次の方どうぞと声を掛け、入ってきた二人連れを見た瞬間思ったのは『クローン?』という感想だった。
父親らしき男の人は黒髪の短髪で精悍さに満ちた顔をしており、男性にしてはまつ毛が豊かで目が大きい。だが体つきはがっしりとしているので、趣味が筋トレか武術を嗜んでいるのかなと思う。
そんな彼が連れてきた息子らしき子供は、父親の蓮色をしたまつ毛の色素を受け継いだのか、髪の色がピンク系で、情熱的だという花言葉を持つブーゲンビリアを連想させる。そしてその瞳も太陽に向かって咲き誇る向日葵を思い起こさせた。違うところと言えばそれくらいで、あともう数年したらこの子は父親と髪の色を染めたら見分けがつかなくなるくらいそっくりになるんだろうなと思いながら、どういった症状なのかを聞こうとして口を開きかける。
「どうま、おまえこんなところにいたのか!?」
とその時、不意に幼児特有の甲高い声が響き、俺は思わず固まる。
ん? 俺この子に名前名乗ったっけ?? ああ、ネームタグを見たのかな? でもこの名前は漢字表記で読み仮名は振ってないのになぁ。
「こらあかざ! お前なにを…」
あかざと呼び、この子を連れてきた父親らしき人が必死に窘めているが、あかざくんとやらはお構いなしに俺へ矢継ぎ早に色々と訊ねて来る
いままでどこにいた
おれはおまえをさがしていた
おまえ、おれのことをおぼえていないのか?
等々。
うーん、色々個性的な子だなぁ。今は幼いころからタブレットやスマホ教育なんてものもあるから、色々なドラマや映画を手軽に見られるしね。俺の名前を読めたのもその一環なのだろう。なんてことを思いながらニコニコ聞き流していたら、おまえ、おれのしつもんにこたえろ!と椅子を降りようとし、父親に拳骨を喰らっている。
「いい加減にしろあかざ!」
「いってえな! おやじはだまってろ! これはおれとどうまのもんだいなんだ!!」
いや、正しくは君だけの問題だろうに…。
なんてことはお客である相手に言えるわけもなく、お父さんもその辺にしておいて……となだめながら、本来の目的である何の症状でこちらに来たのかを聞くために、改めて姿勢を正しお父さんにその症状を聞いた。
どうやら季節の変わり目らしく咽喉が痛く熱っぽいとのこと。なるほど、典型的な風邪の症状だなと思いながら俺はあかざ君に「じゃあここに座ってください」と声を掛けた。
「おう!」
そんな元気な声を上げてとことことこちらへやってきた彼が座ったのは俺の向かいにある丸い椅子ではなく、俺の膝の上だった。
「んんん??」
思わず妙な声が出る。まさかこう来るとは思わなかった。なんて可愛らしい行動なのだろうかと頬が緩むのを抑えられない俺とは対照的に、目の前のお父さんが宇宙を召喚したような猫のような顔になってる。そう言えばどことなく猫っぽい顔つきだななんてどうでもいいことを考えていたら、不意にがっしりと腰に何かが回される感触がした。
「おまえ、まえからおもっていたけど、からだのわりにこしがほそいな」
その感触の正体とは、ユーカリの木に見立てたコアラのように俺の腰に手と足を回しているあかざ君であったのは言うまでもない。
「こここここら! あかざ!!!」
慌てたようにお父さんがあかざ君の身体を引っぺがそうとするが、ただの四歳児のどこにそんな力があるのか、まるですっぽんのように俺の身体にくっついて離れようとしない。むしろ俺の胸にすりすりと頭をマーキングする猫のように擦りつけながら、「やっぱりおもったとおりむねもやわらかいな」という声が聞こえてきた。その声を聞き届けたのか、ますます焦った形相の狛治さんの力が強くなるがむしろ引っ張られる反動で俺の身体の方にダメージが来ちゃってる。お父さん、力加減してください…。腰がぽっきり折れそうです………。
「はなせクソはくじ!! おれはだいじなものはにどとはなさない! おやじだっていつもこゆきにそういっているだろう!!」
「ばっ! それとこれとは今関係がないだろうがバカ息子!!」
思いもよらぬところで自分の夫婦仲を暴露されてしまったお父さんが顔を真っ赤にしている。これが平素であるなら微笑ましい小児科エピソードとして休憩中に同僚と共にほっこりできるのだが、如何せん今の俺はなぜか首だけになって暗闇にいるというビジョンが頭の中に浮かんでいた。
あ、俺このまま死ぬなと漠然と思った瞬間、ようやく狛治さんの手によってあかざ君が引きはがされたことによって、どうにか俺は現世に留まることができた。
ああ無事に生きている。命というのは尊いものだから大切にしないといけない。これは昔から俺のポリシーであるが、それは自分自身も含めたものに他ならない。俺自身の命が潰えてしまうと、救えるはずの多くの子供たちが救えなくなってしまうから。
なんてことを考えながら改めて診察しようとするも、俺をそっちのけで狛治さんとあかざ君が親子喧嘩を始めてしまっていた。
「おれにとってどうまはなによりだいじなやつなんだ! うまれかわったらおれがまもるってずっとまえからきめていた!!」
「だからお前は今日初めてこの先生と出会ったんだろうが! 初対面の人にそうするのは無礼千万だし、時と場合によってはお前は豚箱行きになっていたかもしれないんだぞ!!」
ダメだこりゃ。下手に口出ししようものならもっとややこしいことになるのは目に見えている。
「ねえどうしようか? なき」
俺はアドバイスを求めて、無口だけども有能な看護助手の鳴女ちゃんに視線を向けるも、彼女は一心不乱にメモ帳を取り出して何やら素早くペンを動かしている。口元はメモ帳で覆われ、長い前髪に隠れる目元からは表情は伺い知れないが、『おねショタ猗窩童美味しいもっとやれ』『ショタの特権を生かしてあんなことやこんなことをしでかすあかざ様とそれを戸惑いながら受け入れる童磨様ktkr!!」という小さな小さな声が何故か脳内に直接響き、今度は俺が宇宙の彼方に放り込まれる羽目になった。
それから十分後にようやく親子喧嘩は収まり、ほどなくして診察を終えることはできた。
ちなみに申し訳ないほどに頭を下げて来る狛治さんの横で、『そうか…こんじょうではてじゅんをふまなきゃだめだな…』と呟いているあかざ君に何とも言い難い感覚を覚えつつも、これから先、きっと長い付き合いになるんだろうなという漠然とした俺の予感は見事に当たることとなる。
本来の座(?)でもどまLOVEなのに、子供になったらその特権使って思い切り愛を伝えつつスキンシップ取るだろうなと思うと、ショタ座な猗窩童も美味しいと思います♪
そしてお約束ですが寡黙な仕事人の鳴女ちゃんは今生でもいいお仕事をして下さっておりますw
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