君がくれるものなら風邪だって…1 - 1/2

パターン①

一般人よりも頑丈とはいえ、”昔”に比べれば脆弱な身。そのことを童磨は今まさにベッドの上で痛感していた。
「大丈夫か?」
「うん゛…」
身体の節々が痛み全体的に発熱状態に襲われている。立派に風邪をひいてしまいぐったりとベッドの上で横たわる童磨の下に猗窩座が土鍋をもってやって来た。
額に乗せられた冷えピタシートは取り替えてから間もないがすでにぬるくなっている。猗窩座は卵がゆが入った土鍋を鍋敷きを敷いたテーブルの上に置くと、汗ばむ前髪をそっと払ってそれを取り外し、新たなシートを載せてやる。
「粥、作ってきたけど食えるか?」
「…ん、だいじょ、…ぅぶ…」
ゆっくりと起き上がろうとする童磨だが、発熱のせいで身体が思うように動かないのか、中々起き上がることができずにいる。
「いい、無理はするな」
「でも…」
折角猗窩座殿が作ってきてくれたのに…と、下がり気味の太い眉毛をさらに下げてか細い声でそう言えば、猗窩座は馬鹿だなと汗ばんだ白橡の髪をそっと撫でた。
「こんなの後で温めればいくらでも食えるだろう?」
「うぅ~…面目ない」
熱のせいで赤らむ顔は常日頃から絶やさず見せている笑みをかろうじて浮かべてはいるが本調子ではないことをありありと伝えてくる。
そんな時にまでこんな風に笑わなくてもいいのにと猗窩座は少しだけ胸が痛む。
「あかざどの…? どうかしたの?」
押し黙ってしまった己を不思議そうに見やる童磨に、何でもないと猗窩座は首を振る。
「もう少し、寝ていろ」
「ん…、ごめんね、猗窩座殿」
「馬鹿、謝るな。しんどくなるぞ?」
「…でも…」
半ば無理やりベッドの中に横たわらせられた童磨が申し訳なさそうに熱で潤む虹色の瞳を猗窩座に向けてくる。
「…はつもうで、楽しみにしてたよね…?」
自分と過ごす正月のイベントを猗窩座が楽しみにしていたのを童磨は知っている。年越しそばを食べて、一緒に雑煮や筑前煮を作り、市販の黒豆や栗きんとんを食べながら一日はダラダラして、二日になったら一緒に初もうでに行こうと前々から約束をしていた。”昔”はお互いくだらないと切って捨ててしまったものだが、今は共に楽しめるだけの心の余裕と距離間の近さを実感できて童磨もとても楽しみにしていた。
だが実際のところ寒い日が続いたのもあり、体調管理にも気を付けていた二人だが、童磨は疲れがたまってしまっていたのだろう。”昔”に比べてマシにはなったが自分自身に執着することのない童磨が仕事も家事も手を抜くことはせず体調を崩してしまったのを自覚したのは大晦日であり、それから三日ほど経過するがまだ本調子ではない。
そんな童磨を見てこんな時くらい俺を優先するなという思いを込めて、マスクをずり下げた猗窩座は汗ばんだ額にそっとキスを落とす。
「ゃ、だめ…」
「どうしてだ?」
「風邪、うつっちゃうよ…」
いつもならこのまま目尻から頬へ、そして唇へと降りてくる彼のそれが離れていくのを少しだけ寂しく感じてしまう。本調子でない自分を慮ってくれているのは分かっていてもそう思ってしまう自分はずいぶんと欲張りになってしまったようだ。
「そんなことでどうにかなるほどやわではない」
笑いかけながらそう言ってくる猗窩座にたまらなく泣きたい程切なくも、温かな気持ちに襲われる。
「おれだってそう思ってたよ。でも引くときはひいちゃうよ…?
こんなしんどい思い、猗窩座殿にはしてほしくないよ…」
万が一猗窩座が風邪を引いても看病するのは構わない。だけどこんなに辛い思いは彼にはさせたくないと心から童磨は思う。
「…困らせてしまったな、すまん」
「…ううん…。心配してくれてるのに、ごめんね…」
悲し気に太眉を下げて首を振る童磨は何とも悩ましいが、風邪で弱っている彼を困らせたいわけではない。
これは単なる己の我がままだ。
”昔”、コイツが与えてくれようとしていたものを投げ捨ててきた分、お前がくれるものならいっそ風邪すら欲しい、だなんて。
「…あかざどの…」
「ん? どうした?」
黙ってしまった自分を見上げてくる童磨は平素を知っている分、やはり辛そうだ。彼のことを思うなら早くここから退散して寝かせた方がいいのは分かっていても、どうしても離れがたいと感じてしまう。
「あのね、おかゆ…、すごくおいしそうな匂いがするから、食欲がわいてきたんだけど…」
「おう」
当たり前だ、好きな奴に治ってほしいという愛情をたっぷり込めて作った粥だ。まずいわけはない、はず、恐らくは…と内心で叫んでいる猗窩座の部屋着のスエットの袖を引っ張った童磨は風邪のせいか、どことなくはにかんだ様子でこう言った。
「たべさせて、ほしいなぁ…なんて…」
「!!!」
熱で潤んだ瞳で上目遣いに見上げられ、恋人からこんな風におねだりをされて喜ばない男がいたらお目にかかりたい。
風邪すらも欲しいと言ったが秒で撤回させてもらう。そんなものよりもはるかにかけがえのないものをいつも彼は与えてくれるのだ。
我ながら単純すぎて心配になるけど致し方ないだろう。これほどまでにこいつに惚れ抜いてしまっているのだから。
「あ、あ! もちろんだとも!!」
「ふふ、ありがと…。あかざ殿はやっぱり優しいなあ」
そんなことを言いながらふにゃりと笑う童磨を見て、元気になったら覚えておけという気持ちを押し隠しながら、猗窩座は童磨の身体をそっと起こし上げ、お手製の粥を冷ましながら食べさせていく。

ちなみにお約束だが、正月休みが終わった最初の週末、猗窩座もガッツリと風邪を引いてしまった。『だから言ったじゃあないか』と呆れられながらも甲斐甲斐しくどこか嬉しそうに看病をしてくれる童磨に『流石俺の嫁結婚しよ』と惚れ直す結果となり、初詣は行けなかったが初惚れはお互い思う存分に味わったという後日談も付け加えておく。

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