「あ、猗窩座どの!」
今日も今日とて男女に囲まれている童磨が俺の顔を見て嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ごめん! 俺、猗窩座殿と一緒に帰るからまたね」
「うん、またねー♡」
「ばいばーい♡」
ハートマークを飛ばしながら快く(?)俺と童磨を送り出してくれる女子生徒はなかなか可愛らしいし、男子生徒たちも「氷雨は頼田にべったりだなー」なんて笑いながら茶々を入れてくる。
そう言われるたび、俺のこめかみにつきりと痛みが走る。
「猗窩座どの?」
「あ、ああ、すまん。それよりお前、あっちは放っておいていいのか?」
「え? あの人たち?? うん、別にいいよ。だってあっちはクラスメイトの人たちで猗窩座殿は俺の友人だろう?」
”友人”
口癖のように童磨は俺を称する。そう、まるで”あの頃”のように。
かつて俺と童磨は人ならざるものであった。その頃の俺は童磨に対し、自身の過去と弱さを認められないがゆえの”呪い”に罹っている状態だった。
俺を気にかけてくれる強き者は俺を置いて逝ってしまう。俺よりも弱者だった童磨はその奇才さからかあっという間に俺の序列を抜いていった。
俺が弐であいつが無名の鬼の頃は顔を合わせる機会などない。だが徐々にのし上がってくるたびに近づいてくるあいつに、俺は言いようのない嫌悪感と不快感を覚えていた。
いよいよそれは童磨が俺の序列を超えたことでピークになった。虫けらにも劣る弱者の鬼にこの俺が抜かされた言いようのない不快感だとその時は信じて疑わなかった。打ちのめしても打ちのめしても近づいてきてはこいつに話しかけられるたび、言葉を交わすことすら虫唾が走るという状態で、俺は何度も何度もこいつに手を上げ続けてきた。
なのにこいつはそれすらも友情の証かのように懲りずに近づいてきた。それどころか俺からの仕打ちを戯れだと、こうして仲良くなっていくものだと言い切り、そのたびに俺は、武を極め続けんとする者にあるまじき狭量さを突き付けられていた。自身の中にある弱さを見ずに蚊蝿を叩き潰すかのようにコイツに手を上げ続けてきた俺は、童磨なりの親交を踏みにじっていたのも同然だった。
呪いが解けたのは死後、地獄にて。
首だけになって堕ちてきたこいつを見て、呪いが解けた俺は生まれて初めてコイツと親しくなりたいと思い、親友になろうと提案した。そして生まれ変わったら今度こそ親交を深めようと約束をして、地獄で罪を償い生まれ変わった。
だが物事はそうそう自分に都合よくは回らない。
生まれ変わった現生で奇跡的に再会は果たしたものの、俺にはその頃の記憶があるのにコイツは一切合切持っていなかった。
だがその代わりなのかは定かではないが、”昔”に感じていたうさん臭さは一切感じない。その証拠に空気の読めない発言はぐんと減っていた。最も、それすらも俺には違和感を覚える要因でしかないのだが。
「猗窩座どの、本当にどうしたの?」
今生でも俺より上背のある童磨が、俯いてしまった俺を覗き込んでくる。
「いや、何でもない」
目頭が熱くなる。何でお前は記憶がないのに、俺に捕われっぱなしなんだ。
大体俺と出会った第一声が『俺たちどこかで会っているよね』だった。俺以外の男だったら勘違い必須の台詞だぞ。というかコミュニケーション能力高すぎだろう。本当に何なんだお前は。
この気持ちが友情ではないことを自覚したのはもうずいぶん前のこと。
だがこれ以上は望むまい。望めない。
距離を詰めたがっていたお前の気持ちを踏みにじり、唾を吐きかけていたこの俺が、どうしてお前を好いているだなんて言えるだろう。
死後、親友になろうと提案したのだって、俺と仲良くしたがっていた、俺からの暴力を黙って受け止めていた、お前の大らかさにつけ入ったことに他ならないのに。
「何でもないようには見えないぜ? 今日は遊びに行かないでまっすぐ帰った方がいいよ」
心底心配してくれているのが分かる。
その優しさが俺に向けられているだけでもう十分だ。
「…童磨」
「何だい?猗窩座殿」
「…ありがとうな」
俺を友人だと言ってくれて。
友人の枠の中に、どうしようもなくお前を疎んでいた俺を変わらず選んでくれて。
最寄り駅に着き、別れる間際に童磨に礼を述べれば、一瞬きょとんとした顔を見せてまた笑顔になる。
「へ? ああ! いいよいいよ。遊びに行くのはまた今度にして、ゆっくり休んでくれ」
真意は少し曲解されて伝わったが、それで俺は十分だ。
そんな童磨を俺は心から愛している。お前でなければもうダメなんだ。
恋人にはなれなくとも、せめて一生付き合っていける親しい友人の立ち位置を今生では守り続けると改めて固く誓いながらも、じくじくと胸の中に住まう切なさをやり過ごすため、俺は小さくため息を吐いた。
BGM:蛍(鬼束ちひろ)
どまさんからの好感度が高いので友情は築けても、恋仲に発展するのは座殿が頑張らなければ関係はこれ以上は好転しないというのも猗窩童の魅力だと思います♪
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