「あかざどのー! 聞いておくれよ―――!!」
LONEでメッセージを送るでもなくいきなり電話をかけてくる馬鹿もとい童磨はこちらの挨拶もそこそこに泣きついてきて、またフラれてしまったーーー!とおいおいと電話口で泣きじゃくっている。
もうお決まりのルーティンと化した俺は、隠す気もない馬鹿でかい溜息を吐きながら、そうか、で? 今から来るのか?とだけ尋ねる。
「行く…、お話聞いて慰めてくれる猗窩座殿…」
そんなしおらしい言葉を吐いているがお前今何時か分かってるのか? と尋ねると、日付が変わる一時間前という答えが返ってくる。
分かってんなら電話をするなと突っぱねることも可能だったが、何だかんだで見捨てられないのは俺がこいつの親友だからであり、持ちつ持たれつの関係だからだ。とりあえず俺は酒とつまみは明日の胃袋に響かない物を買って来いとだけ言い置いて電話を切った。
「……お前バカだろう」
「ううっ…!」
数分後にそこそこの酒とつまみ(枝豆と豆腐ともずくと鶏ささみとするめ)を土産に持ってきた童磨を部屋に上げてリビングのローテーブルに酒を並べて今回のやけ酒の原因になった失恋話のいきさつを聞き終えて出てきた感想がこれだった。
童磨は顔は良いが相手の裏を探るということが圧倒的に苦手であり、例えば女の言う『今日はうちに誰もいないの…』という言葉に対し『そうなんだ、戸締りはしっかりしてお休みね』と返し、そのまま左頬に真っ赤な紅葉を咲かせて二度と来るなと締め出されると言うのは学生の頃は日常茶飯事だった。
なのでその度に俺は女の言うことは疑ってかかれと口を酸っぱくして言ってきた。元々人の好い性格をしている童磨からしてみればこういう恋の駆け引きという奴は苦手の部類に入るのが理由だ。それでも自頭は良い方なので色々と恋愛関係の心理描写を書かれた書籍やネット記事を読み漁り、学生時代に比べればそう言ったことで躓くことは少なくなったものの、やはりマニュアル以外の事になると途端にポンコツになってしまうようだった。
ちなみに今回フラれた原因は、仕事の関係で童磨は北の政令指定都市に行くことになったのだが、その際交際していた女から「折角だから北の大地にしか売っていない物を買ってきて! デパートの物産展とかにあるようなのはお土産物屋さんに売っていない、レアものをお願い♡」と言われて買ってきたのが、北国を代表する政令指定都市の20Lゴミ袋だったというのだからもう目も当てられないし、大馬鹿だと思う俺は決して間違っていない。
これで君の部屋も綺麗になるよねと、若干散らかり気味の部屋だったらしい女に向かってマントル単位の墓穴を掘った童磨が貰ったのは、往復ビンタと突っ返された20Lゴミ袋であり、そのまま俺に電話をかけそしてこの足でうちに来たというわけだ。
「なんでどうして…? これだってある意味地域特産品とも言えるじゃないかあ…」
グダグダぐずぐず泣きながら立てた膝に頭を付けて童磨はぶつぶつと呟いている。
「特産品にもほどがあるだろ馬鹿童磨。食えるものならまだしもこんなインテリアにもならないゴミ同然のゴミ袋を贈ってどうするんだ」
自治体によって違うんだからと吐き捨てて発泡酒を煽る。
「それはそうだけどさあ、それでも単純にインナーゴミ袋として使ってその上から自治体のごみ袋をかぶせて使えばいいじゃないか! それにゴミ袋じゃなくても着ない洋服とかしまう風呂敷代わりにしたって良いんだし!!」
ぶわり、と虹色の瞳に涙をためながら顔をあげた童磨は普段の華やかな色男ぶりが台無しだ。つうかコイツ本当に女心って奴が分かってない。
女の言う何でもいいが何でもいいわけがない。奴らはこぞってちょっとお高めで贅沢な嗜好品を土産物として期待しているのだ。なのに女の言うことを真に受け取りその裏まで読み取れず、使い道もあって観賞用としても使えるがよりによって指定ゴミ袋をチョイスしたコイツのセンスに付き合える女なんかいるのかと、俺は発泡酒を飲み終えた頭でそんなことを考えた。
「…なあ」
「なんだい?」
どうにか落ち着いたのか気を取り直してつまみの枝豆を口に放り込む童磨の前で元凶であるゴミ袋を手に取る。
「これ、貰ってもいいか?」
「え?」
「自分で言っておいてなんだが、シーズンオフの服とか小物とかしまうのに便利そうだなと思った」
「あ、あー、貰ってくれるなら俺としてもありがたい、けど…」
「?」
「…猗窩座殿、そんなにお洋服も小物も持ってないのに、いいの?」
…はた、とその時俺は気づいた。コイツの言う通り俺はそんなに物を持たない主義だし、こまめに掃除もしているので散らかりようがない。よしんば今夜の飲み会で出たごみをこのゴミ袋を使って捨てるにしても、20Lはいくら何でも大きすぎるし勿体ない。
「…別にいい。もし持て余すようなら狛治たちにスライドさせるし」
「あ、そうか。狛治殿と恋雪ちゃん、結婚したんだもんね」
「ああ、二人で暮らすとなると何かと入用だし、自治体は違えど俺よりは色々と役に立たせるだろう」
悪いな折角もらった物なのにと一応礼儀として詫びを入れれば、ううん、貰ってくれて嬉しいよと笑う童磨の顔を見ながら、もういっそ俺が目を離さなければ良いのではないかと思ってしまい、はた、と思考が止まる。
────…俺は今何を考えていた?
コイツの失恋のやけ酒に付き合って酔っていたからといって浮かぶ考えではない。だがしかし圧倒的に女心が分かっていないコイツと付き合える女が出て来るとは思えない。きっと私なら分かってあげるとか言いつつ麗しい見た目に騙されてホイホイ告白して、コイツはコイツでいいよいいよお付き合いしようなんて言いながら付き合って、結局また頬に紅葉をこさえて俺に泣きついて来る。時々鬱陶しいとは感じていてもそんな未来がずっとずっと続けばいいのにと思っている自分に気づいて俺は頭を抱えてうずくまった。
「あの、猗窩座殿…?」
向かいに座っているはずの童磨の声が遠くから聞こえてくる。違うこれは酔っているからで俺も最近色々立て込んでいて疲れていた。だからそんな訳の分からないことが頭に浮かぶんだ。しかしこれ以上コイツのうざったいやけ酒と泣き言に耳を傾けるのも付き合うのも色々面倒くさいのも否めない。ならいっそのこと…。
「大丈夫? もうお開きにする??」
ふわりと近づいてきた童磨から漂うのは花のように甘い香り。散々酒をかっくらっていたはずなのに、酒臭さよりも先にこんなにいい匂いがするとかどういうことなんだけしからん。
酒でゆるゆるになっていた俺の理性の糸がその匂いで切れかけそうになるも、顔をあげた先に映るこいつの困ったような心配する表情を見て俺は我に返った。
コイツの信頼を裏切る真似はできない。コイツは親友として俺を頼ってくれているのに。
一時の思い付きに衝動的になってこいつを傷つけるようなことは、〝昔〟だけで充分だ。
「ああ、悪いがそうしてくれると、助かる」
「うん、いつも愚痴を聞いてくれてありがとうね」
「そう思うならお前も少しは女心を理解するようにしろ」
「う゛…っ!」
痛いところを突かれたと間抜けに変化する華やかな容貌を見るのもこれから先俺だけで良いのにという想いに必死に蓋をするように後片付けを開始する。
転がった酒の空き缶や瓶、つまみの枝豆の殻やその他出たゴミを片付けるために、台所に置いてあるゴミ袋を取ってこようと立ち上がる。
「…俺が女の子なら良かったのになぁ」
そんな童磨の呟きが耳に入った俺は、がばっと勢いよく後ろを振り返った。
「うわっ! え、何??」
多分その首の角度は130度ぐらいになっていたのだろう。飄々としている童磨の顔が驚きと言うかドン引いているように見えたし、俺も少し首を痛めたからだ。
「それはどういう意味でだ?」
「え、え?」
「お前が女ならよかったって言うのは」
「あ、聞こえちゃった」
ヘラりと笑う童磨を見れば、何の気もないまま口走ったことだというのは頭の隅っこで理解していたし、さっきまでの俺なら何を言っているんだと受け流すことだってできただろう。
だが、今の俺はその言葉をスルーできない。人の心はこうも簡単に持っていかれるものなのかと俺は内心で驚いている。
「…いや、俺が女の子ならさ。同性同士で色々とリサーチしたり出来るじゃん。女の子の言うイヤが本当にイヤなのかとか、どんなものを彼氏から欲しいとか」
「…そうか」
何だその理由はと思わず脱力しかける。俺はてっきりお前が俺と…という考えが頭に浮かぶもそれを振り切るように俺は今度こそキッチンへと足を運びゴミ袋を持ってきた。
俺も酔っている。そのせいだ。
今ならまだこんな感情は捨てることができると必死に自分に言い聞かせながら、ビール缶を片付けている童磨を見ないように、枝豆やつまみの殻を勢いよく指定ゴミ袋の中へと突っ込んでいった。
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