を動かし続けていた。
おおよそ五分経過後、白橡の少し長い髪を後ろで束ねた童磨が猗窩座の元にやってくる。お待たせ☆全然待っていないぞというお約束のやり取りを交わした後、猗窩座がサーキット内を見渡しているのをステップボードで足踏み中だった客Aは何となしに眺めていると、ふとこの前コーチBと話した内容を思い出した。
そしてあろうことか二番に入っている客Aの隣の隣にある…つまり一番のステップボードが開いているのを確認した彼は、この日休みであるコーチBの忠告を無視し親切心を装いながら片手をあげながら童磨と猗窩座に声を掛けた。
「頼田コーチ! ココ空いてるから氷雨さん…」
瞬間、ジム内の空気が明らかに変わったのが分かった。
「へ?」
周囲を見渡すとまるでこれから数秒後、地球が消滅しますとでも言いそうなくらいに絶望しきったコーチたちの顔を見て、あれ、これ思っていた以上に地雷踏んだ?と客Aは思ったが後の祭りだった。
猗窩座の足元にはまるで魔法陣のような模様が浮かび上がる。それはどこか氷の結晶のようにも見えた。
「……………………………あ?」
「いえ、その……」
その氷の陣らしき物はここに居る客やコーチたちを生贄にして地獄の底から鬼を呼び出して憑依させるのではないかというくらいに禍々しい彩を放ち、更に普段はどこか高さを残す声が地鳴りのような低温を奏でていて、これは本気でヤバいと客Aの脳内にエマージェンシーコールが鳴り響いた。
「貴様…、俺の童磨をこのクソ忌々しい数字に入れろと言ったのか………?」
「ひっ、いいいいいいいえ、そそそそそんなことはああばばばばばばばばばば」
怖い、めちゃくちゃ怖い。
客Aに向けられているそれは明らかな殺気だ。同僚のコーチたちは諦めにも似た表情で、怯え切った客に辞世の句を書くように勧めている始末だ。
「猗窩座殿猗窩座殿」
そんな今にも一秒に百発以上の拳を繰り出す某天馬座の必殺技をモチーフにした最終奥義が繰り出されようとする絶体絶命の瞬間、童磨が猗窩座の腕をツンツンと突き彼の名前を呼んだ。
「っ、童磨」
親友のニコーっとした顔に毒気を抜かれたのか、しょんもりと項垂れる猗窩座の筏葛の髪を軽く撫でた童磨は、彼の耳に顔を近づけてこそッと何やら耳打ちをする。
その言葉が何なのかは客Aは聞き取れはしなかったが、たちまち猗窩座の雰囲気が鬼から人間へと立ち戻る。
「じゃあ六番に入ってくれないか?」
「はぁーい♡」
そう言いながらたたたとかけていく童磨を締まりのない顔で見送った猗窩座に同僚はとりあえず胸を撫でおろし、死を覚悟した客たちは肩を叩き合いながら命って素晴らしい!!と生きている喜びを噛みしめ、客Aには後ほど事情を知るコーチたち(後日、休み明けのコーチBからも)から厳重注意を受けたのだった。
ちなみに客Aがトレーニングと厳重注意を終えて帰る際、猗窩座と遭遇し『童磨のおかげで命拾いをしたのだ。せいぜいあいつに感謝しろ』とガッツリ太い釘を刺され、命の限りブンブンと首を縦に振りもちろんですと伝えたのは言うに硬くないことであった。
コソコソ話
どまさんが座殿に耳打ちした内容は以下の通り
『俺、6番がいいな♪ 俺と猗窩座殿の数字をかけた数だし、原作で明らかになってる元俺の数字だよ?』
↑ちゃっかりメタ発言をするおちゃめなどまさん☆
そして座殿がこの数字にどまさんを入れたくなかった理由は勿論、しぼ殿を連想させるからです☆座殿とどまさんは親友だけど明らかに親友以上の何かを持っちゃっているジェラ座でした♪
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