あのコピペネタな猗窩童 - 1/2

「えー…」
ご近所から家庭菜園で出来すぎたと言う理由からおすそわけとして受け取った大量のカボチャを前に、童磨は紙の束を手に持ったまま立ち尽くしていた。
虹色の瞳に映るのは『簡単! 包丁を使わないパンプキンパイの作り方』というタイトル文字である。〝かぼちゃ スイーツ〟でググったところ一番上のページに出てきた手作りスイーツノウハウサイトから印刷したものだ。
カボチャに包丁を入れるのは結構力がいる。〝昔〟はそんなことをする必要は無いし、力もあったので難なく切り落とせていたが、今は標準の力くらいしかない。
だから包丁を使わないでパンプキンパイを作れるならそれに越したことは無いとはりきって印刷したのはいいが、問題はその内容だった。

まずカボチャを素手で粉砕するのが前提なのである。

「いやいやいやまってまって」

思わず目を通した印刷用紙にセルフ突っ込みをしてしまう。今の時代、お菓子作り好きを公言する男子も多い。だけど全員が全員素手でカボチャを叩き割ったり粉砕するような腕前など持っていないのだ。それどころか俺には出来ると勘違いした少年の心(中二病)を忘れていない男性たちがこぞって素手でカボチャを粉砕したり叩き割ろうとして痛い目を見て、パートナーや家族に養豚場の豚を見るような目で睨まれるのがオチだ。
「うううううーーーん…」
思わず童磨は腕を組んで考える。時短を目的にしてろくすっぽ確認しないで印刷したがどうやらこのやり方は向いていない。仕形がない、地道にカボチャを切るところからやりますかと気合いをいれて腕まくりをしたのと同時、童磨?と呼びかける錦玉の声が聞こえてきた。
「あ、猗窩座殿」
後ろを振り向くとくたびれたシャツとジャージの下を身に着けた猗窩座がキッチンへと入ってきた。少し寝ぼけ眼なのは今日が休日であり、ソファの上で今まで転寝していたからである。
「どうしたんだ?何か途方に暮れていたようだが」
心配そうな顔をして童磨に近づく猗窩座に何でもないよと返そうとするも、ずいっと身を乗り出してくる。
「なんでもないわけ無いだろう? 何か困りごとがあるなら俺に言え」
相変わらず自分を優先するようなことを言う猗窩座に、童磨はくすぐったい気持ちを覚える。
「ありがとう猗窩座殿。…でもこれはあなたでも解決は難しいかも」
「む、そんなことはやらなきゃわからないだろう?」
いや、それもそうなんだけどと言い募る童磨の手元の紙の束に気づいた猗窩座が肩に頭を乗せてそれを覗き込んだ。
こうなってしまえば梃子でも動かないのを知っている童磨は特に隠し立てはせず、件のサイトに書かれていたレシピを猗窩座に見やすいようにと軽く手を持ち上げて調節する。
「ふむ…」
「ね? こういう事情があってちょっと放心してただけだから。だから今からカボチャを切るから猗窩座殿は「何個粉砕すればいい?」…はい?」
しばらく無言のまま文字の羅列を追っていた猗窩座が声を上げたタイミングで事情を説明した童磨だが、次に発せられた恋人の言葉に思わず間の抜けた声が出る。
「え、え?」
「とりあえずこれ使っていいんだな?」
「あ、うん、そうだけど…」
口ごもっている童磨の背後に引っ付いていた猗窩座が横に並んで手を洗うと、シンクの上に鎮座していたカボチャを取った。
ポカンとしている童磨の前で猗窩座は用意されていたボウルの上に両手で包み込んだカボチャを持っていく。あっと思った瞬間、既に手の中のそれは跡形もないほどに粉砕され、ボウルの中に入っていた。
「は、は…? え?」
虹色の瞳が驚愕に見開かれる。なんだ? 何が起こったんだ? 人間予想外のことになると思考が停止するって本当なんだなぁなんてぼんやりと考える余裕は辛うじてあった。
むん、と一仕事を終えた猗窩座の無駄に凛々しい横顔がカッコいいなぁなんて思うのは一種の現実逃避なのだろうか。
「ほら、この調子で粉砕してやるから…って童磨?」
ぱんぱん、と最後の最後まで手に付着したカボチャをボウルの中に落とした猗窩座が、ぽかーんとしている童磨を見つめて首を傾げ、そしてハッとした表情になった。
「す、すまん! 怖がらせてしまったか!?」
「へ? な、何が?」
想定外の出来事に宇宙を揺蕩っていた童磨が猗窩座の急な謝罪によって現実に引き戻される。目の前の猗窩座は苦しそうな顔をしていた。
「〝昔〟はこんなものじゃないほどの力で手をあげ続けていただろう?」
思い出させてしまってすまないと言いながら苦しそうな顔をする猗窩座に童磨の太眉が知らず下がっていく。
「違うよ猗窩座殿。そんなんじゃない…。大丈夫だから、ね?」
「…だが…」
尚も言い募る猗窩座を童磨は紙の束ごと少し小柄でがっしりとした身体をぎゅっと抱きしめた。
「今は俺のことを考えてその力を使ってくれただろう? 怖いなんて思うわけがないよ」
ただ〝昔〟に比べてパワーダウンしたとはいえそれほどまでの力があるとは思っていなかったからちょっと驚いただけとくすくす笑う童磨の吐息を耳に感じ、カボチャまみれの手だったので抱きしめることを断念した猗窩座はぐりぐりと額を肩口に押し付ける。

────…ああ、猗窩座殿は本当に温かいなぁ。

今、お仕事が大変な時期だからお休みの日くらいのんびりしてほしかったのになぁ。
結局猗窩座殿ったら手伝ってくれるんだもん。俺のこと言えないくらいあなただって俺のこと甘やかしてくれているじゃあないか。

それがたまらなく嬉しくてホワホワして泣きたくなるほど柔らかい気持ちがまた一つ童磨の胸の中に積もっていく。

「あのね、猗窩座殿」
「…」
「…あと3つくらいカボチャ砕いてくれる?」
「!」

無言のまま童磨の肩口に額を押し付けていた猗窩座が、その一言でがばっと顔を上げる。普段は向日葵色の瞳を金緑石のように輝かせながら、いいのか? 本当にいいのか? 雄弁に訴えかけてくる。

「パンプキンパイの他にサラダにも使いたいし。あ、お団子も美味しいかもね」

猗窩座が砕いたカボチャは皮や種ごと粉砕されていたが、殆ど木っ端みじんの状態なので特に問題はないだろう。後はレンジで温めればいいだけの話だ。

人を選ぶレシピの内容だったが確かに時短にもなった上、恋人の新たな一面に驚きはしたものの惚れ直す結果となった童磨は、嬉々としてカボチャを粉砕していく猗窩座をほわほわした気持ちで眺めながら、解凍したパイシートを綿棒で伸ばしていく。

その後出来上がった種と皮ごと食べられる栄養満点のパンプキンパイは、猗窩座と童磨のお腹と愛情をたっぷり満たしたことは言うまでも無い。

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