ハピネスモーニングダブルレインボー - 1/2

猗窩座視点

朝五時三十二分。
会社が手配した出張先のビジネスホテルの無機質なベッドヘッドに置かれたスマホが軽快な後を立てると少し寝癖ができたブーゲンビリアの頭がゆらと揺れる。
「ん…」
シーツとシーツの間から出てきた筋肉質な腕がスマホの電源ボタンを押すと、ロック画面には愛しい人からのLINEの着信が入ったことをしらせていた。
「なんだ…?」
こんな朝早くからと逸る気持ちでタップを続け、アプリを開くとそこには”おはよう♡”と言う文字と、その下に自分達が暮らすマンションのベランダから撮られたと思われる二つの虹が写っていた。
“ダブルレインボーが出てたから猗窩座殿にも幸せお裾分け(⌒‐⌒)”
そんな何ともけなげな文章に思わず朝から眠気が吹き飛んだ猗窩座はベッドの上に身体を起こすと通話ボタンを押す。
『もしもし、猗窩座殿??』
ワンコールもしないうちに出てきた恋人に猗窩座はますます笑みが深くなる。
「ああ、俺だ。写真見たぞ」
『あ! 見てくれたんだ』
途端明るい声が返ってくる童磨にますます愛しさが積み重なる。
出張で離れている身としては待ち受け画面の童磨でどうにか童磨渇望症状を押さえていたがここに来て特大燃料が注ぎ込まれた。あと三日で帰れるのだが童磨を渇望する燃えカス状態で三日を過ごすのと愛する童磨から与えられた燃料を戦いのドラムとして打ち鳴らし三日を乗り切るのとでは意味合いが180度違ってくる。当然猗窩座のモチベーションは後者へと振り切っていき、残りの三日はさらに良いコンディションで望めるのは決定したのも当然である。
「と言うことはそっちの天気はまだぐずついてるのか?」
『ううん、晴れてきたよ~。でもさっきまではそれなりに降ってたかな』
「そうか、体調には気を付けろよ」
『うん、ありがとうね。猗窩座殿も元気で過ごしてね』
「おう、ありがとな」
お互いを労わり合う会話の後に少しだけ訪れる沈黙。もっと話していたいが生憎と自分はこれから仕事だと名残惜しい気持ちを抱きながら電話を切ろうとする猗窩座の耳にか細い声が届く。
『ほんとはね』
「うん?」
『もっとキレイだったんだよ』
「? ああ、あの虹か?」
『うん』
もう一度猗窩座は童磨から送って貰った画像を確認する。少しだけ暗く見えるのは朝曇りだからだろう。だが昨今のスマホの解析度を考えればこれは普通と思わざるを得ないし、やはり生で見るのとはギャップが生じる。だがこれはこれで綺麗だと猗窩座は思うしそれに何よりも…。
『こういうとき、視覚が共有できればなぁ』
それを伝えようと口を開こうとした瞬間、小さく聞こえてきた童磨の言葉に思わず猗窩座はポカンとする。
視覚共有。その名の通り〝昔〟、上位の鬼が下位の鬼に対し視覚を共有する能力のことだ。だが童磨の場合、自身の両親が起こした万世極楽教の教祖として座すことが多かったためか代わり映えのない景色を共有するよりも脳内対話を好んで猗窩座に送ってきたのでその能力を使うことはついぞ無かったのだが。
「視覚共有?」
『うん、あ、〝昔〟みたいにひっきりなしに送ったりしないよ?』
思わず聞き返した自分に対し、〝昔〟を思い出してか慌てたように付け足す童磨の声に猗窩座は何故こいつのそばに今居ないのかと心から思った。
そんなことを言い出したのは綺麗だと思えた景色を己に余すところ無く見せたいという想いからくるものだろう。そんないじらしいことを言う童磨を思い切り抱き締めたくて堪らなかった。
「バカだな童磨…、そんなもの無くても良い」
『あ、やっぱりそうだよね』
どこかしょんもりとした声に〝昔〟のことを思い出している童磨にそういう意味ではないと前置いて猗窩座は先ほど言おうとした言葉を紡いでいく。
「お前が俺のために撮してくれたものだからいいのだ」
『え』
「俺にも見て欲しいというお前の気持ちが込められた写真だから俺はそれを綺麗だと思えるし、送ってくれたことに感謝してる」
『猗窩座殿…』
「それにな童磨。お前の視界を共有してもお前が側に居ないことを自覚して更に寂しさを募らせることになるんだぞ? いいのか俺にそんな想いをさせて」
これは半分冗談も混じっているが半分は本気だった。きっと視界を共有して彼が見る景色を見ても綺麗とか素晴らしいと思うよりも、何故側に童磨が居ないのかに意識が向いてしまうのは確実だ。
『それは嫌だなぁ…、猗窩座殿に寂しい思いはさせたくないよ』
俺は優しい…ううん、俺は猗窩座殿が好きだから、好きな人に悲しい想いをさせたくないよと繋がれた言葉に猗窩座は尊みのあまり胸を押さえて踞る。
ああもう、こいつは本当にこれだから…!
「ん゛んっ!! お前は本当に…!」
『ふふ、何度も言うけど本当のことだからなぁ♡』
通話口からすっかり明るい音になった耳障りのよい声が届く。
本当になんでどうして童磨がここに居ないのかと、再び童磨がいない現実に打ちのめされそうになる猗窩座の耳にチュッというリップ音が届く。
『猗窩座殿…大好き』
甘い甘い、今日初めて聞く童磨の愛の言葉。
たちまちその甘い声音に、童磨がいない寂しさに飢えた心が愛おしさに満たされていく。
『今日も気をつけてね…、そして俺のところにきちんと帰ってきてね』
その言葉がもたらす力はとてもとても強くそして柔らかい幸せを猗窩座にもたらしてくれる。
「っ、ああ、気をつけて頑張ってくる!」
『うん』
「俺もお前を愛してる」
『っ、うん…!』
そして色褪せることのない鮮やかで瑞々しい愛情もきちんと忘れずに童磨に伝える。
「お前のところにちゃんと帰るからな」
『うん、うん…!』
感極まったような童磨の声を聞きながら少しでも早く彼の元へ帰れる祈りを込めながら、猗窩座もスマホの待ち受け画面に設定している恋人の唇越しにそっと愛する者へキスを落としていく。

幸福をもたらすと言われるダブルレインボーの効力が覿面であることは、遠く離れている恋人たちにささやかな幸せと深い愛情を確かに運んだことによって、また一つ証明されたのだった。

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