「猗窩座殿、おまたせ♡」
時間にして数秒、隣の恋人の部屋から聞こえてきたガサゴソという音から何かを探していたのだろうとあたりを付けていた猗窩座の予想通り、童磨は手にタブレットに似た形状の板を持ってきた。
「??」
何だこれはと目で訴える猗窩座に、童磨はにかーっと笑いながらそれを差し出す。
「ブギーボードだよ。ほら、ここにペンがあるだろ?」
電子メモパッドとも呼ばれるそれは、備え付けられているスタイラスペンで感圧式ディスプレイに書き込みを行えるタッチパネル式のメモパッドである。近年だとクライエントの要件を簡単にメモができ、用件が済めば下部付いているボタンにて全て消去ができるため、紙を使ったメモよりもコスパや手間も省けるということでデスクワーク業種で使われる他、落書き帳の代わりに使用している人も多いという。
声を出せない状況であっても尚想いを伝えたいという彼の願いを叶えるための代替えとして提案できる案は筆談くらいしかない。ではどのようにしてと考えた際、ふと自分が仕事で使っているブギーボードの存在を思い出しそれを持ってきたというわけだ。
平均的なタブレットパソコンの大きさとそんなに変わらないブギーボードならある程度の文字は書ける。そして書いたものを手早く消すことができるのだから話好きな猗窩座にとってピッタリだと童磨は確信していた。
「これで、お話しようか猗窩座殿」
差し出されたホワイトを基調としたブギーボードを受け取った猗窩座は童磨とブギーボードを見比べた後、にっこりと笑い頷きかける。そして右側の角に収納されているペンを手に取るとさらさらとディスプレイに文字を書き進めていき、それを童磨に見せた。
『ありがとうな、どうま』
『お前のそういうところ、おれは好きだ』
『いや、そういうところじゃない、全部が好きだ』
『大好きだ』
『あいしてる』
所々平仮名交じりなのはスタイラスペンだと画数が多い漢字だと文字が潰れてしまうためだ。それ以前に、声を出せなかった分童磨に想いを伝えたかったことを優先させた結果このような書き方になったわけだが、目の前の童磨の頬はどことなく薄紅に染まっている。
「っ、うん、俺も大好き。愛しているよ…」
虹色の瞳がどことなく泳ぐのを見逃さなかった猗窩座は、ボタンを押して画面いっぱいに書いた文字を消すとまた新たにさらさらとペンを走らせていく。
『どうした?』
『何かかおが赤いようだが??』
『もしやおれのカゼがうつったのか?!』
「いや、そうじゃなくて…その…」
『えんりょなんぞするな!』
『おれはもう大丈夫だから、おまえももうやすめ!!』
『おれとしたことが、お前の具合がワルいことに気づけないとは』
「だから違くてね??」
平素の会話のテンポとブギーボードに文字を書くテンポは若干違うが、それでも猗窩座から紡ぎ出される言葉は自分への労わりと愛情にたっぷり満ちていて。
その言葉を声にして伝えられるだけでホワホワした気持ちが積もっていって心が温まるのに、こうやって文字にして見せられるとホワホワ以上に何というか面映ゆい気持ちでいっぱいになる。
そんな風に童磨が言葉を探している合間にも猗窩座の手は更に彼への想いからなる言葉を綴っていき『お前に何かあるとおれは悲しい』『してほしいことがあればなんでもいえ!おれはもう大丈夫だからな!』と更に童磨の心を着々と射止めていってしまう。
「えっとゴメン、ちょっと猗窩座殿、いったんストップね?」
猗窩座の右手をブギーボードの上を跨ぐように伸ばした童磨の左手がそっと抑えて執筆させるのを止める。その行動に反射的に動きを止めた猗窩座に、ちょっとだけゴメンね?とスタイラスペンとブギーボードをそっと取り上げると、下の方の余白にさらさらと文字を綴っていく。
『心配かけてごめんね。身体は何ともないよ』
『あかざどのの字の形とひらがながまざった書き方がなんだかかわいくてね』
その文字を見届けた猗窩座が思わずポカンと彼の顔を見つめるが、すぐにブギーボードとペンを自分の元に取り戻すと名残惜しい気持ちを覚えながら、ボタンを押して新たな画面へと戻した。
『そうだったのか。早合点してすまん』
「ううん、俺は気にしていないよ」
その言葉を聞いた猗窩座が再びザカザカとペンを走らせる。
『お前はそういうが、さきほどのお前がおれの名前をひらがなでかいたのもかわいかったぞ』
「えー…、そうかなぁ?」
『そうだぞ?』
「えー?」
言葉とブギーボードで他愛のない会話のキャッチボールを楽しみながら二人は微笑み合う。
「猗窩座殿……」
『どうした? おれの愛しい童磨』
画数が多くても愛しいという文字をしっかりと書く猗窩座にとくんという胸の高鳴りを覚えさせられ、少し顔を赤くしながらも童磨はそっと言葉を紡いだ。
「早く良くなってね」
『もちろんだとも!』
今度は力強く書かれた文字に猗窩座らしいなとクスリと童磨は笑う。
「それでね、良くなったらまた一緒にたくさんお話しようね」
『ああ』
穏やかな優しい雰囲気の文字に相応しく、猗窩座もニコリと微笑みかける。
そんな猗窩座の顔にとくとくと温かなもので心が満たされるのを感じた童磨が、もう一度そっと彼の額にキスを落とす。
「猗窩座殿…、大好き」
『俺も大好きだ。どうま…』
ブギーボードに描かれた文字は武骨ながらも童磨への愛情にどこまでも満ちている。それを目にした童磨が更なる愛しさを猗窩座に覚え、彼の薄い唇に親指を這わせて数日ぶりのキスを送ろうとした時。
ぐぎゅるるるるるうううううう、と、猗窩座の腹の虫が盛大に鳴り響く。
「………」
「………」
一瞬訪れる沈黙。せっかく甘い雰囲気だったのに空気を読めない腹の虫に遮られてしまい、己の欲求を憎みそうになる猗窩座だが、そうだったそうだったと童磨が気を取り直したようにサイドテーブルに置いたおじやの器を手に取って持ち上げた。
「唇のキスはまだお預けにしろってことだろうから、これで手を打とうか」
「!!」
丁度いい具合の熱さになっている卵と鮭とほうれん草のおじやに匙を入れて童磨は念のため息を吹きかけて覚ますと、キラキラと向日葵色の瞳を輝かせている猗窩座の唇の前に差し出した。
「はい、あーん♡」
童磨の声に合わせて嬉しそうに口を開けた猗窩座の口内にそっとおじやを差し入れる。
「猗窩座殿、美味しい?」
そう訊ねれば『うまい、うまい、うまい!!』と勢いのままブギーボードに頷きながら書き殴る猗窩座を見て、童磨は幸せそうに笑いながら、もう一匙おじやに入れて息を吹きかけていくのだった。
この話と並行して考えていた話。座殿は懐に入れた相手には饒舌になるので、喉をやられて話せなくなるのって結構辛いだろうなと。それも四六時中〝昔〟の分まで愛を紡ぎたいどまさん相手なら猶更のことだという考えと、話したいことが溢れている座殿とブギーボードって実は結構相性がいいんじゃないかなと思って書きました。 ちなみにピンクエプロンを付けておじやを作るどまさんは、フォロワーさんに描いてもらったイラストをモチーフにしています♪
コメントを残す