真冬にストーブが壊れた座殿とその親友どまさんの話

「マジか…!!」
関東地方が豪雪に見舞われたある夜のこと。猗窩座は自室でうんともすんとも言わなくなったストーブを見て愕然とする。
実家から県をまたいだ大学へ進学しそろそろ2年が経過する。入居したアパートは築40年以上は経過するアパート。お金の節約のために家具の類はリユースショップで仕入れたのだが、今のところそれらは壊れる気配もなく快適に日々の生活を支えてくれていた。
そう、何の前触れもなくぶっ壊れたストーブ以外は。

かちかちかちと悪あがきのようにスイッチを付けたり消したり、コンセントを抜き差しするも当然何の反応もない。そしてホットカーペットなどというハイカラなものは当然置いてなどいない。ついでに言えばこたつも部屋が手狭になるという理由でこちらも不在だ。
何という不覚…!と猗窩座はがっくりとうなだれるも、そんなことをしている合間に部屋の暖かさはどんどん失われていく。給料日前なので新しいストーブを即座に買うことも出来ないため、ネットカフェで一晩の段を取るという手段も取れずに八方塞がりの状態で、いっそ一晩中鍛練でもしていようかと本気で考えた。
そんなタイミングを見計らったように、ピロン♪とLI〇Eの着信音が鳴る。猗窩座は今この現実を直視するのを先延ばしにするかのように、普段は後回しにするLI〇Eの確認作業を優先させた。

『やっほー、猗窩座殿☆』
『今、こっちに着いたぜ』
『結構雪が降っているなぁ。あっちも相当だったけどw』

トークルームにずらずらと並ぶのは、〝昔〟からの腐れ縁であり社会人の童磨である。〝昔〟は鼻持ちならない奴だと勝手に思い込み毛嫌いをしていたが、色々あって和解し、今生ではそれなりに付き合いを重ね、所謂悪友関係に落ち着いていた。
どうやら彼は日本海側のどこぞに仕事で赴いていたらしく、それなりに雪景色を堪能して帰ってきたところ、あまり雪の降らないこっちでも豪雪でびっくりしたと聞いてもいないのにずらずらと文字が流れてくる。
相変わらず空気を読まない奴だと猗窩座は顔をしかめる。しかし童磨はこちらの事情は知らないのだ。こちとら暖房器具がお陀仏になってるのにこんな能天気な文章をよこすなという気持ちは確かにあるが、彼に言ったところで何も事態は変わらない。二度と童磨に八つ当たりも同然な感情をぶつけまいと固く誓う、元来の潔さを取り戻していた猗窩座は一呼吸おいてメッセージに返信をする。

『そうか、お帰り』
『ビックリしただろう、雪』
『ちなみに俺も今暖房器具が壊れてビックリしている』

それでもやっぱりうんともすんとも言わない暖房器具への愚痴はあったので、あまり深刻にならないようにあくまで笑い話の一環としてメッセージを送ると、32秒も経たないうちに返信が来た。

『ええっ!? この寒いのにストーブ壊れちゃったのかい!?』
『ただでさえカツカツの生活をしている猗窩座殿が可哀想だ』

『そうだ、よりによって今日この日に、だ』
『余計な世話だ』

『むぅ、俺は心配しているんだぜ?』
『真面目な話、ストーブ以外で何か暖を取れるものはあるのかい?』

『毛布、カイロ(2枚)、フリース、セーター、俺とお前が共寝する布団、以上だ』

『え!? ホットカーペットは? 着る毛布は??』

『んなもんあるわけがない』

と、ここまで返信したとき、ついにしびれを切らしたのか通話アプリにて童磨から連絡が入る。

『もしもし猗窩座殿! 今からそっちに行くから家から出ないでね!!』
「は!? いやお前、仕事から戻ってきたばかりだろ!?」
『いいよそんなの。俺が個人事業主だってこと忘れたの? 明日は完全にオフにするから! とにかくそこにいて!!』
「おいどう…」
ブツっ、と電話は切れてしまう。あの様子だときっとこのまま家に駆け込んでくるだろうことは想像に難くない。
どちらの空港を使っているかは定かではないが、猗窩座が暮らす部屋までくるにはそれなりの時間がかかるのは想像に難くない。何せ類を見ないほどの大雪が降っているのだ。バスにしてもJRにしてもダイヤは乱れている。
何はともあれ、いつ到着するのか分からないが童磨が来るのは確定事項である。猗窩座は小さく嘆息しながらも、それでもどこかホワホワとした気持ちで彼を待ち続けていた。

「ってもう来たのかよ!?」
「ご挨拶だなぁ」
電話があっておよそ1時間弱、はたして彼は猗窩座の期待をあっさりと裏切りレンタカーで彼の家へと到着していた。
ピンポンが2回ほど連続で鳴らされてまさかと思い出て見ると、そこには久方ぶりに見る童磨が立っていた。
その姿を見ておせっかいだと思う反面、ホッとする気持ちが湧いてくる。当たり前にあるものだと思っていたもの(ストーブ)が壊れてしまって心細くなっていたのかもしれない。
「猗窩座殿、明日は講義はあるのかい?」
「あー…一応取ってはいるけどこの雪だしなぁ。休講になるかもしれん」
「なら丁度いいや。俺の家に行こう?」
「は?!」
突拍子もない提案に思わず猗窩座は素っ頓狂な声を上げる。今生では年齢差のあるこの二人。好奇心旺盛な童磨が猗窩座の家に押しかけてくることはあっても、猗窩座から童磨の家に行く機会は実は無かったのである。
「…お前に借りを作るのは癪だ…」
「ご挨拶だなぁ」
行ってみたいという気持ちは無きにしも非ずだった猗窩座の憎まれ口を、しかしながら〝昔〟から引き継いだおおらかさで童磨は気を悪くした様子もなく笑い飛ばした。
「俺は別に貸しにしたなんて言うつもりはないぜ? 親友が困っているのを助けるのは当然だろ?」
だからほら行こう?と手を差し伸べた童磨に、ぐぅ、と声を詰まらせながらも猗窩座はしょうがないから行ってやるという体を取りながらも、着替えだけを簡単に用意して彼の提案に乗ったのだった。

さて、レンタカーでやってきた童磨の家は彼の煌びやかな見た目とは裏腹に可もなく不可もなくと言った物件だった。
それでも家賃は猗窩座が暮らしているアパートに比べれば十倍ほどの値段はする。
〝昔〟は手っ取り早く力をつけるために女ばかりを血肉にしていた彼は、今生ではそのベクトルが料理の方へと向かったらしく、とにかくキッチンにこだわり抜いた物件を探したとのことだが、築年数はさほど経過していない上、一部屋一部屋も広かった。
「はぁ~…、こんないいところに住んでんだなぁお前」
思わずため息を吐いてしまった猗窩座に童磨はははっと笑う。
「猗窩座殿が質素すぎるんだよ。いっそのこと一緒に暮らさないかい?」
「馬鹿言うな。四六時中お前と顔を突き合わせるなんざぞッとしない」
「それもそうかぁ。たまに会うからいいのかもね」
あはははと笑いながらざっと荷物を片付けた童磨は、ホカホカと温かいコンソメスープを淹れたカップを持ってきた。
「はい、どうぞ」
「…ありがとうな」
「どういたしまして」
南西向きに位置する部屋の広いリビングの床にはホットカーペットが敷かれており、その上には丸っこい座いすが二つ置かれている。所謂”人をダメにするクッション”系統のそれであり、更に言えば〝昔〟に童磨が座っていた教祖椅子とも言える。
「そこ、座っていいよ」
「ああ」
遠慮なく腰を掛けると、柔らかそうなそれはガシリとした彼の身体をしっかと支える。ホットカーペットの温かさと相まってあっという間に極楽へと引きずり込まれてしまいそうになる。
「猗窩座殿、気持ちよさそうだねぇ」
「はっ!?」
ホワイトのベース生地にツタと花がブラウンで描かれたデザインのソファに腰を掛けながら童磨はニコニコ笑って指摘する。
「か、勘違いするな! 俺は別に気持ちよくなど…」
「別に意地を張るところじゃないでしょそこは」
全く本当に猗窩座殿は面白いなぁとからから笑いながら童磨はコンソメスープをすする。飛行機の中で機内食を食べてきたのでお腹は空いていないので自分はこれで十分だがそう言えば猗窩座はどうなのだろうか?
「猗窩座殿、お腹空いてないかい?」
「俺は別に…」
ぐうううううううううう
空いていないと言おうとした主に対し、俺を無視するなと言わんばかりに腹の虫が咆哮のように鳴り響く。
「ははは、本当に猗窩座殿は素直じゃないなぁ♪」
「うるさい…、こんなもの寝てたらおさまる…」
童磨はああ言ってはいたが、これ以上彼に甘えることに気が引けた猗窩座は気まずそうに首を竦める。
「とはいっても俺も家を出るとき食糧を空っぽにしたからなぁ…」
そう言いながら童磨は空になったカップをシンクに片づけるついでに、収納棚をガサゴソと漁る。
「あ」
何か見つけたような声を上げた童磨はすぐにリビングへと戻ってきた。
「これ、何となーく猗窩座殿と食べようと思って買ってきたんだ」
童磨が持ってきたのは、日〇焼きそばゆーえふふぉーの濃い濃い濃厚ソース味だった。料理好きを自称する童磨にしてみれば何でこれを買おうと思い、購入したのか未だに納得する答えが出ず首を傾げているが、空腹を自覚していた猗窩座にとってはそれは些末な問題だった。
「…食っていいのか?」
「もちろんだとも! あ、でも俺はいいや」
良かったら猗窩座殿俺の分持っていくかい?と訊ねられたがそれは丁重に断った。暖房が壊れて宿を提供してくれただけではなく、食事も用意してくれただけで十分にありがたかったからだ。
「いい、それはお前用だろ?」
「そうだけども…」
こういう機会でもない限り食べないんだよなぁとぼやく童磨に、確かになと猗窩座は思う。普段自炊をものともしない男が非常食以外でこういったインスタント食品を買うこと自体が稀であり、本人も今日猗窩座が来るまでその存在を忘れていたのだから。
「じゃあ今度の休みにそれ持って俺の家に来い」
「んぇ?」
「…俺も買っておくから一緒に食おう」
宅飲みではなく宅食い(インスタント焼きそば)も悪くはないなという思いから提案した猗窩座の案は、童磨の満面の笑顔によって受け入れられた。
そんな童磨の笑みを見て猗窩座もまた満足そうに微笑むと、先ほどコンソメスープを作るのに使ったお湯を拝借するためにキッチンへと行き、電源が切れているケトルを持ち上げ、中身を取り出した焼きそばへお湯を注いでいく。

猗窩座にとって災難でしかなかった一日だが、この愛すべき悪友によって温かな日へと様変わりしていった。
その次の日も猗窩座の予想通りに全講義が休講となり、童磨の提案で新たにストーブを買うまでの間、彼の非常用のポータブルストーブを借りることになった。この間かなりの押し問答になったが、結局童磨の親友なんだから貸しだのなんだの関係ないよ! との言葉に言い含められた挙げ句、車でストーブと共に送ってもらう羽目になった。いくらなんでも親友の沽券に関わると判断した猗窩座が帰りに家に立ち寄らせ、早速宅食いを実践し、しっかりと借りを返すように家へと泊まらせた。
余談だがこの二日間がきっかけとなり、二人の関係が少しずつ更に発展していくことになるが、それはまた別の話である。

 

作中に出てくる濃い濃いゆーえふふぉー焼きそばは、例のコレです。
余談ですがコレ、うちの近所のスーパーやコンビニでは影も形も見なかったんですよね。毎日何度も足を運んでいたのにもかかわらず。何で?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です