身長差猗窩童こもごも話 - 4/5

その③※モブが猗窩童クラスタ注意

「なん、だと…?」

体重計と身長計が運び込まれた教室にて。わいわいがやとざわめく空間の中でぽつりとつぶやいた猗窩座の言葉は低く重く響き渡ったのと同時しんと静まり返った。

「おい、貴様…もう一度言え」
「え、えぇ…?」

学校指定のTシャツに短パン姿の猗窩座がいかにも真面目で気弱そうな男子生徒に詰め寄る姿を周囲は目撃しているが、あまりにも鬼気迫る彼の表情に誰もが近づけずにいた。
絡まれた男子生徒はひぃいとか細い悲鳴を上げながらそれでも聞かれたことをきちんと答えなければという使命感を優先し、今度はハッキリと二度と聞き返されることのないように、猗窩座の耳に届くようにはっきりとした声でこう言った。

「頼田くんの身長は176㎝です」

176㎝…176㎝…176㎝…。

この数字が頭の中に再び染み込むまで思わず宇宙と一体化しそうになった。もう一回言えと地を這う声と共に詰め寄った猗窩座に男子生徒は今度こそガチ泣きしながらやけくそのように176㎝ですってば!と絶叫した。

「っそうか…、そうか…!!」

そう言うや否や猗窩座は恐怖のあまりに涙をこぼしている保健委員の男子生徒の手を固く握るとブンブンと上下に揺さ振り、ありがとう!ありがとう!!と朗らかに礼を述べて、小躍りする勢いで疾風の如く去っていく。

何が何だか分からない。今期任命されたばかりの保健委員の男子は、嵐のように去っていった猗窩座の後姿を呆然と眺めながら、複数人のモブ男子たちに慰められたのだった。

「童磨!」
「やあやあ猗窩座殿。今日は身体測定だったんだろ?」

あれから速攻で体重・視力・聴力・モアレ検査を終えた猗窩座は休み時間を見計らって三年二組の童磨の教室に飛び込んでいった。ちなみに今日は二年生だけの身体測定であり三年生は後日に行われることになっている。
当たり前体操の如く上級生の教室に嬉しそうに飛び込んでくる猗窩座を見る目は非常に生温く穏やかなものである。彼らは同性同士ではあるもののこの学校では前世から結ばれているくらいアツアツでホットなベストカップルとして並ぶものないほど有名であり、なおかつ”せたひさ”勢がほとんどなのだ。なので猗窩座が入ってきた途端に推し事モードがオンになり、スマホのメモ帳アプリを起動させ目の前で起こる出来事を書きとめるべくクラスタたちはスタンバイする。ちなみに動画や画像の類は直接童磨によってがっつりと釘を刺された。ネット上に流出したら俺の猗窩座殿の人生の責任をどう取ってくれるの?デジタルタトゥーだろうがなんだろうが(これ以上)彼に背負わせたくないんだよ、ね? とどこか凄味のある童磨の笑みにこっそり動画を撮ってその手のサイトに買い取ってもらい小遣い稼ぎをしようとした阿保共は現在絶賛不登校中だ。

そんなこともあってかせたひさを愛でるのはあくまで文字とイラストとMMDのみという不文律がクラスタ内で共有され、彼・彼女たちが見守る中、猗窩座は童磨の正面から思いっきりハグをかます。

おぉ!というどよめきはすんでのところで飲み込んだせたひさクラスタの一部がこれにより悶絶の末脱落。そんな周囲を気にも留めず(いつものことだが)、つい先日までは童磨の豊満な胸の上に顎を乗せて話すのが丁度よかったのだが最近なんだかすわりが悪い原因について解明したのと今日判明した事実に猗窩座は嬉しさを隠さないまま報告した。

「身長! 伸びてた!!」
「えぇーっ!? 本当かい??」
「本当だ! 二度聞き返したし記載もしてある!」

ほら、とババンと健康診断書を突き付けてくると、確かに昨年よりも3㎝ほど伸びていることが分かる。
身長は一応30歳まで伸びるというデータがあるので、現時点で16歳の猗窩座が伸びてもおかしくはない。対する童磨の身長は181㎝/17歳であるためこれから先伸びる可能性はある。だが童磨は別に自分の身長に特に固執はしていないし、猗窩座の背が低いからといって特に何も思うことはない。

彼は強くてまっすぐで潔くて優しいしカッコいい。それにこういう風に腰をぎゅっと抱きしめられながら甘えてくる姿も純粋に可愛いのだ。”昔”を経て親友になって恋人同士へと関係を発展させて、ますます彼が好きだと思う。もちろんその身長もひっくるめてだ。

でも身長が伸びて喜ぶということはやっぱり気にしていたのかなぁと童磨はふと虹色の瞳を曇らせてしまう。

「…童磨?」

不意に翳った童磨の表情を見た猗窩座は怪訝そうな顔をする。そして身長が伸びたのだと喜んでいた自分があまりにも滑稽に思えてきてたちまちしょんぼりとした顔になる。
二人の間を不意に沈黙が走り抜けた。ここが極楽か楽園かと悶えていたせたひさクラスタも目ざとく空気を読んで押し黙る。

「ちょっと出ようか? この後は帰るだけだよね?」
「いいけど…お前、授業は?」
「何とかするから大丈夫♪」

そんな彼の表情の移り変わりを見た童磨は、これ以上はここではちょっと…ということもあり、彼の手を引いて教室から出た。悪いんだけど体調不良ってことでお願いできるかな?という童磨の頼みを『任せて!』という頼もしいせたひさクラスタたちの声援を背に受けながら。

果たしてやってきたのはエスケープするには持ってこいの屋上へ続く階段である。今日は保健室は二年生の健康診断で満員御礼のため使用はできないので妥当なところだ。

「…ごめんね猗窩座殿」
「何故謝る? 俺の方こそガキみたいにはしゃいでしまったな…すまん」

筏葛の髪もまた猗窩座の様子に合わせたようにしょんもりと項垂れるのを見て童磨はたまらず頭を撫でようとして手を伸ばすも、身長が低いからと無意識のうちに子ども扱いをしていたのかもしれない自分にも責任の一端はあるのではないか、という考えから一瞬留めて引っ込めてしまう。
「…おい。本当にどうしたんだ?」
空気の動く気配で童磨に頭を撫でられるとばかり思っていた猗窩座が、彼の躊躇う態度に流石に怪訝に思い顔を上げる。するとそこには困ったように笑う童磨の顔があった。

「…どうま?」
「…俺ね」

ぎゅっと猗窩座の両手を童磨は握りしめながら静かに口火を切る。

「ありのままの猗窩座殿が本当に、本当に大好きなんだよ」
「っ…、急に、なにを…っ」
いや、嬉しいんだけどもという言葉を付け足しながら猗窩座は顔を真っ赤にして先を促す。

「何度も言うよ、俺は猗窩座殿の身長もひっくるめて大好きなんだ…」
そう言いながらきゅっと包み込んだ手を童磨は優しく握り直してくれる。
「嬉しいんだが…いやお前、本当にどうした…?」
「…例えば俺より身長が大きくなったって変わらずに猗窩座殿が好きだし、今より身長が低くたって猗窩座殿は猗窩座殿だから…」
「~~~っっ」

こつんと甘えるように額をくっつけながらそう告げてくる童磨にいよいよもって猗窩座の顔は真っ赤になるが、ややしばらくして告げられた彼の言葉に思わずハッと息を飲みこんだ。

「お前…この前のこと気にしてたのか?」
「……」

返事はしなかったが微かに首を縦に動かして童磨は肯定の意を示す。
この前のことと言うのは、身長のことで関係のない人間からやいのやいのと言われたことだ。童磨はもっと背の高い人間と付き合えという遠回しな独善的な告白、猗窩座はクラスメイトの三バカから自分が童磨に良いようにされているのかという下種の勘繰り。間一髪のところで互いが互いに間に合いはしたが、それ以上は話題には出さなかった。何度も言うが身長なんか関係ない。低くても高くても猗窩座が好きだと童磨は精一杯訴えてくる。

そんないじらしい恋人にたまらなくなった猗窩座は、記憶より華奢になった童磨の肩をぎゅっと抱き寄せる。

「あのな? 童磨」
「…うん」
「俺が身長を伸びたのを喜んだのは、差が縮まったからではないぞ」
「えっ?」

意外な猗窩座の告白に童磨は思わず顔を上げる。そんなポカンとした表情すら間が抜けていても可愛くて綺麗だと想えるほどに猗窩座は今生ではとことん彼に惚れていた。

「お前は”昔”、今より身長がでかかった」
「うん」
今の身長は181cm、”昔”は187cmあった。それは単に効率良く食事をしていただけであるが、猗窩座の言い分はまた違っていた。

「今だから言えるが…、お前があそこまで大きかったのはおおらかさや包容力に起因していると俺は見ている」
「えっ…?」

そんなこと考えもしなかった。”あの頃”は空っぽなりにあわれな人を救うため幸せにしてあげたいという考えに基づいて行動していただけで。

「方法や手段については脇に置いておく。 俺がそんなことを偉そうに言えた義理ではないしな」

返事を待たず今度は猗窩座がコツンと額を童磨のそれにくっ付けた。

「俺はな、童磨。お前のそのおおらかさに甘えていたし、今は尊敬している」
「っ…」

おおらかだなんて自覚したことはなかった。自分はやはり感情が薄いし、”昔”からの習性で人の話を黙って聞くのは得意なだけだ。本当に欲しい言葉をかけてくれるからと人々は言うが、心底どうでもいいだけで、後腐れのない肯定の言葉をかけているだけだ。
偽善なのは自覚している。でもそんなところを尊敬なんてしないで欲しい。他でもない好きになった相手だから。
否定しようとする童磨の言葉を言わせないために、額から今度はグリグリと肩に筏葛の色の頭を押し付けた。

「…だから…身長が伸びることで、少しはお前に近づけるかと…、おおらかになってお前を支えてやれるかと思ったんだ」
「…猗窩座殿…」

もう充分支えられているよと言いたかった。だけどそれを言うとこんなものじゃ足りないんだと返されてしまう。でも今だけはその気持ちを返されたくない、黙って受け止めて欲しい。

「…そうだったんだね…、嬉しい」
だからまずは自分が感じたこの温かくも泣きそうで柔らかなホワホワした気持ちを言葉にする。

「大好きだよ、猗窩座殿…」
「俺もだ、童磨…」

たった3cm、たかだか3cm、されどずっと頭打ちだった自分の器が広がったかのような3cm。

何故”昔”のままの身長だったのかは大体目星が付いている。それは弱者である自分を認めずに拗れて罹っていた呪いのためだ。
その呪いが解けて童磨と地獄で邂逅し、話し合い、罪を償い、転生して。記憶を持ったまま出会えて仲を深め合い、こうしてまた互いを認めて想いを深め。
その繰り返しで自分の持つ器が本当に少しずつ背の高さという形に還元されていっているというのは完全なる持論に過ぎないがそれでも。

「俺もまだまだ大きくなるよ」
「ダメだ」
「即答?!」
「お前はもう、”昔”に大きくなりすぎるほど大きくなっただろうが」

童磨に関しては、おおらかさと食事以外にも、感情が薄いことに憐れんだ天が素体の良さを贈ったのかもしれないと猗窩座は思う。ならば今生ではそれを返して感情を薄いなりに獲たのだろうとも考える。

今よりおおらかにならなくていい。むしろ狭量になるくらいで丁度いいのだ。

「だからもっと俺にだけわがままを言って欲しいし甘えて欲しい」
「猗窩座殿…」

ああもう本当に、あなたって人は。
だから俺はあなたが好きで、大好きで、たまらないんだ。

「うん…、目一杯甘えちゃうよ?」
「よし、来い」

バッと両腕を広げた猗窩座の胸に童磨は少し勢いを付けて身体を倒す。微かなうめき声は聞こえたものの、それでもがっしりとたくましい両腕が”あの頃”よりも少し華奢になったが豊満であることは変わらない、温かい身体をしっかりと抱き留めたのだった。

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