猗窩座視点
「ん?」
最初にそれに気づいたきっかけは、ほんの何気ない日常からだった。
「?どうしたの猗窩座殿?」
隣を歩くのは、”昔”は鼻持ちならない鬼であり、今は大切な存在である元上弦の弐の童磨。
虹色の瞳と白橡の髪といった稀有な外見を持つこの男は、今生では体格の良さは鳴りを潜め若干ひょろっとしている。とはいっても自分より背が高いのは正直言って癪ではあるが(俺が伸びなかっただけだと言ったやつ、後で便所裏へ来い)、それを補って余りあるほどに今の俺は童磨に惚れ抜いている。
ちょうどこの時、俺たちは食べ歩きのために外を歩いていた。秋から冬にかけた季節柄、目を楽しませてくれていた色づきの街路樹は枯れ落ちて、その葉をはらはらと散らしている。そんな枯葉が不意に吹き付けた風により、童磨の頭頂部にちょこりと乗っかかってしまっていたのだ。
「お前、葉っぱついてる」
「え? どこ??」
俺の指摘により葉っぱを取ろうとする童磨だが、全くの見当違いのところを探っている。そうこうしているうちにもう一枚頭に葉っぱがのっかってしまったため、らちが明かないと思った俺は童磨の頭に手を伸ばし、その葉っぱを取り払ってやった。
「ほら、取れたぞ」
癖が強いが柔らかな童磨の髪は触り心地がいい。本当ならいつまでも触っていたいのだがあいにくとここは天下の往来である。故に後ろ髪を引かれる思いで童磨の頭から手を退かせた俺だが、目の前の男はどことなくバツの悪そうな顔をしていた。
「? どうしたんだ?」
「あ、あー! 葉っぱ!葉っぱを取ってくれたんだね!! ありがとう猗窩座殿!!」
わざとらしく明るい声で礼を言う童磨の態度に、俺はすぐにピンとくるものがあった。
本人曰く、”昔”は感情が分からなかったらしく、今もどこか薄いところがあると言ってはいるし、たまに俺もそれを感じるときがある。だが、そんなこいつでもわかりやすい態度を取るときもある。それは大抵恥じらう感情をごまかすためのものだ。
「ふーん…」
「な、なぁに?」
じっくりと顎に手を当ててその様子を思い返して観察する。ちなみに他の歩行者の邪魔にならぬよう、道の端に設置されていたベンチに童磨を伴って共に腰を下ろしている。
こいつのこの狼狽えようは、さっき髪に着いた葉っぱを取ってやったからだ。
ということは、髪に触られるのがこいつの恥じらいポイントなのか? だが何度でもいうが俺はこいつの髪に触るのが好きでほとんど毎日のように触れているのだ。特にベッドの中で、前後不覚になっているこいつの汗と甘い匂いがこもった髪に触れながら口づけるときに見せる反応と言ったら…と、ここまでにしておこう。
だが先ほどのこいつの様子を見るに明らかにそういったものとは違うように見える。
そこまで考えていると、今度はひときわ強い風が吹き、三度童磨の髪に落ち葉がくっつく。
何だこの枯葉共は。どれだけ俺の童磨の髪にくっつきやがるのだ。こいつの髪に触れていいのは今生では俺だけだ。
ぶっぷくれたまま俺はまた童磨の髪に手を伸ばし葉っぱを取ってやるついでにその頭を軽く撫でてやると、今度は隠しようもないほどに照れているのがありありと分かった。
「あ…」
「お前…」
「あー、葉っぱね!葉っぱ! 取ってくれたんだよねありがとう!」
いや、それさっきも言ってただろう。取り繕えなくなっているぞおい。
「童磨…」
「っ…」
髪に触れていたままの手でそのまま優しく頭頂部を撫で続けると、その整った顔に徐々に熱が灯っているのが分かる。
今、リンゴやサツマイモを押して当てたら、焼き芋や焼きリンゴができるんじゃないかというほどに、その頬は熱をはらんでいるのだろう。
「お前、もしかして」
「あー! 皆まで言わないで猗窩座殿!!」
両手を胸の前に持ってきて横に振りながらついでに頭を振る童磨の髪が俺の掌に触れて心地がいい。
そうか、それがお前の照れスイッチか。なるほどなるほど、いいことを知った。
「と言うかお前、それは誘っているのか?」
「さそ…っ!? え、何て…?」
「俺の掌にぐりぐりと頭を押し付けて、そんなに撫でまわされたいのか?」
ニィ、と笑いながら、故意に声を低くしてささめいてやれば、ぼわっと一気に整った顔が赤くなるのが見て取れた。
…これはやべぇ。色んな意味で。
「~~~、あかざどののいじわる…っ!」
真っ赤な顔を俯かせた状態で、こちらを上目遣いで睨みつけながら唇を尖らせてのこの台詞。
どれだけ俺にとって効果が抜群かは言うまでもないだろう。
「意地悪な俺は嫌か…?」
つい、と顔を近づけて、頭を優しく撫でながらそう尋ねれば、蚊の鳴くような声で「嫌なわけないじゃないか…」と返す恋人が本当に可愛くて愛おしくてたまらない。
このまま、ずっと頭を撫で続けてやりたいが、あいにくと外気温はどんどんと下がってきている。
並の人間より俺も童磨も頑丈とはいえ、風邪をひかせやすい環境に、俺の童磨を長々と居座らせるわけにはいかない。
もはや食べ歩きどころではなくなった俺たちは、しばらく無言のままで見つめ合った後、やおら立ち上がる。
無論、今日の予定を変更したのは俺なので、この後の食事は童磨の好きな物を好きなだけ食べさせてやる決意を固め、その手を繋ぎ帰路へ着いたのだった。
ちなみに、合法的(?)に頭を撫でられるという理由から、童磨のドライヤー係を申し出たところ、「これ以上俺をダメにさせないでくれ!」と珍しく涙目になりながら断固拒否されたという後日談も一応付け足しておく。
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