side童磨
「童磨、お前が好きだ」
「お前にはいつも感謝している」
「俺と共に居てくれて、ありがとう」
そんな風に猗窩座殿に言われる度、俺の心には柔らかくほわりとしたものが募っていくがほんの少しだけ面映ゆい。
「ん? どうしたんだ? 悩み事か?」
「いやいや、そんなんじゃないけど…」
「何かあれば聞くぞ? 聞き上手故、お前は常に他者の話を聞いているのだから。吐き出せない気持ちは全部俺に寄越せ」
…もう、こんな風に格好良くなるなんて俺聞いてないよ?
「…あのね、大したことじゃないよ?」
「構わん。お前の麗しい顔を曇らせるようなことを摘み取るのが俺の役目だ」
…もう!だからそういうとこなんだよ猗窩座殿!好き!!
「あのね、猗窩座殿って人を褒めるの好きなんだなぁって」
「うむ、嫌いではないな」
「…うん、好きなんだなって思うしそこはすごくあなたの美点だと思うんだ、けど…」
「?」
「…俺、あなたにそんな風に言われるのすこし不慣れで…」
正直にそう話すと猗窩座殿は少しだけ複雑そうな顔をしたけどすぐに真剣な表情で向き直ってくれた。
「そう、だな…。俺は百年余りお前のことをそんな風に言ったことはなかったな」
「…ん」
俺は小さく頷く。鬼狩りの子達やひねくれた言い回しだけど上弦の壱である黒死牟殿のことは褒めていたけど、俺はそういうこと彼から言われたことはなかったから。
そのことを責めているわけじゃない。だって彼には止むに止まれぬ事情があったのだし、俺は俺で何も感じなかった。それどころかそんな猗窩座殿の態度をつれない親友のそれだとすら思っていたんだし。
「だがその分、俺はお前に余すことなく好意を伝えるチャンスではないかと思うようになった」
「え…?」
「〝昔〟の記憶を携えて生まれてきた以上、過去と同じことを繰り返すなど愚の骨頂だ。お前の持つ本にも書いてあっただろう?」
「えーっと、何の本?」
「どこかの偉人の名言をまとめたものだ。相手に好意を伝えない奴は相手より自分のことが可愛いだけだと」
猗窩座殿の言う本は確かメンタルに効く偉人の名言をまとめた本だ。ストレスフル社会の現代、メンタルをセルフケアするために様々な本が発刊されているが、人の心の機微や脳の特性を理解した上で読んでいけば、そこに書かれている言葉は案外バカにできない。捉え方一つでさまざまな角度で学びを得ることが出来るし何よりアウトプットのきっかけにもなる。コーチ稼業をするのなら知識だけをひけらかせばいいというものでもないし、何よりも血肉の通う経験が説得力と物を言う。
だから猗窩座殿が俺の持つ本を読んでくれたこともそこに書いてある名言を覚えてくれていたことも、好きで始めたこととはいえ俺の頑張りを認めてくれたようで無性に嬉しくてたまらなかった。
「故に俺はお前に全ての好意や愛を伝える。手間を省いてしまった分、かなりの量になるが心して受け止めろよ」
悪戯っ子のように笑う猗窩座殿を見ているととくとくと胸が高鳴り、なぜだか視界がぼやけて見えてしまう。何でだろう。こんなに嬉しいのに勝手に涙が出てきてしまうのは。
「ぅん…っ!」
たまらず俺は猗窩座殿をかき抱く。格好良くて凛々しくて潔くて時々可愛くて、俺をこんなに大切に想ってくれる大好きで大事な恋人。
「俺もね、俺も…」
「ああ」
ぎゅっと背中に両腕が回される温かい猗窩座殿に包まれながら俺だって負けないという気持ちに後押しされて、この大好きな人への好意を伝えるべくそっと今しがた頭に浮かんだ想いを紡いでいく。
「あなたの義理堅いところも潔いところもかっこいいところも時々可愛いところも…俺を大切にしてくれるところも全部全部、大好き…!」
「ん゛んっ゛!」
万感の想いを込めてそう伝えたら、なんだか奇妙な声をあげて胸を抑えてうずくまってしまった猗窩座殿に慌てて身体を離す。
「ええっ?! ちょ、大丈夫かい猗窩座殿!?!?」
「俺の童磨が今日も可愛い結婚しよ(大丈夫だ、見くびるな)」
気のせいかな?なんだか二つの猗窩座殿の声が重なって聞こえてくるんだけど。俺、疲れてるのかな??
それでもきちんと心からの想いを伝えたことで、また新しく心の中に温かいホワホワが生まれてくるから不思議だなぁ。
こうやってずっとあなたと一緒に居て、お互い大切に想い合っていることを伝えていけたらいいのにと思う俺の唇が感極まった猗窩座殿に塞がれ、更に幸せいっぱいな気持ちを味わうのはほんの3秒後のことだった。
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