side猗窩座
「猗窩座殿はさ…」
「うん?」
今日も今日とて童磨に対する想いを伝え終えた俺の目の前で、甘く華やかな顔を引き立たせる独特的な太い眉を困ったように下げて笑う恋人の顔があった。
何だどうした?何故そんな風に笑うと俺が内心戸惑っていると、すぐさま言葉が返ってくる。
「俺にすごく好意を伝えてくれるよね」
少しだけ身構えていた俺は少しだけ拍子抜けするも、それもきちんと言葉にして伝えた。エスパーでもない限り人は言葉にしなければ想いは一分も伝わらない。更に言えば本人曰く察するということが少々不得手だと言う。俺からしてみればそれは意外なことだったが少しはにかみながら告げてきたコイツの顔も大層可愛らしく…ってそんなことは今は良い。
「それはそうだ! 言わなければ伝わらないからな」
声高らかにそう伝えれば童磨は更に困ったように笑みを浮かべる。
何だ何だ?一体どうしたというのだ。どうしてそんな風に笑うのだ。
「……それでいいの?」
「なに?」
それでも無理に追い込むことはしないで、〝昔〟の俺ならば考えられな買ったことだが、童磨が口を開くまで根気よく待つ。童磨もまた中々口を開こうとしない信者(便宜上)に対し、ニコニコと笑いながら話してくれるのを待つという傾聴姿勢だ。ずっと傍にいる恋人や夫婦の行動が似てくるというがそれは本当だったのだなと今更ながら気づかされる。
「…俺、あなたみたいに熱量のある言葉で伝えられないよ。淡白だからあなたみたいに身体全体使って喜べないし…」
そんな風に積み重ねてきた絆を噛みしめている俺の目の前で、少し苦し気に笑いながら童磨は切々と訴えてくる。
「俺を一杯褒めてくれて嬉しいけど、褒めても余り返せないよ?」
その言葉を聞いて俺は思わずこう思ってしまった。
何を、言っているのだろうかこの愛しくも可愛らしい恋人は、と。
「…一つだけ、いいか?」
「っ、うん」
だがここで突っ走ってはいけない。後先考えずにコイツを傷つける愚の骨頂は〝昔〟だけで十分だと、俺は隣に座る童磨に身体ごと向き直って質問を投げかけた。
「お前は俺に褒められて嫌になったりするか?」
「え、いやいや!何言ってるの!? そんなわけないじゃないか!!」
驚きに目を見開きながら即座に否定する童磨。本気だと見て取れる声音で否定されて密かにほっとする。そうか、俺に褒められるのが嫌なわけではないのかと一応分かってはいたが、きちんと言葉にしてもらえたことで更なる安堵感に繋がる。
「ならそれでいいだろう」
「えぇ…?」
二ッと笑ってそう伝えると、納得がいかないなぁという表情を隠しきれていない童磨を真っすぐに見つめながら俺の本音を紡いでいく。
「お前が嫌ならいくらでも改める。俺はよかれと思ってやっていることでお前が傷つくことなぞ本末転倒だ。だが、お前が熱量のこもったリアクションを返せない、淡白な言葉しか出てこないのはお前のペースであって、俺がお前に対しての想いを伝えない理由にはならんぞ」
これはまぎれもない俺の本音だ。
いくら誉め言葉とは言え、言われてほしくないことだってある。それを知らずに誉め続けて大切な恋人の心に斑を付けてしまうなど不甲斐ないことこの上なく、即刻改める。
しかし俺と同じリアクションが取れないから、淡白な反応しかできないから。そんなものではコイツに愛や想いを伝えるのを怠る理由には到底なりはしない。
そう思うようになったきっかけは、とある小説に書かれていた文言だった。いつ、どこで読んだのか、タイトルすら思い出せないのだが、しかし忘れることなく根強く頭の中に残っている。
【素直じゃないから与えられた分の愛情を返せない。お礼も満足に言えない。謝罪も出来ない】
【だがそんなのは己の都合であって相手には一切関係ない】
【いくら優しい人柄と言えどそんなもので相手を傷つけて、粗雑に扱ってもいい理由になどならない】
そのフレーズは俺の脳内、心の奥にがっつりと突き刺さり、今も俺の座右の銘となっている。
童磨の優しさや大らかさに胡坐をかき、素直になれないことを免罪符にして、愛情を、礼を、謝罪を怠るなど、そんな過ちは二度と繰り返さない。
そしてそれは俺が今言ったことにもそっくりそのまま当てはまる。
童磨が嫌がっていない限り、俺と同じ熱量の言葉やリアクションが取れないからと言って、俺が愛を伝えない理由にはなりはしないのだと。
「あかざどの…」
呆然と戸惑った顔をする童磨が愛らしくて仕方がない。その次の瞬間、じわじわとした嬉しさが滲み出るような表情に変化していくのを目の当たりにした俺は、とっておきの真実をコイツに伝えてやる。
「それにお前、気づいてないかもしれないが、物凄く嬉しそうな顔をしてくれている」
「え…っ!?」
本気で驚いた顔になる童磨。〝昔〟は全く気付かないほどにないはずの感情を纏っていたことに俺の方が驚いていたが、今ならそれは本当だったのだと分かる。
お前、今はこんなにも表情豊かなんだよ。
何も感じられない、空っぽなんかじゃない。
俺の前でそうなってくれている。そのことが嬉しくて嬉しくて仕方がないんだ。
「ほら、今もな」
「え、えーっ!? ウソウソ!? どんな顔してるの俺ー?!」
子どものように教えて教えてとじゃれついて来る童磨に俺もつられて笑顔になる。
「はは、悪いがいくらお前といえども教えられんなぁ」
「何それー!教えておくれよ猗窩座殿~」
ねえねえと身体を揺さぶってくるが、こればっかりは譲れない。
だって俺の前でしか、こんな顔見せたくないんだ。俺だけが知っていたいんだ。
我ながら狭量だと思うがお互い惚れてしまった者の痛み分けということでどうか許してほしい。
「ダメだ。こればかりは俺だけの特権だ」
「もー! ずるいよずるいよ猗窩座殿ー!!」
ポカポカと軽く叩いてくるが全然痛くない、まさにじゃれ合いと言わんばかりのスキンシップに頬が緩んでしまう。
ああ、本当に…。
「わっ……!」
可愛くて愛しくて仕方がないと言わんばかりにソファの上にその温かく大柄な体を押し倒してしまった。
「だったら俺がお前の前でしか見せない顔を見せてやる」
「うぇっ!?」
「それで良いだろう?」
「う~~~~~~~~」
戸惑いの唸り声を上げながら、しばらく思案して小さくこくりと頭を縦に動いたのを確認した俺は、そう来なくてはと言わんばかりに、軽く尖らせてしまっている唇に自分のそれを重ね合わせたのだった。
作中に出てくる偉人の名言やとある小説のフレーズについてですが、初見した際「本当ごもっともだな」と頷きまくっていました。
結局のところ素直になれないから貰った愛情を満足に返せないとかお礼も出来ないとか謝れないとか、それってあんたの都合でしょ?こっちに何の関係があるの??と真剣に思います。
ましてやそれをどうにかする方法なんて脳科学や心理学が発達した今、本屋や図書館でだって入手できますよ甘ったれてんじゃねえよって話。
お前のせいで素直になれない、どうしてくれるんだと言われても知らんがなとしか言えんわそんなの\(^0^)/
まあ物語の展開上そういう台詞や描写を入れると盛り上がるのは分かるんですが、今の私はどうしてもそう思ってしまうんですよね。だから私の書く猗窩童は気の抜けた炭酸水のような甘い話にしかならない。
でもそれで十分です。だって書きたい話がそういうのなんだもん。私は私が読みたい話しか書きませんし書けません。これはずっとブレない自分の軸です。
もっとコソコソ話させて貰えば、正直人を褒めることですらハードルが高く自分を褒めるなんてもってのほかだと思っている人はやっぱり存外多くて、私もかつてその中の一人でした。
だけど思い込みを取っ払って現状の外に目的設定して動いてみると、自分を謙虚という名の卑下しまくりながら生きてきた不惑よりも、自分を肯定してめっちゃ褒めながら生きているここ2年半の方がすげー楽しいです。
ありがとうとごめんなさいは魔法の言葉というのは花男のヒロインの言葉ですが、そこに更に自分を含めた人を褒めるっていうのも付け加えてもいいくらい。
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