斬られ斬られてそれに堕つ

それは三途の川を超えた地獄で見舞われた災難だった。

政府非公認鬼殺隊が隠しの一人である後藤(23)。彼がメモ帳片手に地獄で懲役を受けている鬼たちに対し、自分を屠った呼吸の斬られ心地を聞きまわるという前代未聞のインタビューを行っているときそれは起こった。
ツッコミどころは色々とある。何故に鬼を殺す隊に与している後方支援の人間が、鬼舞辻無惨を始祖として自分たちの暮らしを滅茶苦茶にし大切な者を奪った相手に、よりによって自分の頸を落とした斬られ心地を聞いて回らにゃならんのか等々。状況を把握しようとすればするほどずきずきと後頭部が痛くなるので後藤は考えるのを止めた。
そんなこんなで呼吸の斬られ心地のインタビュー四番目までやってきた。
先はまだまだ長いと、後藤はずきりと痛む後頭部を軽く撫でさすり、次の蟲の呼吸の斬られ心地を聞くために集まってもらった鬼たちに感想を聞いていく。

「小さいから舐めていたのよ」
忌々しそうに語るのは那田蜘蛛山で蝶ノ舞によって突かれた偽りの蜘蛛の家族の姉鬼。
「今まで経験したことのない痛み」
続いてコシの太そうな髪を三つに縛った鬼が白目を剥きながら吐き捨てる。
「毒の説明をされたときの絶望感がヤバい」
垂れ目の三白眼の黒髪の鬼が怯えたように呟けば、その横から場違いなほど朗らかで良く透る明るい声が聞こえてきた。
「良いじゃないか、可愛いから許してあげなよ」
地獄に似つかわしくないほどの満面の笑みでそう語るのは、蟲の呼吸を悉く打ち破り、そのままその体を取り込んだ結果、敗北した上弦の弐・童磨である。もっとも彼は先述した通り蟲の呼吸は悉く看破し、使い手である胡蝶しのぶが摂取した藤の毒が原因で、彼女の継子である栗花落カナヲとかつて童磨が保護したことのある親子の忘れ形見の嘴平伊之助の二人がかりによって頸を落とされたのだが、様々な事情があってこのカテゴリーに振り分けられたのだがそれはさておいて。
なるほど、蟲の呼吸はこんな感じかと後藤がガリガリとペンを走らせまとめに入り、次に行こうとしたその時だった。

「おいおいおいおい」

不意に此処にいる四人の鬼以外の場違いなほどに明るい声が、ガタイがよく背の高い白橡の髪をした美鬼の後ろから響き渡る。
「ちょっと待ってくれ童磨」
上弦の弐と似たような質ではあるが、少しだけ高さが混じるがそれでも耳触りのいい声が笑いながら彼の名前を呼ぶ。
「俺のことまでまさかそうは思っておるまいな?」
ぬっと蒼い刺青が走る逞しい腕が伸ばされ他次の瞬間、地獄の暗い空の中から表れたのは、腕に走る刺青と同じ種類のものが顔にも走った、躑躅や萩、紅梅によく似た色合いの短髪をした、まつ毛が豊かなあどけない顔だった。
腕を肩に回された瞬間、童磨の虹色の瞳が一瞬大きく瞠る。そして周囲の鬼は一気に彼から後ずさり距離を置くが、鬱金の瞳を持つ男はそれはそれは楽しそうにその顔を覗き込んでいた。
尚、彼の足下には手頃な大きさの岩が三個ほど踏み代替わりに積まれているが、あいにく正面に立っている後藤はそれに気づいてはいないし、三人の鬼は気づいていたが突っ込む勇気がない。突っ込んだが最期、彼がもたらす血鬼術諸々によりこの地獄で二度死ぬ羽目になるからだ。
「…猗窩座殿…」
見開かれていた童磨の瞳がゆるゆると間近に迫る猗窩座と呼ばれた鬼の鬱金に向けられる。
「…今日のお仕事はもう終わったのかい?」
「ふん、あんなものはとっくのとうに終わった」
仕事…すなわち地獄での責め苦のノルマを達して戻ってきた猗窩座が俺を誰だと思っているのだとまるで猫がじゃれつくように頬を擦りつける。ポカンとする後藤とすでに目をそらしている三人の鬼など意に介さず、くすぐったそうに虹色の瞳を細める童磨の頬に猗窩座の唇が落とされたのと同時、後藤も掌からメモ帳と筆記用具を取り落とした。

…何だこれ。

声なき声は地獄という空間に響くことはない。三人の鬼は「もういいでしょう!? じゃあね!!」と怯えたようにすたこらサッサとその場を後にしたため、そこにいるのは童磨と猗窩座と後藤のみだった。
「それよりも先ほどの答えはなんだ? お前は可愛ければ誰でも許すのか??」
「えー、だって可愛いは正義っていうじゃないか」
おい、色々とちょっと待て。
曲がりなりにも上弦の弐であるお前がそれを言うか。自分の死因の原因にもなった存在にそれを言うのか!? 可愛いは正義って、〝正義〟って認めちゃってるんだがいいのかそれで!?
いや、それよりも!!
猗窩座と呼ばれるこの鬼は確か童磨とはことさら険悪な仲だといつの間にか持っていたメモ帳の巻末ページに書いてあるのを後藤は確認している。ちなみに各鬼の顔写真と簡単なプロフィールも添えられている親切設計だ。そもそも猗窩座という鬼は元々は狛治という名前の人間であり、次の次の地獄へいるということもきちんとそこには記載されている。だというのに猗窩座は当たり前のように存在しているし、毛嫌いしているはずの童磨に対して憎しみも嫌悪感などもまるっきり抱いていない。それどころか太すぎる矢印を惜しげもなく向けているし、感情がないと書かれているはずの童磨もどこか嬉しそうに猗窩座の抱擁と接吻を受け入れている。

…もう一度問う。何だこれ。

「ならお前は、俺が可愛いから甘んじて暴力を受けていたというのか?」
自分で可愛いって言っちゃったよこの人(鬼)!!!
いや確かに顔は整っている方だと思う。まつ毛は長いし髪の色もファンシーだし、所謂年下系として人気を博しそうな佇まいではある。筋肉隆々の身体も魅力の一つだと思う…って違う!!!!!!!!!
人を喰らうわ夜通し戦い続けられるわ日輪刀以外の武器で首を落としても再生するわ可愛いとは程遠い存在だろお前らはよ!!!!!
もう後藤は隠しの衣装の下で自分がどんな顔をしているのか把握しきれていない。むしろ地獄ではなく漆黒の闇の中でキラキラ輝く大小さまざまな星々が浮かぶ空間に放り投げられた猫のような心境だ。
「嫌だなぁ猗窩座殿。俺はあなたが可愛いからスキンシップを受け止めていたんじゃあないぜ?」
いやツッコミどころそこじゃないだろ上弦の弐。というかお前も十分可愛いだろう。上弦の参がやんちゃ系弟キャラなら、こっちはあどけない美少女フェイスでありながらもムチムチとした豊満な柔らかマシュマロボディを持つえっちなお姉さんキャラ…ってだから違う!!!!!!!!!!!!!(二度目)
「なら何故あんなに甘んじて受け止めていたのだ? …それにあれは」
「おっとおっと、それ以上はいけないよ」

肩の近くにあった猗窩座の頭を童磨の腕がぐっと自分の更に近くへと引き寄せる。え、おい、ちょ、まさか…!?

「俺があなたの戯れを受け入れていたのはあなたが可愛いからでもなんでもない。あなたと仲良くなりたかったからだ」
「~~~っっっ! お前はそうやっていつも俺を甘やかす…!」
「だって仕方がないじゃあないか。俺があなたと仲良くなりたかったのは事実なんだもの」

あ、熱烈なチューをかますんじゃなくておでこっつんだった。良かった良かっ……って良くねえよ!! 何だよその距離の近さ!!! チューするのとさして変わらねえよむしろそこまで行ったんならチューしろチュー!!!

「…おい男」
「は、はぃいぃっ!?」

ギロリ、と形の良い額に太い血管を浮き上がらせた上弦の参が、心の中でクソデカ実況を行っていた後藤を睨みつける。

え、なにこれ俺が悪いの? 勝手におたくらが人目もはばからずにいちゃつき始めたのに????

「無粋な奴だな。俺と童磨はこれから存分に仲を深めるのだ。もう用は済んだだろう? さっさと次へ行け」
仲?!仲ってナカのこと?!?!等、もう色々ツッコミたいところがあったがこれ以上はいけないと本能がエマージェンシーを訴えてくるのにしたがって、後藤はピシリと硬直していた身体を必死に動かしメモ帳と筆記用具を拾い上げた。

────…触らぬ神、否、鬼に祟りなし。
────…人、否、鬼の恋路を邪魔するものは死あるのみ。

そんな言葉が痛む頭の中にぐるぐると浮かびながら、這う這うの体で次の目的地へと向かう。
一刻も早くこの場から立ち去らないと、色々と取り返しのつかないことになりそうだという警鐘に逆らえるはずもなかった。

ちなみに六番目に行った炎の呼吸の斬られ心地インタビューの際、猗窩座の前身である狛治から『猗窩座が童磨にくっついてきた際は、放っておいてくれないか』と淡々と言われたが、もう遅いわ!! というかもう一人の自分ならちゃんとTPOわきまえろよ!!と全身全力で訴えたが、その黒髪の青年も愛妻を連れてここに来ているのを認めた後藤の、チクショオオオオオお前ら揃ってリア充かよ爆発しろおおおおおおおおという渾身の無念と嫉妬と怨嗟の雄叫びは地獄の空へと虚しく消えていったのだった。

 

BGM:Kumo

以前から考えていたこのシリーズを下敷きにしたFB2ネタな猗窩童です。
別名、後藤さんの受難。

書いてるうちに、この漫画の地獄は、超人墓場と大体雰囲気一緒かなとイメージがまとまった件\(^o^)/

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