Stroking the head & heart - 2/3

童磨視点

「ん?」

自分でも気づかなかったそれに気づいたのは、少し曇りがちの天気の中、猗窩座殿と一緒に食べ歩きデートをしていた時だった。

「?どうしたの猗窩座殿?」

隣を歩くのは、”昔”からの友人で、今は恋人である元上弦の参の猗窩座殿。

厳密に言えば、親友になったのは鬼としての生を終え地獄で邂逅したとき。首だけになって堕ちた俺が、”呪い”が解けた猗窩座殿と話し合いをしたのが始まりだった。
交わした約束の通りにお互い記憶を持ったままで生まれたこの世界で、少しずつ親友という関係を育んでいく日々の中、猗窩座殿に望まれて親友から恋人へとなった。
俺は”昔”から猗窩座殿が大好きだったし、親友でも恋人でも猗窩座殿と一緒にいられるならそれでいいかなっていう気持ちだったんだけど、猗窩座殿と恋人になってから毎日がとても楽しい。
恋っていうのは常にドキドキしっぱなしなものだと想像していたけど、猗窩座殿といるとフワフワ、ホワホワする感じが圧倒的に多い。
一緒にいるとすごく心が温まるし、何をしても幸せな気持ちになって、時々鼻の奥がツンとするような泣きたいくらいに嬉しい気持ちに包まれる。
隣を歩いている、”昔”に比べて身長の差は縮まったものの、俺よりも少し小柄な、情熱的な意味の花言葉を持つブーゲンビリア色の髪をした猗窩座殿はまっすぐに向日葵色の瞳を向けて俺に話しかけてくる。
他愛のない話で盛り上がれるのが嬉しいし、一緒にお互いの好きな物を食べられることも嬉しい。”昔”は食の好みなんて全然合わなかったからね。
ちなみに今日は、最初は猗窩座殿のおすすめのお店に行って、がっつりとお肉料理を食べて(ちゃんと野菜も摂ったよ!)、今は俺がおすすめするパンケーキのお店に向かう途中だったのだ。
秋から冬にかけた季節柄、それなりに綺麗に色づいていた街路樹は役目を終えて、道端にその葉を散らしている。この葉っぱを集めて焼き芋をしたら美味しいかなーなんて思っていたら、急に風が吹いてきて、その冷たさに肩を竦めたところ、冒頭の猗窩座殿とのやり取りに繋がる。

「お前、葉っぱついてる」
「え? どこ??」

猗窩座殿がそこだそこ、と指示してくれるものの、なかなか指先に葉っぱの感触が伝わってこない。そうこうしているうちにまた風が吹いてきて、かさりという音が近くから聞こえてくる。
あー、もしかしてもう一枚乗っかかっちゃったのかなーなんて考えていたら、猗窩座殿の腕がす…っと伸ばされて、武骨な指先が俺の頭をかすめていき、髪に絡まっていたらしい葉っぱを取り払ってくれた。…と同時に、俺の心臓はどくり、と高鳴った。

「ほら、取れたぞ」

なんてことないように言いながらも猗窩座殿の指は俺の髪から離れない。そのたびにどくどくと強く脈打っていく心臓の音。

(え、え?なんで、いきなり)

『お前の髪は意外に柔らかいな』なんて言いながら髪を触ってくるのは何度もあったのに、どうしてこんな急に鼓動が早く大きくなるのかな? そういえば今、俺の頭の上には猗窩座殿の手があるんだよね。
そう思うとなんだかとても顔が熱くなっていく。だってここに触れることができたのはあの方しかいなかった。その時は強く掴まれてそこから血を注ぎ入れられたけど、猗窩座殿はただただ優しく指先で触れているだけ。

そう考えれば考えるほど、変な気持ちになっていく。もちろんそういった意味ではなく、触れられた先から甘いものが注がれていくような、そんな感覚に陥っていた。

「? どうしたんだ?」

少し残念そうな顔をしながら手をどかせた猗窩座殿が心配してくれている。

「あ、あー! 葉っぱ!葉っぱを取ってくれたんだね!! ありがとう猗窩座殿!!」

折角の楽しい食べ歩きデートを途中で中断させたくないのと、説明のつかない今の気持ちを覚られたくない俺は、自分でもわざとらしいなぁと思う明るい声でお礼を言ったけど、猗窩座殿は何か思うところがあるらしく、じーっとこちらを見つめてくる。

「ふーん…」
「な、なぁに?」

顎に手を当ててまじまじと正面からつぶさに観察するように見つめられるも、やんわりと二の腕を掴まれて道の端に設置されていたベンチに座らされた。そういえばここは往来だったよね。何となく今の今まで忘れてしまっていたのは、未知なる感覚に俺が振り回されているからだろうか。
でもどうしていきなりこんな気持ちになっちゃったんだろう。
猗窩座殿に頭にくっついた葉っぱを取ってもらったから?あの葉っぱには動機を促す効果があるのかな?だけどそんな通説は聞いたことがない。じゃあ猗窩座殿に髪に触られたから?でも彼は俺の髪に毎日のように触れてくる。ぴょんぴょんと跳ねた後髪や、ベッドの中で汗ばんだ髪を手で掬い上げてキスをしてくれる。でもその時と今感じてるドキドキは近いようで多分違う。
じゃあ何なんだろう?と思っていると、今度はひときわ強い風が吹きつけてくると同時、まだ枝に残った枯葉が飛ばされこちらへ飛んでくる。

あ、やだ。
今はこっちに来ないでほしい。

俺のささやかな願いもむなしく、なぜか少しむくれた表情をした猗窩座殿の手が再び俺の頭に伸びてきて。くっついたであろう葉っぱを取ってくれたついでに、頭頂部を軽く撫でられれば、どくんとまた心臓が大きな鼓動を奏で始める。

「あ…」
「お前…」

猗窩座殿の豊かなまつ毛に縁どられた向日葵色の瞳が見開いていくのが分かる。そうだよね、俺だってどうしようもないほど内心で驚いている。

あなたに頭を撫でられるだけで、こんなにドキドキしてしまう自分に。

「あー、葉っぱね!葉っぱ! 取ってくれたんだよねありがとう!」

さっきと全く同じセリフが出てきてしまうほど、今の自分には余裕がないってことに。

「童磨…」
「っ…」

間違いない、彼にはもうバレてしまっている。
優しく柔らかく、頭頂部を撫で続けられて、俺の顔は耳まで熱くなっている。
今なら俺の顔で、焼き芋や焼きリンゴ、トーストができるんじゃないかってくらい、ごまかしようがないほどに。

「お前、もしかして」
「あー! 皆まで言わないで猗窩座殿!!」

最後の抵抗と言わんばかりに俺は両手を胸の前に持ってきて横に振りながら、反射的に頭を振る。
だけど猗窩座殿は俺の決死の様子を見て見ないふりをするどころか、ちょっぴり悪そうな笑顔を見せてくる。

「と言うかお前、それは誘っているのか?」
「さそ…っ!? え、何て…?」

聞き間違いかな? だって今の俺には、あまりにも恥ずかしすぎてそんな余裕なんかないもの。
だけど猗窩座殿は追撃を仕掛けるように、さらに唇の端をニィ、と吊り上げながら、夜、ベッドの中で聞くような声で俺に囁きかけてきた。

「俺の掌にぐりぐりと頭を押し付けて、そんなに撫でまわされたいのか?」
「~~~ッ!」

猗窩座殿の声と表情があまりにもセクシーで、俺の赤面温度は過去最高記録を更新した。

「~~~、あかざどののいじわる…っ!」

情けないほどに熟れてしまった熱く真っ赤な顔を俯かせながらも、猗窩座殿の顔があまりにもカッコいいから見ずにはいられない。必然的に上目遣いになってしまう俺を見て、猗窩座殿が「うっ……」と一瞬呻いていたけど、すぐにまたちょい悪系の表情に戻っていた。

「意地悪な俺は嫌か…?」

つい、と顔を近づけて、頭を優しく撫でながらそう尋ねられる。

ずるい。
そんなわけないじゃないか。

俺は、猗窩座殿が好きだ。
優しいあなたも、カッコいいあなたも、少し泣き虫なあなたも、ちょっとダサいあなたも、ううん、俺がまだ見ていない隠されたあなただって全部全部ひっくるめて好きなんだ。

だから今日初めて見る、意地悪なあなただって大好きに決まっているじゃないか。

「嫌なわけ、ないじゃないか…」

それだけ、蚊の鳴くような声で返すのがやっとの状態で。

その間も猗窩座殿はずっと俺の頭を撫で続けている。そうされればされるほど、甘いものを過剰摂取しすぎて、そこから溶けてしまいそうな気持ちに見舞われる。

もはや食べ歩きどころではなくなった俺たちは、しばらく無言のままで見つめ合った後、やおら立ち上がった。

これ以上、甘いものは食べられそうにない。
だってこれからもっともっと甘い時間を過ごすことになるのだから。

猗窩座殿の掌が俺の手を掴んで来てそのまま指を絡めて繋がれる。
今日のご飯は口直しにちょっと辛い物がいいかなぁなんて思いながら絡められた指先にぎゅっと力を入れると、さらにぎゅうっとされながら、俺たちは予定よりかなり早くに帰宅した。

ちなみに猗窩座殿から、「今日から俺にお前の頭を乾かさせてくれ」とドライヤー係を申し出られたが、さすがに魂胆が見え見えなのと、これ以上ダメになりたくない俺が珍しく本気で涙を流しながら断固拒否したのは、また別のお話。

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