風邪に倒れたオキシトシンと狛犬のある日の話 - 1/2

ある時はテレビの取材。
ある時は街角の占い師。
またある時はイベント運営。

その他幸せになりたい人間たちの手助けをするというビジネスを手掛けているコイツの日々は傍から見れば充実しているように見える。

「だからってぶっ倒れるまで働く奴があるか」
「うぅ…」

死にそうな声で助けてとかかってきた電話に慌てて駆けつけてみれば、虫の息になりながらベッドの住民になっている童磨の姿があった。

風邪に倒れたオキシトシンと狛犬のある日の話

妻の恋雪さんのサプライズがきっかけで別に会いたくもなかった中学の頃の顔見知りと再会してから、何のきっかけかまたずるずるとつるむ様になった俺と童磨。
中学時代、所謂中二病を患っており何でもかんでもぶち破ることにハマっていた俺に『人助けをしないかい?』と一方的にまとわりついてきたコイツを俺はぶん殴っていた。
『うーん、いい拳だ。君、強いね』なんて鼻血を出したままにこやかに微笑まれながら言われたとき、殴っておいてなんだがコイツ大丈夫かと心底思った。
そんな童磨に引っ付かれながら半ば強引に促されるままコイツの言う人助けなるものをして過ごすうち、気づけばそんな衝動は収まっていた。
『猗窩座殿が幸せなら俺は何も言うまいよ』なんて言いながら去っていきそれ以来連絡も何も無くこちらから特に寄越すこともなかったのだが、こうしてまた腐れた縁を繋いでしまったことに内心頭を抱えた。

だが実際年月を置いて会って話をしてみれば、あの頃とは違うということをまざまざと思い知らされる。コイツがうっかり恋雪さんにあの頃のことを口を滑らすのではないかと冷や冷やしていたが、全くそんなことはなく、むしろ楽しそうに彼女の話をうんうんと聞いていた。
そう言えば竈門炭治郎が娘の素行に悩む中年の姿をして占い師であるコイツに相談を持ち掛けたときも、余計なことは一切言わないでうんうんと話を聞く姿勢を保っていたなと注文した鳥軟骨を摘みながらそんなことを考え、気づけば終始和やかにその日童磨が計画した親睦会を兼ねた食事会は幕を下ろしていた。
俺の中に終ぞ変わるはずがないと思っていた童磨の印象を100度ほど変えて。

その時に成り行きで教えた連絡先に連絡が来ることはないと思っていたのだ。勝手にまとわりついて勝手に去っていってそしてまた勝手に寄ってくる。そんな男だと思っていたから。
だから内心、今にもくたばりそうな声で連絡を寄越してきたときは肝が冷えたのは勿論だが、何でもかんでも一人でそつなくこなすコイツが俺に連絡して来るなんてと言う奇妙な驚きに満ちていた。
どうかしたのですか?と心配そうな恋雪さんに、この馬鹿がくたばりそうなことをオブラードに包んで説明したら、サッと顔色を変えててきぱきと消化にいい物を拵えたタッパーを持たせてくれた。
愛妻料理をこの腐れ縁に食わせるのは大層勿体ないと思ったが、恋雪さんの『もし元気そうだったら一緒に食べて来てはどうですか? 無理そうならそのまま保存できるように日持ちのする物を作りましたから』という出来過ぎた提案により、出来過ぎた妻への愛を噛みしめながらコイツの住まいに向かった。

チャイムを鳴らし試しにドアノブを回せば鍵は開いていた。元々開いていたのかそれとも開けるだけの気力はあったのかは定かではないが、そろそろと廊下を進む。ちなみにコイツが暮らすマンションは可もなく不可もなくと言った普通の物件だった。コンシェルジュがいる訳でもないし夜景がきれいな立地でもない。ただ、それほど俺とは年が離れていないのに独りで暮らすには多少分不相応だなと思う程度のものだ。

細い廊下を歩いていきリビングルームに行こうとしたとき、こっちだよというか細い声が聞こえてきたので左隣の引き戸を開ける。これまた狭くも広くもない丁度いい空間にベッドとデスクだけが置かれたシンプルな部屋でコイツは今にも死にそうな顔で寝込んでおり、そして冒頭へと至る
「あ、はくじどの…」
「来てやったぞありがたく思え」
「うん…、ありがとう」
弱弱しく今にも往生しそうなコイツを見て、流石にこれ以上の悪態を吐くのは気が咎めた。コイツだって何も好き好んで病魔に倒れたわけじゃない。いや、コイツの場合は人を幸せにするのにかまけて自分のことを蔑ろにした結果だから好き好んで倒れたのか? だとしたら馬鹿にも程がある。
「恋雪さんが作ってくれた料理だありがたく思え。…食えそうか?」
「あー、うん…」
いい匂いがすると呟き来た時とは一転安心しきった顔を見せた童磨に何となく俺はホッとする。
「じゃあ用意するが…ここで食うか? それともリビングか?」
「あー…、じゃあリビングで…」
よっこらせと起き上がり、のろのろと立ち上ろうとするが、中々上手く行かない。
…コイツ、まだ本調子じゃないんじゃないのか?
ジト目で見ている俺の視線に気づいてか、情けなく童磨は笑う。
「あはは、ごめんよ狛治殿」
「いい」
「?」
「無理はするな。気が向いたら食え」
「…ありがとう」
心なしか少し寂しげな顔をする童磨に何故か俺は放っておけないと感じてしまった。くそっ、童磨の癖にという悪態は直接吐かずに心の中で吐き捨てるに留めておく。
「…他にして欲しいことはあるか?」
「…うーん…」
「遠慮はするな。今更遠慮するなんてお前らしくもない」
「はは、そうだよねぇ…」
弱弱しく笑いながら童磨は答える。
「ううん、大丈夫。特にないよ…」
そう言いながらベッドに横たわった童磨を見て、これ以上長居をすると具合を長引かせてしまうと判断した俺は、冷蔵庫を開けるからなと断りを入れて持ってきた食糧をキッチンへと運び込む。
そこもひどくこざっぱりとしていて必要最低限の調理器具しかない。
食洗器など置いてあっても不思議ではないと何となく思っていたのだが、予想外過ぎて面食らう。
そしてキッチンから地続きになっているリビングにはテレビの代わりに大型のディスプレイのパソコンが三台ほど置かれており、壁際に設置されているシェルフにはぎっしりと本が詰め込まれている。常人なら全て読むのに一年はかかりそうなほどの量であり、さほど読書が趣味というわけではない俺としては見るだけでくらくらしてくる。
なるほど、多くの人を幸せにしているハピネスアドバイザーと豪語するだけあって、様々な知識や情報を取り入れてはいるようだ。
だからこそこういったところにお金をかけており、住まいやその他の家具は必要最低限の物しか揃えないのだなとなんとなく納得した。
恋雪さんが包んでくれたおじやはコンロにセットしておき、手作りプリンやヨーグルトは冷蔵庫にしまっておく。ちなみに冷蔵庫の中身はこれまたすっからかんで、実にタイミングが悪いときに体調を崩したもんだなとほんの少し同情してやった。
あらかた片付け終えた俺はエコ袋をたたんでパーカーのポケットにしまうと、念のため童磨の寝室へと向かう。寝ているなら敢えて起こす必要もあるまい。起きているのなら一声かけて帰ろう。これ以上あのバカに無理をさせるのは何となく気が引ける。
「おい、童磨」
「んー、なぁにあかざどの…」
部屋の入り口から顔を出し名前を呼べば、うつらうつらとした様子の声で暗黒時代の俺の名前を呼びやがった。その名を呼ぶな。もう俺はその名は捨てたんだとツッコみたかったが、きっと本調子ではないため自分でも間違えたことに気づいていないのだろうと大目に見てやることにする。
「回復したら食え」
「うん、ありがと…。ひと眠りしたら大丈夫だと思うから…」
「おう、大事にな」
「ありがと…」
そう言って帰ろうとする俺の耳に、あかざどの…とか細く呼ぶ声が届いた。
だからその名前で俺を呼ぶなと流石に言おうと思い部屋に戻り、ベッドサイドまでどすどすと歩いて行った。
「おい、俺はもう猗窩座ではないからな!」
今にも寝入ってしまいそうな相手に大声で怒鳴るのは気がひけたので小声でとどめておく。するとうつらうつらとしていた玉虫色の目がぼんやりと開き、俺を見上げる。
「…いま、しあわせかい…?」
俺を猗窩座と呼ぶなと言う意思が伝わったのかどうかわからない童磨の脈絡のない質問に一瞬面喰らう。だが答えなければ答えないで面倒だと思ったのでそれなりになとだけ答えてやった。
「そうかぁ…幸せかぁ、ふふ、そうだよねぇ」
恋雪ちゃんがあんなに幸せそうだもんねぇとふわふわした話し方をする俺の親友だと自称する男の額から温くなった冷えピタを剝がしてやり新しいのを貼りつけてやる。
「おい、お前良いからもう寝ろ」
「いたっ」
ぺしんと軽く額を叩き、今度こそもう帰るからなと踵を返した俺の動きは童磨が腕を引っ張ったことで止められた。
「お前いい加減に」
「幸せに、なっておくれよ…あかざどの」
「っ」
上半身を起こして俺を真剣な顔で見つめるコイツは俺を通して俺を見ていなかった。なんだ?熱で朦朧として、中二時代の俺の幻でも見えてるのか?
翌日には冷たくなっていて、連日ワイドショーで報道された挙句、直前までいた人間として俺が疑われるパターンじゃないのかこれ。

…だめだ。このまま帰ってしまったら色々と寝覚めが悪すぎる。

「分かった、幸せになるから。頼むからもう寝てくれ」
「そっかぁ…良かったぁ」
そう安堵したように言った童磨はそのまま俺の手を離しパタリと横たわりすうすうと寝息を立てていた。
なんなんだコイツ本当に。

このままの状態のコイツを置いて帰ってもモヤモヤしてしまう。しょうがないからリビングに引き返して適当な本を見繕って読んでいたら眠ってしまい、結局幾分顔色の良くなった童磨に起こされた時にはすでに日付が変わっており、恋雪さんの手料理を食べる間もなく慌てて帰路に着くことになるなど俺は知る由もなかった。

 

次頁は概念猗窩童のおまけです。

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