パターン②
シン、と静まり返った夜中。かつては活動していたこの時間帯、猗窩座はそっと童磨が寝ている部屋の扉を開ける。
いつもは共に眠っている寝室だが、彼が年末に体調を崩してしまい今も尚寝込んでしまっている童磨から共寝禁止令を言い渡されたこともあり、猗窩座はだだっ広いベッドの上で一人寂しく眠ることを強いられている。
ただでさえ寒い冬の夜。Nウ●ームW-su●perを持ってしても代えがたい温もりが隣に無いため、猗窩座は夜中に目を覚ましてしまった。
ふ、と腕を伸ばせば常に届く距離にいるはずの童磨がいない。独占の朱花を散らした艶めかしく滑らかな素肌を晒して眠り、自分をその胸に抱き留めてくれる存在がいない。そのことがたまらなく寂しいと感じてしまった猗窩座は、ベッドから身を起こし抜き足差し足で寝室の扉を開けて童磨の部屋へと向かう。
はたして彼はパソコンデスクとゲーミングチェアと本棚に囲まれた部屋の真ん中で布団を敷いて眠っていた。どちらかが風邪や隔離状態が必要な病状になった時を見越して童磨が購入した布団だ。自分としてはそんなものはいらないと思っていたが、今の童磨の様子を見ているとやはり”昔”と身体の作りが違うということを実感せざるを得ない。
足音を立てないようにそっと眠る童磨に近づけば、前日よりかなり良くなったのか安らかな顔で寝息を立てていた。カーテンの隙間から零れ落ちる頼りなげな月光に照らされるのは無防備で美しい寝顔。閉じられた瞼の向こうに眠る虹色の瞳はここ三日は熱で潤みっぱなしだった。
「っ…」
そこまで考えたとき、ふと不埒な想いに駆られてしまう。三日も病魔で苦しんでいたということは、即ち三日も彼に触れていないということ。だがここで欲望に任せて手を出そうものなら正真正銘の下種野郎でしかない上、二度と自分を許せないと猗窩座は奥歯を噛みしめて耐え抜いた。
「ん…」
そんな猗窩座の気持ちを知ってか知らずか、小さく開いた唇から寝息交りの声が漏れる。
「ぁ、かざ…、どの」
「っ」
次いで掠れた声で呼ばれた己の名。起こしてしまったかと思うより先に、彼を渇望していた自分を痛いほどに痛感してしまった。
「どぅま…」
そう意識してしまえばやり過ごすことなど出来はしない。同じように小声で名前を呼び、しっとりと汗ばむ白橡の髪に触れ額を露にさせて、そっと口づける。
「ん、…ん…」
そのまま目尻へ唇をたどらせ、頬に、そして唇に。
このまま深く口づけて思う存分に彼を貪りたい。
彼の中に未だ巣食い続けている風邪のウイルスごとその存在ごと貰いたい。
童磨がくれるものなら風邪だろうが何だろうが何だって欲しい。
だがそんなことを童磨が望むはずがない。
”昔”、鬼殺隊と対峙したときにも苦しむくらいならストンと首を切って楽にしてあげると言えたくらい性根が優しい彼のことだ。
きっと自分が苦しむ姿は見たくはないと頑なに拒むだろう。
後朝なる想いを抱きながらゆっくりと触れるだけの口づけを施した猗窩座はその身をそっと離していく。
「…早く良くなってくれ…」
名残惜しさからそっと指の背で頬に触れ、そう呟いた猗窩座は来た時と同様こっそり彼の部屋を後にしようとする。だがそれよりも伸びてきた両手で頬を包み込まれるのが先だった。
「っ…!」
そのまま顔を寄せられたかと思うと、一瞬だが先ほどよりも深いキスを仕掛けられて離される。
「な、な…」
「おはよ、あかざどの…」
ん? まだこんばんはかな?とフニャりと笑う童磨を見て、一気に居たたまれなさが涌き出てきた。
「そ、の…、すまん!」
潔く猗窩座は自分の非を認めて頭を下げる。いくら寂しいからとは言え、触れたかったとはいえ、本調子ではない者に対し寝込みを襲うなど卑劣漢のすることだ。
しかしそんな猗窩座を童磨はくすりと笑いながら見つめるだけに留めていた。
「何であやまるかなぁ…? 俺は嬉しかったんだぜ?」
「だがお前はまだ本調子ではないのに…」
しょんもりとしてしまう猗窩座の身体を童磨はぎゅっとハグをする。
「お、ぃ…!」
三日もの間ご無沙汰だったのだ。間近で感じる、どことなく甘い童磨の体臭に煽られ熱が灯るのも時間の問題だ。
離れようとすればするほど、童磨の腕の力は込められていく。
「ね? 猗窩座殿…」
寝起き特有の掠れた声と吐息が猗窩座の耳を鼓膜を震わせる。
「いっぱい運動したら、熱が下がるって言うよね?」
「~~~っ!!」
理性を繋ぎ止めていた糸が焼ききれる感触をまざまざと自覚した猗窩座は、荒々しく童磨の唇をふさぎ、その身体を押し倒す。
寝室への移動ももどかしく、三日ぶりに恋人を堪能することに全集中した猗窩座はそのまま童磨の部屋でことに及んだ。
翌朝。
お互いつやつやした(そして童磨も完全に治った)状態で起き上がったものの、三日三晩禁欲していた恋人たちのの性欲は余りあるものがあり、童磨の部屋はかなりの惨状に見舞われてしまった。その様子に二人で頭を抱えながら後悔し、少しだけ互いに文句を言いながら後始末に勤しむ羽目になったが、それでも幸せそうな彼らの姿がそこにあった。
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