狛治殿が来てくれたおかげでどうにかこうにか気持ちが楽になった気がする。
最も彼がしてくれたことと言えば恋雪ちゃん手づからの食べ物を持ってきてくれただけであり、身体を拭いてくれとか薬を飲ませてくれとかそういうことは一切言っていないし、流石に俺も狛治殿にはそんなことは頼みたくない。なので、本当にただ来てくれただけでこんなにも気の持ちようが違うのかと自分でもびっくりしている。
ハピネスアドバイザーとして毎日駆けずり回っていたけども身体は結構頑丈に出来ているからまさか体調を崩すとは思っていなかった。いやあ、俺も人間だったんだなと他人事のように思いながら初日は何もできないのでとにかく眠ることにしたがこれがうまくいかない。
何せ眠れないのだ。どんどん息苦しくなってくる気はするし意識がもうろうとしてくる。ああ、これダメな奴だなぁと思いながら俺らしくもなく心細くなったのだろう、気づけば狛治殿に連絡を入れていた。
いっそ耳元で怒鳴ってくれるだけで良いからと思ったけど予想に反して彼は来てくれた。しかも愛妻の手料理を携えて。
これはきちんとお礼をしなくちゃ。彼らは幸せだから壺や消しゴムや水以外で…と再び人がいることの安堵感からうつらうつらしていること数分、狛治殿がやって来た。
『「おい、童磨」』
だけど声が二重に聞こえる。え、と思って薄眼を開けると部屋の入口にいるのは確かに狛治殿なのに、何故だか中二時代の彼の姿が被って見えた。
なんだろう、幻影が見えるほど俺疲れてたのかな…?
「んー、なぁにあかざどの…」
もう彼は猗窩座とは名乗っていないのに、俺の口からはその名前がするりと出た。狛治殿はその名前を呼ぶと極端に嫌がる。そりゃそうだろう。誰だって触れられたくない黒歴史の一つや二つはあるものだ。俺は優しいからそんな過去の触れられたくないところは触らないでいたのに、どうしてだろう、猗窩座殿と呼ばなければならないと思ったのだ。
「回復したならきちんと食え」
でも今度聞こえてきたのは狛治殿一つの声だった。やっぱり俺、本調子じゃないんだなぁと思いながら、今にも怒鳴り散らしたい一歩手前の狛治殿に礼を言う。
「うん、ありがと…。ひと眠りしたら大丈夫だと思うから…」
「おう、大事にな」
こう言うところが成長したなぁとしみじみ思う。昔の彼ならきっと俺に構わずさっさと背中を向けて目にも止まらない速さで帰っているはずなのに。
「ありがと…」
そうお礼を言って目を閉じようとする。狛治殿には申し訳ないけれどこのまま寝ちゃおうと目を閉じかけた視界の端に、ひらりと緑色の組紐が見えた。
え、と思っていると俺のベッドサイドにはかつての中二時代の〝猗窩座殿〟の幻影が立っている。
なにこれ、どういうこと? これ走馬燈って奴なのかなと思う中、くしゃり、と幻影の猗窩座殿が俺の頭を撫でた。
『どうま…』と口の動きだけで俺の名前を呼ばたので、小さくあかざどのと名前を呼ぶと、バタバタと踵を返してくる狛治殿の足音が聞こえてくる。
わあ、聞こえちゃったんだすごい地獄耳だなぁなんて思っていると、ベッドサイドにいた猗窩座殿はとても悲しそうに笑って消えていった。
「……」
なんだろう、何でそんな風に笑うんだろう?
猗窩座殿だった狛治殿だってやんちゃしてたけどそれなりに楽しそうだったのに。どうしてあなたはそんな風に笑うんだい?
「おい、俺はもう猗窩座ではないからな!」
そんなことを考えているとどすどすと足音を立てて戻ってきた狛治殿が大声ではなく中ぐらいの声で諫めてくる。そんな彼の姿を見ながらかつての記憶と今見た猗窩座殿の姿を照らし合わせるも、猗窩座殿は俺が知る彼ではないということだけは何となくわかってしまった。だって俺が知る限り猗窩座殿だった彼はあんな風に笑わなかったから。
起きながら見た白昼夢、走馬燈。色々な単語が浮かんで消える。
「…いま、しあわせかい…?」
ぷんすかと怒る狛治殿に愚門とも言える問いかけを投げつける。別に答えてくれなくてもいい。何かを売りつけるつもりなんか無いよ。俺は、本当に幸せな人には何も売りつける必要なんてないし、第一大親友である君に無理強いをしてその信頼や絆を失う方がデメリットだから。
「……まあ、それなりにな」
と思っていたら狛治殿は律儀に答えてくれた。
言わなくても恋雪ちゃんの言葉や狛治殿の様子から見て取れたけど、本人から聞くと更にその実感は増す。
「そうかぁ…幸せかぁ、ふふ、そうだよねぇ」
「おい、お前良いからもう寝ろ」
「いたっ」
くふふくふふと笑っていると額に貼り付けてあった冷えピタを剥がされ新しいのを付けられた後、ぺしんと軽く叩かれる。今度こそもう帰るからなと後ろを振り向いた狛治殿の背中に、何故か先ほど消えていった〝猗窩座殿〟の幻影がちらつき、俺は反射的に腕を伸ばして腕を引っ張った。
「お前いい加減に」
流石に狛治殿が怒りの形相になる。うん、ゴメンね。でもこれだけは今、伝えておきたくて。
「幸せに、なっておくれよ…あかざどの」
「っ」
心からそう告げると、三度ぼんやりとした姿だけど〝猗窩座殿〟の姿が重なって見える。今にも泣きそうでそれでいて無理に笑う顔。
そんな俺の視線に感じるものがあったのか、狛治殿は溜息を吐きながら観念したように言った。
「分かった、幸せになるから。頼むからもう寝てくれ」
「そっかぁ…良かったぁ」
その言葉を聞いて俺はホッと一息吐く。もう、〝猗窩座殿〟の姿はどこにもなかった。
どうかそのまま幸せでいて欲しい。
願わくば、
もうどこにもいない〝君〟の分まで────…。
スピンオフキメ学は前々から気になっていたのですが、今回どまさんがでてくることを知って読みました。
圧倒的猗窩童でした。
以下語り。※ネタバレ注意!
うわーーーーーーーー!!!!めっちゃ解釈一致のどまさんキタ――(゚∀゚)――!!
彼のスタンスって別に詐欺でもなんでもないんですよね。まっとうにビジネスしてる人なら普通の思考だし。
と言うかみんなを幸せにしたいという気持ちで人々にサービスを提供するって、普通にビジネスの心構えと言うか基本ですよ。
幸せになりたいから人はそのサービスや情報を望むのであって、それを提供してくれたことに満足をすればお金を払う。それが世間から見て手ごろな価格でも『ちょっと高いんじゃないの!?』という価格でも関係ない。本当にその手の情報やサービスが必要だからこれだけ払っても良いって本人が納得してるんだから。
そしてどまさんは恋雪ちゃんに壺はいらないか?と訊ねているけども、幸せだからいらないと笑って答えた彼女に対しあっさり引き下がっています。これもビジネスとしては基本的なことです。いらないって言っている相手にあれやこれやとホラ吹いて売りつければ悪徳詐欺師として納得しますがそうじゃないですからね。
お金を稼ぐのは汚いし悪いことだしズルして稼いでいるんじゃないかっていう気持ちが根底にある人がまだまだ多いのが現状なんですが、私は今回の話を読んでそういう部分も切り込んできているなと思いました。
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そしてそして狛治殿との関係が!!うーーーーーーーーーわーーーーーーーーーーー(歓喜)!!ってなりました!
中学時代にヤンチャしていた彼に一方的に近づいてきたのですがその時の台詞が「一緒に人助けでもどう?」って言うのがまた、また…・。゜・。(゜´Д`゜)゜・。・゜
これ、絶対どまさんが狛治殿を更生させたってパターンですよね!んでもって中二時代の狛治殿がまさかの猗窩座殿でこれまたうおーーーーーーーーー!!ってなりました(語彙力は冬眠しました)
きっと猗窩座時代の頃は周りに敵が多かったと思うので、いかにもひょろっとしているカワイ子ちゃんなどまさんは猗窩座殿をおびき寄せるためのエサになっていたんじゃないかなーと思いますが、『ちっ、手間をかけさせやがって』と言いながら渋々助けに行くのも『俺には関係ない』とバッサリ切ってそれを知ったどまさんが『酷いぜ猗窩座殿~』と言いながら自力で脱出するのも両方ありえそうでエモい…!
私の中でこの二人は狛恋ありきの関係なので、あくまで+の関係です。どまさんは大親友、狛治殿はいけ好かない腐れ縁と思ってくれていたらいいなと思います!
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さらに最後の雪まつりの合計金額が猗窩童で思いっきり脳みそが爆発した私…!
3200円って、3200円って!!!!?????
3000円や3400円じゃなくてあえて3200円にした理由って何ですか!?!?!?!
マジで猗窩童推しを萌え殺しにかかってきたとしか思えない、そんなラストで本当救われました。ありがとうホカキメ学…!
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