Please love call my name!

「猗窩座殿」
「何だ童磨殿?」
「……」
 昨日からずっと猗窩座はこの調子だ。しかも今まで見たことがないほどニコニコニコニコと嬉しそうに笑いながら彼は童磨の名前をこう呼ぶ。
 正確には二度目の上弦集結映画を見に行った後、自分たちを演じた中の人たちが集まるライブビューイングにて。猗窩座の中の人と黒死牟の中の人間が童磨の中の人を取り合うように「童磨殿」と呼び合う姿を見た時からである。
 先週のことがあったので童磨は内心気が気ではなかったのだが、そんな心配は杞憂だと言わんばかりに猗窩座はじっと画面を食い入るように見つめていた。自分のピークがかの無限列車で迎えていたという中の人の言葉にも非常に納得していたし、猗窩座が凹むよりはいいかなとその時の童磨はそう考えていたのだが…。
「…」
「あ、どうしたんだ童磨殿!」
 俺も行くからと朝食のトーストのお代わりを取りに行こうとする童磨の後を猗窩座はダイニングチェアから立ち上がり着いていく。
「いいよ、座っていて猗窩座殿…」
 そう言った時は遅かった。
「何だ、水臭いぞ童磨殿」
 ニコーっという擬音が聞こえてきそうなほど嬉しそうに名前を呼ぶ猗窩座に、童磨はずっと調子を狂わされっぱなしだった。あの時の自分の楽観さにため息を吐く。どんな羞恥プレイなんだろうかこれはと自問自答しながら童磨はオーブントースターの中から綺麗に焦げ目がついたトーストを二枚取り出して皿に盛りつける。
「…猗窩座殿はバター? ママレード?? りんごジャム??」
「そうだな、俺はりんごジャムにするが童磨殿は??」
「~~~だからぁ!」
 それ、ちょっとだけ控えてもらえないかなと少しだけ鋭くした虹色の瞳と今生では8cm差になった猗窩座を見下ろして咎めようとするも、キラッキラに輝く向日葵色の瞳で見上げられればもはや何も言えなくなる。
「…いや、だったか…?」
 それが猗窩座の手の打ちだということが分かっているのに、俺に名前を呼ばれるのが嫌だったのかと叱られた子犬のような表情をするのもいけない。
「~~~~~~~~~っ!」
(ほんっとうにずるいんだからなぁこの人)
「…嫌なわけないじゃないか……」
 なんで俺、こんなに今顔が熱いんだろう。この人が〝昔〟先に逝った時も、悲しまなければならないと涙を流すことはできても怒りで頬が紅潮したことも顔から血の気が引いたこともなかったのに、まるでコントロールが効かないなんて…。
「本当か? 今更遅いって思っていないか?」
「思ってないって…」
「じゃあ童磨殿ってそのまま呼んでいいか?」
 その問いかけに童磨は腹を括り、焼き上がったトーストにりんごジャムとママレードを塗ってそれぞれの皿に置いた後、猗窩座の両肩に手を置いた。
「童磨殿?」
「猗窩座殿、俺はね。あなたが俺の名前を〝昔〟の分までそのまま呼んでくれるだけで本当に本当に嬉しいんだよ」
「っ…」
 真っすぐに向けられる虹色の瞳に、今度は猗窩座の頬がかぁっと熱くなる。それは怒りなどでは勿論なく、愛する童磨から真っすぐに伝えられる気持ちに触れた正直な反応だった。
 童磨殿とそう呼ぶ機会はいくらでもあった。だがそう呼べなかったのは、此奴に近づくことも出来なかった自己の呪縛に起因する…というわけではない。猗窩座は基本、鬼の始祖以外は名前をほとんど呼んでいなかった。長い付き合いであった上弦の壱こと黒死牟に対しても『上弦の壱』という序列名そのままだったし、何ならお前呼びでタメ口だった。今にして考えればよくもまあ序列関係が厳しいあの体制の中で見逃してもらえていたものだ。それは所謂『馬鹿な奴ほど可愛い』というお情けの上に成り立っていたのだろう。本当に〝昔〟の自分はどれだけ愚かだったのか、今更ながらに恥ずかしさと情けなさがこみあげて来る。
「猗窩座殿…。そんな顔、しないで」
「ああ…いや、すまん」
 先程の浮かれポンチ具合が嘘のように、〝昔〟のことを思い返せば思い返すほど自身の未熟さに思い至り穴を掘ってその身ごと沈めたくなる。だがそんなことをしたところで今は自分を心から好いていてくれている童磨を悲しませるだけにしかならない。どんなに恥ずかしくても身悶えしたくても記憶を携えて生まれてきて童磨と結ばれた以上、苦すぎる過去はとことん向き合って飲み干していく。その覚悟はとっくにできている、はずだ。
「俺はね、猗窩座殿…」
 童磨の瞳が柔らかな朝日のような眼差しを湛えている。咎めているわけでは決してないのは見て取れる。
「…殿呼びが嫌、とかじゃない。断じて今更遅い、とか思ってなんかいない。何なら…、ちょっと気恥しいけどもあなたが気が済むまであだ名で呼んでくれたってかまわないくらい、俺の名前を呼んでくれることがただただ嬉しい」
「~~ッ!」
 かつて250名の信者の前で説法をしていただけあって、童磨の言葉には力がある。救いを求める人間に救済を、赦しを、安らぎを、癒しを。心がからっぽであっても悩める不幸な人々を救うために生まれてきたという気持ちは本物であり、実際にその通りに生きてきた彼によって救われた人間は数知れないのだろう。それが疑いようもない事実であるのは、今ここに居る自分をまっすぐに見つめて懸命に紡ぐ言葉の熱量の端々から感じられる。
「ただね、俺としては…、〝昔〟、あなたが呼んでくれた呼び名でたくさん呼んでくれた方が嬉しいなぁって…っ」
 名前も呼べないくらいに忌避していた自分が、必要に駆られて渋々呼んでいた字。それだけでも童磨は自分を親友だと言い、何度も何度も親密になりたいからと猗窩座の名前を呼んでいたのだ。それに返せるだけの強さも甲斐性もあの頃の自分にはなかったが、今は違う。先述したが過去は過去として清濁併せ吞む覚悟を決めた猗窩座がいじらしい恋人の身体をたまらずにかき抱いた。
「童磨…」
「うん…」
「俺の童磨…」
「…もっと…」
 折角焼いてトッピングまでしたトーストが冷めていくのが分かる。だけども今はこの胸のうちに宿り、ゆるやかに湧き上がっていく温かな愛情を確かめ合うのが大事だと、猗窩座は少し背を伸ばし、恋人の耳元でそっと名前を囁きかけ続ける。
「…愛してる、童磨…殿」
「ッ、~~~! いきなりはずるいよ猗窩座殿ぉ…」
「はは、ホントお前、可愛いよな」
「むぅぅ~~」
 そっと身体を離して悪戯っ子のように見上げて来る猗窩座に童磨はむくれるように軽く唇を突き出す。そんな仕草すら愛しくて可愛くて仕方がない猗窩座は彼の名前を愛しく呼んでいた唇をそっと薄く柔らかな唇と重ね合わせた。

 幸せそのものと言った様子でキスを受け入れてくれた童磨の顔があまりにも綺麗でたまらなくなり、もっともっと彼が望むように(そして時々殿呼びも重ねながら)名前を呼び続けた二人の胃袋に、りんごジャムとママレードが塗られたトーストが入るのはそれから小半時後のことであった。

現パロでは座殿を呼び捨てにするのは気恥ずかしいなと思っているどまさんですが、逆に座殿から敬称を付けて呼ばれるのも同じくらい気恥ずかしかったら可愛いし、名前を呼んでくれるだけでいいと思っていたら尊いです。 名前を呼びながらいちゃついているだけの猗窩童はどんだけ書いても美味しいし厭きることはありません♡

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