そろそろ日も短くなりかけてきた夏の終わりのある日の放課後。
空手部の練習を終えた一年生である猗窩座は、二年生の教室がある棟の廊下を歩いていた。
何故、一年生である猗窩座が二年生の教室に用があるかというと、ただ単純に呼び出されたからである。
”いいものを見せてあげるから、18時に教室に来て♡”という幼馴染からのLINEによって。
(何だ?改まって…)
そのLINEが来た際、周囲に他の部員が居たためしかめっ面でため息を吐いてごまかすしかなかったが、実は内心ドキドキしていた。
そんな胸の高ぶりを抱えたまま目的地までやってきた猗窩座は、一度大きく息を吐く。
同じ学校に通う一学年上の幼馴染…童磨の関係は、ここ数年、猗窩座の中で徐々に変質していった。
虹色の瞳、白橡の髪、整った顔立ちで初めてであったときは天女か妖精かと思った。
だが悪気なくずけずけと人を煽る物言いやスキンシップの激しさが原因で、シャイボーイだった幼い猗窩座によるぶった叩いた蹴り飛ばした等のアクシデントが後を絶たなかった。
だが、どんなに猗窩座にひどい目に合わされても童磨は彼について回っており、どんどん時を重ねていくにつれ猗窩座も徐々に童磨の扱いに慣れ、気が付けばこの年まで一緒にいた。
たまにムカつくけども居なければいないで寂しく感じる腐れ縁。そんな間柄のはずだった。
(気取られるな)
己と童磨は単なる幼馴染なのだ。気まずくなって今までの関係性が失われることは何よりも耐え難いことだ。
だがそんな関係もいつかは均衡が崩れてしまうのだろうか。
そんな思いを振り切るように猗窩座は教室の扉に手をかける。
「おい、童…」
彼の名前を呼びながら、表向きは何の用だという体でがらりと教室のドアを開けた猗窩座の口から、ま、と続くはずだった言葉は瞬時に呑み込まれた。
「あ、猗窩座殿ー♡」
二年生の教室で何の臆面もなくウエディングドレスを着ている、想い人であり幼馴染の姿。何を言ってるのかわからねーと思うが割愛。不意打ちにもほどがある反則技を食らった純情少年である猗窩座の心境は如何許りか。そこは推して知るべくところである。
何でそんな格好してるんだ!?え、文化祭?エイプリルフール??え?えぇええ!?!?!?
「お、氷雨くんの旦那が来たか!」
「じゃあしょうがないね、これでお開きだ」
一瞬意識が飛んで固まっていた猗窩座の耳に届いたのは、聞き覚えのない男2人の声。よくよく見ると彼らの手元には鉛筆が握られており、すでにディティールまで書きこまれたスケッチブックもそこにあった。
「あの、これは一体…?」
オイ貴様ら、俺の童磨に何してくれてんだありがとうございます!!と言った複雑な男心を飲み込みながら猗窩座は、曲がりなりにも先輩である彼らにこの状況は何事であるのかを端的に尋ねることにした。
「いやね、美術部の秋のコンクールも近いから、モデルを氷雨君に頼んだんだよ」
「それでね、インスピレーションを高めるために、家で在庫処分をするはずだったウエディングドレスを持ってきて着てもらったんだけど、すごいね!もうドバドバ噴水のごとく昂ってきて!!」
「まさにミューズのごとくの存在感!ああホント生きているうちにこのような奇跡に巡り合えるとは神よ!感謝いたします!!」
興奮に興奮を重ねた状態の男二人が熱く語る傍らで、わードン引き―☆と言った風に童磨が眺めていたことを猗窩座はバッチリと見ていた。
「おい、もしかして見せたかったものって…」
「そう! 猗窩座殿に是非見てもらいたかったんだー♪」
似合うだろ?と言いながら、童磨は真っ白なエンパイアラインのドレス姿でその場でくるくる回り始めた。
似合うどころの話ではない。
流石にヴェールまでは被っていなかったものの、白橡の髪には白蓮がティアラのように列なって挿し込まれている。
何の変哲もない夕日が差し込みかけている教室の中、清純な色と花に包み込まれたこの幼馴染は控えめに言って精霊のようだと猗窩座は思った。
「じゃあまた明日もよろしくね氷雨君」
「うん、またねー」
「旦那様と仲良くねー」
「ふふ♡ありがと」
そう言って二人の美術部員はてきぱきと後片付けを終えて帰っていったが、その中でふと気になる言葉があったことに猗窩座は思い至った。
「…おい」
「んー?」
「なんだ、旦那様って?」
先ほどは目の前の童磨の姿の衝撃に聞き流してしまったが、帰りしなに男子生徒がかけていった言葉に猗窩座は鋭く反応した。
「まさかお前…っ!」
ぎゅ、と強くロングオーガンジーグローブに包まれた腕を掴まれた童磨は、痛みに顔をしかめるが、それも一瞬のこと。
ニコーッと満面の笑みを浮かべながら、今にも息絶えそうなほどに瀕死の表情を見せている猗窩座の首に両手を回しそのまま抱き着いた。
「んなっ……!?」
強くつかんだはずの腕を反射的に離してしまう。
「ねぇ、猗窩座殿…」
すり、すりとまるで猫が頬をこすりつけるかの如くすり寄ってくる童磨をどうしたらいいのかわからない。
旦那様、その言葉に童磨に俺以外にそばに寄り添う者ができたのかと目の前が赤く染まるほどの感情を覚えたのに、幼馴染という関係が崩れるくらいなら想いを胸に秘めると決めた相手が抱き着いてきて、抱きしめ返せる距離にいるのに。
「…俺、もう、猗窩座殿の幼馴染だけじゃ満足できないよ?」
「~~っ!おま、え…!?」
気づいていたのか?いつから?お前も俺のことを?
そんな気持ちが綯交ぜになって言葉が出ない猗窩座の唇に、小さく童磨の唇が触れる。
10㎝前後の身長差があり、見下ろされる形で口づけをされたのは普段なら憤るところだが、今の猗窩座にはどうでもいいことだった。
まるで果実の様に甘く柔らかい感触。それもずっと想っていた相手からのそれに、知らず頬が熱くなっていく。
「…なあ」
「ん?」
「…冗談、とかじゃないよな?」
らしくない、ああ本当にらしくない。期待したいのに、ほかならぬ童磨から差し伸べられた手を取ってその幸福を享受したいのに。
俺は、まだ、”あの頃”のように弱いままなのか?
「…俺、何も思っていない人に対してこんな格好を見に来るように誘ったり、キスしたりなんかしないよ?」
「でもアイツらには…!」
「あれは、お願いだからモデルになってほしいって頼まれたからだよ! それに…この衣装を着たいってお願いしたのも俺からなんだ」
ここまで言ってもわからないのかなぁと少し唇を尖らせた童磨の顔は、平素とは違いほんのりと赤く染まっている。
白に反射する夕日の色と相まって、その姿は神々しくもありどこか儚かったが、その表情と頬の赤味が、彼が人であることを証明しているように猗窩座は思えた。
「…ねえ、”旦那様”」
「っ…!」
「”不束者ですがよろしくお願いいたします”…って俺らしくない台詞だけどさ」
───…俺と一緒に生きようぜ?
ニカーッと笑いながら伝えられたなんとも彼らしいプロポーズ。
矢も楯もたまらず童磨の身体を抱きしめ、教卓の上に押し倒しながら誓いの口づけを猗窩座が交わすのはそれから数秒後のことだった。
BGM:結婚ワルツ(DQ5)
スロットメーカーから
『教室で臆面もなくウエディングドレスを着る』
『放課後の教室でにやにやしながらプロポーズ』
の合体技の話です。
※コソコソ話
美術部男子は腐男子でもあり、童磨から猗窩座の極太矢印にも猗窩座から童磨の矢印にも気づいていました。
そして彼らが自分たちの二次創作をしていると知った童磨がモデルを頼まれた際に、お互いの利害一致にかこつけて交換条件として、実家が貸衣装屋であるモブ男Bにウエディングドレスを用意させました。
ちなみに腐男子たちは勢いあまって猗窩座のタキシードも用意しようとしましたが、二人の気持ちがまだ両片思いであることを汲みそこは空気を読んだ模様です。
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