桜陽向 - 2/2

 先程のLINEに送付されていた待ち合わせ場所の近くにある目印を頼りに俺は桜並木と人混みを縫って歩いていく。〝昔〟の能力である闘気を察知する羅針は使えないが、それでもその名残なのか難なく探し物や探し人を見つけられる。
 花見会場である公園はどこもかしこも当たり前なのだが我が一番と言わんばかりに桜が咲き誇っている。そんな中で、童磨が俺と一緒に桜が綺麗だという気持ちを共有したくて取った場所一帯は本当に美しく、藍色の夜空を薄紅でけぶらせる光景が広がっていた。
 そんな中で童磨は桜の幹に身体を寄りかからせてぼんやりと虚空を見つめていた。〝昔〟より短い白橡の髪を三つ編みにし、虹色の瞳をそっと閉じ、小さく俯く姿を目の当たりにした俺は、足早に歩を進める。

 俯くその刹那、童磨の唇が象った言の葉とその声は、確かに俺の目と耳に届いていた。

……かざ殿


「っ、おい、童磨」

 平静を、装えただろうか?
 こんなにも愛しくて、愛しすぎて、たまらないものが、俺の名前を呼び、待ち侘びていた事実を前にして、どうにかならない方がどうかしているのだと。
 閉じていた瞳がゆるゆると開かれて俺を映すや否や、童磨の虹色の瞳がほんの少しだけ驚きに見開かれている。何だ? 俺はまた何かやらかしたのか??
「また、お前は無防備に…」
 まるで頭上に咲き誇る桜が結界になったかのようにここだけ聖域のように感じる。〝昔〟は聖なるものとはお互い程遠い存在だったのに。
 白橡の髪にくっついている桜の花びらを取ってやろうという名目でそっと手を伸ばすも、未だに童磨はぼんやりとしたままだ。
「? どうした?」
「えっ…いや…」
 歯切れの悪い言葉が返ってくる。春とは言えども夜風が冷たく感じる時期である。俺も人のことは言えないが、童磨は薄手のインナーとジャケットしか持っていないのだから待たせている間に具合を悪くさせてしまったかと思い当たるも、童磨は慌てて普通に元気だと言い募ってきた。
「…ならいいけど」
 両頬に手を添えてコツリと額を打ち付けて本当に熱がないのか確かめてやる。何故かそこかしこから黄ばんた汚い高低音が聞こえてきたが酔っぱらいの断末魔なのだろうと俺は無視を決め込み、童磨が平熱であることを確認しご所望の物を手渡した。
「ほら、フランクフルト。冷める前に食うだろ?」
「!」
 するとたちまち子供のようにパッと明るい顔になる。先程のどこかアンニュイな顔も悪くはないが、俺はやはりこんな風に無邪気に笑いかけてくれる顔が一番好きだ。童磨そのものがナンバーワンだということは前提にして当たり前であるが。
「わ~~~~~!! すごいいっぱい! ありがとー猗窩座殿♡♡♡」
 レジャーシートの上に座りながら3種類2本ずつ豪華~~♪とはしゃぎながらビニルの中身を開いていく童磨の表情は、〝昔〟は見ることが出来なかったそれだ。

 自己にかけられた呪いと鬼の始祖から施された同族嫌悪の呪いが解けて、新たに童磨への恋心を自覚して、彼が受け止めてくれてから見る表情はどれもこれもが新鮮で、見る度に恋に落ちてしまう。


「…いいけどお前、俺の方だけ向いて食えよ」
「? うん? なんで?」
「なんでもだ!!」
「???」

 儚くも美しい表情もこんな風に無邪気に喜ぶ表情も、俺を翻弄する際どい食い方も、有象無象の奴らに見せたくはない。
 案の定『んー、どれもおいし~~~♡」と満面の笑顔で両方にフランクフルトを持ち片方をむぐむぐ食う姿は大層愛らしくもあるのだが、あらぬところが元気になりそうで懸命に見ぬ努力をするしかない。ここが人気のない場所であるならそのまま激しく求めてしまう程に破壊力があり過ぎるのだ。
「…ケチャップついてるぞ…」
「あはは、ありがとう♪」
 赤らむ頬と湧き上がる情欲を必死に押さえつけながら俺は童磨の唇の端に付いたケチャップを拭う。と、同時、童磨の唇が俺の指先をそっと咥えこみ、ニッコリと笑った幸せそうな童磨に釣られて、俺も知らず笑みを浮かべていた。

 なあ、童磨。
 〝昔〟に比べれば、今の俺たちの一生なんぞこの桜の花のように儚いものなのだろうけども。
 その一瞬を疎かにすることなく、俺はお前の傍で共に咲き誇っていたい。


「ね、また桜一緒に見ようね」
「おう、もちろんだ」


 夜の桜だけじゃない、昼間の桜も、散り行く桜も、その次の年もそのまた次の年も、ずっと、未来永劫に。

 こうして笑ってくれる、お前の笑顔が絶え間なく続くように、俺はいついかなる時もお前を愛し抜くという誓う。

 そう、この身体があの時と同じように朽ちようとも、俺はまた必ずお前と出会う。〝昔〟、死した後に訪れた邂逅のように。


 はらはらと舞う桜の花びらと幽玄なる美しさに互いに攫われ、惑わされることなどないように、俺はしっかりと隣にいる童磨の手を繋ぐと、彼もまたぎゅっと心地よい力で握り返してくれた。

 

 

BGM:ヒナタ(彩冷える)

所々漫画とリンクする形で猗窩座の童磨への想いを余すところなく書けてやっぱり猗窩童が好きだなって思いました♪
本当に素敵な漫画を読めて幸せです!改めてありがとうございましたS様!!

 

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