もう一度ありのまま起こったことを話そう。
何やらハーちゃんと猗窩座殿がお話をしていたら、急にふさがれていた耳が外されて、猗窩座殿に接吻され、恋人同士になっていた。
「見てわかったか? 俺たちはこういう関係だ」
何を言っているか分からないと思うけど、俺にも何が起こったかさっぱりわからない。
でも、なんだか…。
鬱金色の瞳で真剣な表情でそう言われて、今まで感じたことがないほどに胸がドキドキする。
「なあ童磨? お前が照れるのも無理はないが、俺のことを友人と紹介するのは止めてくれ」
何その表情。俺そんなあなたの優し気な顔なんか見たことない。そんな声だって聴いたことない。
「え、俺、照れて、なん、か…」
言葉が突っかかってうまく出てこない。顔が熱い。何だろうこれ。
「お前は俺の恋人、だろう」
え? いつから? あ!もしかして今までの話ってそういう…?
でもそれって当人に告白をしてそこから返事を待って付き合うものじゃないのかな? でもお見合いから始まる恋愛感情だってありだし、俺たちの場合そういう感じなのかな?
「え、ええ…? そ、うなんだ、よ…?」
何はともあれハーちゃんに話をつけたなら、俺は猗窩座殿の恋人になるよ。
むしろ友人よりも特別な存在なんだよね恋人って。
友人関係でもよかったけど、俺はもっと穏やかに猗窩座殿とお話したいなって思ってたから。
「そうだ」
猗窩座殿の言葉にまた胸がじんわりと熱くなって。
「だから先ほどお前が言っていた”友人”とやらは、俺も近づけさせないようにする」
座ったままで見上げる猗窩座殿の表情は、いつもの可愛らしさとは打って変わって凛々しくてカッコよかった。
「……」
「こいつは、俺が守る」
「ぇ…?」
何、それ…?
俺の方が強いのに、俺が猗窩座殿を守るんじゃなくて、猗窩座殿が俺を守るの?
猗窩座殿ってやっぱり面白いなぁ。
でも、どことなく嬉しく感じるのは何でなんだろうなぁ。
「……教祖様…」
「え? 俺?」
ハーちゃんに言われて、俺は未だ熱の引かない顔のまま、彼の方を向く。
「教祖様は、それでいいんですか?」
「それでって…、」
「彼と、恋人であるということです」
「うん、いいよ」
「即答かよ!!」
「え、ダメだった?」
「ダメじゃない」
「そっちこそ即答じゃないか」
変なの。
ずっと何も感じられなかったのに、猗窩座殿が恋人だって言って、こんな風に言葉を交わしているだけでとても楽しいし自然に笑いがこみあげてくる。
そうか…。これが恋という感覚なのか。
フワフワして温かくてドキドキして、とてもとても甘い感じ。
「…分かりました、では今後はそのように取り計らい致しましょう」
「うん、お願いねハーちゃん」
「…すべては教祖様の御心のままに…」
そういってハーちゃんは部屋を出て行った。
そうして猗窩座殿の顔を見ると、先ほどまでの凛々しさはどこへやら。
とても気恥ずかしそうにしていて、俺と目を合わせないでいる。
***
何だこれ何だこれ何だこれ!!
俺はこんな可愛い生き物を今まで邪険にしてきたのか!?むしろ何で邪険に出来てたんだ俺は!!
「どうしたの猗窩座ど」
「触るな!」
ぶしゃ、と頭の砕ける感覚がする。
しまった!いつもの癖が出てしまった。
ぴきぴきと音を立てながら笑いながら頭を再生していく童磨をたまらず抱きしめる。
「…童磨…」
これだけは、伝えなければならない。
「ん? 何だい猗窩座殿」
「今まで、すまなかった」
「へ?」
一度身体を離して虹色の瞳をまっすぐに見据えて、キョトンとする童磨に向き直る。
「…俺は、お前に負けたことが気に入らず、ずっと手を上げ続けてきた…」
「え、え?」
何を言われているか分からないといった顔だが、きちんとけじめはつけなければならない。
「こんな俺が今更何を…と思うだろうが、これからはお前を大切にする。だから…恋人に、なってほしい」
つい先ごろに自覚したばかりの恋心だ。色々と舞い上がっているものの、俺がこいつに手を上げ続けてきたことには変わりはない。
それこそ側近の男が言っていた、友人面をしてこいつにありとあらゆるふざけた真似をしたド外道共のように。
今更何を言うかと振られても俺はそれについてどうこう言う資格などない。
声が震えるのが分かる。情けない。だが仕方がないだろう。実るも散るも生まれて初めての経験なんだ。
「……」
沈黙が長い。鬼となってから悠久の時を過ごしてきたがこれほどまでに長いと思えたことはない。
「俺、猗窩座殿に酷いことなんて何もされていないぜ?」
耳が痛いほどの沈黙の中、馬鹿みたいにあっけらかんとした声が俺の鼓膜を震わせた。
おい、俺の悲壮なまでの覚悟は何だったんだと思わず額に青筋を浮かべそうになるが、童磨はそっと俺の両手を包み込む。
「さっきだって、ハーちゃんが何か言おうとしたときあなたは俺の耳をふさいでくれただろう?」
「それとこれとは…!」
「違わないよ。ちゃあんと猗窩座殿は俺を大事にしてくれたんだ」
にこーっと笑う童磨に、目が今までとは全く違う意味で潰れそうになる。
「第一、負けたことが悔しいと思う感情は持って当然だし、目の前に当人がいればぶつけるのだって当たり前だろ? 俺は優しいし序列も上だからそんなことは朝飯前だぜ?」
以前は腹が立って仕方がなかった言葉が一つ一つ心にしみわたっていく感覚。
「だからさ…」
今度は童磨が両手を伸ばして俺を抱き寄せる。忌々しいはずだった体格の大きさは能力だけじゃない、コイツの大らかな性格も表れているのだなと思う程の心地よさに包まれる。
「ここを訪ねてくるときは、俺の恋人だって言ってよね」
「っ…! もちろんだ!」
思わずがばっと顔を上げると、ふふ、と幸福そうに笑うお前がいる。
ああ、全く見える景色も聞こえてくる声の重みも違ってくるのだな。
そうか、これが恋というものなのか───…。
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