月と猗窩童 - 2/2

月が綺麗な夜だから

「月が綺麗だな」
不意にコンビニ帰りの帰り道、猗窩座殿が夜空を見上げながらそう言った。
俺もつられて見上げると、確かに月がぽかりと浮かんでいる。
今日は中秋の名月であり、一年の中で最も美しい月が見られる日だ。
かつて感情の薄かった自分でも、この日に見上げる月は綺麗だなと感じていた。月を愛でる習慣は古くからあり、豊作祈願や月見の宴が催されてきた。
最も俺が綺麗だと思っていたのは月であり、そこにかこつけて騒ぎ立てたり祈りを捧げたりといった気持ちは理解できなかった。
なぜなら天候は人間がどうこうできるものではないし、宴にしてもそれが月自身に届くわけでもない。
ただ季節が移り替わるのではなく、そこに意味や美しさを見出して楽しむことができるというのは古来から受け継がれた美点なのだろう。
理解できるか否かは別として。

だから…、猗窩座殿が不意に呟いたその言葉も、どう受け取っていいのか一瞬わからなかった。

今や紙幣となったかの有名な文豪が、”愛しています”を直訳的に訳すことを良しとせず、せめてこのくらいに留めておけというのが発端となったといわれる定番の口説き文句。
なぜ直接的に伝えるのがいけないことなのか。耳が痛い一言や痛いところを突く正論はともかく、自分を想う人間から伝えられる愛の言葉は変にぼかさずに伝えていけばいいのに。
受け取った方も悪い気はしない、言った方も想いを伝えられてすっきりする。それの何がいけないのか。かつての俺はそう考えていた。

「え、と…」

いつの間にか隣にいる猗窩座殿の足は止まっていて、俺も思わず足を止めてしまう。夜空を見上げていたはずの月のような色と形をした瞳がまっすぐにこちらを見つめていた。

「…あの……」

答えを急かそうとはしないでただただじっと待つ猗窩座殿。話すのが好きだという彼と話していると心が温まるし、もっともっと仲良くしたいと思う。身体の関係だって結んでいるから、きっと彼の望む言葉はあれだろうと察しが着く。

だけど…。

「ごめん、猗窩座殿」

俺の言葉に、目の前にいる猗窩座殿の”月”が一瞬大きく見開くのが分かる。
だから俺は、そっと猗窩座殿の手を取ってまっすぐに彼の瞳を見つめながら言葉を紡いでいく。

「今の俺は…例えそうでも、”死んでもいい”だなんて言いたくないんだ…、だから、”これからもずっと、あなたと一緒に月を見たい”…これじゃダメかな?」

精一杯、自分の中にある気持ちを言葉にしようとしてもきっと半分も声に出て伝えられていない。

こんな気持ち、初めてなんだ。
猗窩座殿とずっと一緒にいたい。
もう二度と置いて逝かれたくない。
あなたが笑う顔も怒る顔も泣く顔もちゃんと受け止めたい。
──…あなたの心を、理解したい。

ああ、この心が全部余すところなく伝えられたらいいのに。
猗窩座殿と暮らして身も心も結ばれて、幸せになってそれでおしまいなのかなって思ってたのに。

もどかしくてたまらない、切ない、伝えきれない。
そんな気持ちがあるなんて知らなかったんだ。

あなたに、もう一度会うまでは───…。

「上出来だ」

する、と猗窩座殿のゴツリとした指先が俺の頬を撫ぜる。

「俺だってお前に死んでほしくなんかない」

そう言って、穏やかに、笑う顔。
途端に心の中にふわりと広がっていくのは、温かくて甘くて柔らかい、それでいて泣きたくなるような感覚。

こんな感情、直接的な言葉にできるわけがない。

「馬鹿、泣く奴があるか…!」
「泣かせて、きたのは猗窩座殿だよ…っ!」

本格的に涙が止まらなくなった俺の手を、慌てたように引っ張って早足で歩いていく猗窩座殿。
まだほんの少しだけ家まで遠い距離だから、きっとその時までに泣きやんだらいいなとは思ってたんだけど、連れ込まれたのはすぐ脇にある路地裏で。

「もう少しだから、家まで我慢しろ」

そう言われて、涙に濡れた目尻を唇で塞がれる。
驚いて息を飲んだ瞬間、確かに涙は止まっていた。

「よし、止まったな」

そう言って再び手を引っ張られながら先ほどよりも足早に帰路に着く猗窩座殿の後を歩きながら、今度はドクドクと心臓が脈打ってきて、頬が熱くなっていく。

きっと家に戻るなり、俺は彼に抱かれるのだろう。
四季など関係なく、これから先もずっと、愛で合いたいと想える、過去に手が届かなかった彼の二つの”月”に、余すところなく見つめられながら。

 

BGM:月花(陰陽座)

十五夜の日オムニバス。一話目が座殿なりの口説き文句、二話目がどまさんなりの解釈での有名な告白の返し方のお話です。
二人心を通わせた現在ならもう座殿がグイグイ来ると思いますし、感情を得たどまさんなら死んでもいいとは言えずずっと一緒にいたいということを直接伝えるのではないかなと思います。
ちなみに没展開で三つ目の話を裏で考えていました(^_^;)
内容的には窓の月(要ググる先生)で励んでいる猗窩童から始まり、うっかりどまさんがピロートークで「月といえばさ黒死牟殿って今何してるんだろうね」みたいなことを言っちゃって、座殿が嫉妬の呼吸を繰り出して…といった感じのですww
ちなみにその黒死牟殿はどまさんの右隣の部屋で双子の弟さんと一緒に暮らしており(実は巌縁も好きなので)、どまさんを抱き潰して頭を冷やすためにベランダに出た座殿が、月が綺麗だとベランダに出てきた縁壱さんを見て宇宙猫を召喚し、更にその奥から黒死牟殿こと巌勝さんが出てきて更に宇宙猫が増えた…という感じで考えてました\(^0^)/

もっと言えばどまさんの住んでいるマンションはしっかり防音が整っているので夜の声は無問題です。

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