ハピネスモーニングダブルレインボー - 2/2

童磨視点

朝五時三十二分。
猗窩座のいない独り寝のベッドから起き上がってカーテンを開けた童磨の目に飛び込んできたのは、昨晩からしとしとと降る雨が上がりかけた空の向こうにかかる二つの虹だった。
「わぁ…」
滅多に見ることができない光景に童磨はしばし見とれてしまっていた。虹は自分にとって馴染みの深いものだったが、本家本元の虹の美しさには叶わないなぁなどと〝昔〟は思いもしなかったことを考えながら、ウキウキとスマホを寝室から持ってくるとダブルレインボーにピントを合わせて何度かシャッターを切る。
「うーん…」
まだ早朝ということもあり写し出された写真はどこかぼやけた印象を受ける。それでもモードを調節しながらああでもないこうでもないと四苦八苦してそこそこのダブルレインボーの写真を撮り終えた童磨はそのままスマホをタップしてLINEアプリを起動させ、トークルームから恋人の名前をタップする。
そのままおはよう♡の挨拶と今撮した写真を送った後、”ダブルレインボーが出てたから猗窩座殿にも幸せお裾分け(⌒‐⌒)”というメッセージを送ると、今度はベランダに移動してそこからダブルレインボーを眺める。
やはり綺麗だなと思う。自分の瞳を見てもそんな風には思えないが、こうして見上げると素直にそう思う。

(変なの、〝昔〟はそんなこと思わなかったのにな)

なんでかなぁと考えていた童磨の思考を打ち消すようにブルブルとスマホが着信を知らせてきた。
「あ」
かけてきた相手の名前を確認し、童磨は直ぐに出る。
「もしもし、猗窩座殿?」
写真を送ってから三分も経っていないのになとホワホワしながら名前を呼ぶとああ、俺だと声が返ってきた。
『写真見たぞ』
「あ! 見てくれたんだ」
猗窩座が見てくれたことに童磨は嬉しさのあまり明るい声をあげる。

(あ、そうか)

そして何故あの二つの虹が綺麗だなと思った理由も唐突に理解できた。
猗窩座がずっとそばに居てくれたからだ。今生の情緒は猗窩座が共に育ててくれたものだから、あのタブルレインボーを綺麗だと思えたし見て貰いたいと思えたのだ。
それに加えて見てくれたという猗窩座の言葉に胸の中にホワホワした気持ちが降り積もっていく。
『と言うことはそっちの天気はまだぐずついてるのか?』
「ううん、晴れてきたよ~。でもさっきまではそれなりに降ってたかな」
『そうか、体調には気を付けろよ』
「うん、ありがとうね。猗窩座殿も元気で過ごしてね」
『おう、ありがとな』
自分と同じ色彩をした二つの虹を一緒に見ながら弾む会話。その事が遠く離れている自分達を繋いでくれて、猗窩座のいないあと三日間も乗り切って行けると心からそう思った。
にこやかな猗窩座のお礼のあとに不意に天使がよぎる中、空にかかるダブルレインボーは少しずつ薄れていく。

ああ、あんなに綺麗だった虹、直接見たらきっと猗窩座殿はもっと喜んでくれたかな。

「ほんとはね」
『うん?』
「もっとキレイだったんだよ」
『? ああ、あの虹か?』
「うん」
写真を撮る腕前は可もなく不可もなくといった感じだ。昨今のスマホは被写体にあわせてモードを合わせてくれるから、一瞬の景色を切り取るなら先ほどの写真できっと十分なのだろう。
だけどやはり、自分が見て綺麗だと思えた景色を猗窩座と見てもっと感覚を共有したかった。
「こういうとき、視覚が共有できればなぁ」
そんな想いから不意に口を付いて出た言葉は、ほとんど無意識のうちだった。
視覚共有。その名の通り〝昔〟、上位の鬼が下位の鬼に対し視覚を共有する能力のことだ。だが童磨の場合、自身の両親が起こした万世極楽教の教祖として座すことが多かったため代わり映えのない景色を共有するよりも脳内対話を好んで猗窩座に送ってきたのでその能力を使うことはついぞ無かったのだが。
『視覚共有?』
沈黙の後、聞こえてきた言葉に童磨はハッとする
「うん、あ、〝昔〟みたいにひっきりなしに送ったりしないよ?」
〝昔〟、誰の気持ちも理解することが出来なかった童磨は猗窩座の都合を考えずにひっきりなしに脳内対話を送り、結果鬼の始祖からストップを掛けられてしまった。だから今はそんなことをしないからと慌てて言い募る。
〝昔〟はともかく今は猗窩座に嫌われたくないと心から思う。純粋に己の見るものを一緒に見て欲しい。そして同意は勿論、時に反論でも何かしらの意見を聞かせて欲しい。
そう思うと、ここにいない向日葵色と筏葛の鮮やかさが恋しくて堪らなくなってくる。
『バカだな童磨…、そんなもの無くても良い』
「あ、やっぱりそうだよね」
不意に聞こえてきた声に、やっぱり猗窩座にとって自分の提案はあまり良い印象を与えなかったかとある程度予想はしていたが、それでも少しだけ気落ちしている自分に苦笑する。
でもそれはそれでいい。彼が嫌だと思うことはこれから繰り返さなければ良いだけのことだし、そう言ってくれた方がありがたいと気持ちを切り替える童磨の耳に、とてもとても甘い猗窩座の声が届けられた。
『そう言う意味ではない…、お前が俺のために撮してくれたものだからいいのだ』
「え」
一瞬、意味がわからずに聞き返す童磨に、更なる甘い声が送り届けられる。
『俺にも見て欲しいというお前の気持ちが込められた写真だから俺はそれを綺麗だと思えるし、送ってくれたことに感謝してる』
「猗窩座殿…」
今見た景色よりもずっと鮮度は落ちてる写真。それでも猗窩座は綺麗だというし感謝もしていると言う。他でもない自分が撮したという理由だけで。
思わず口元を押さえてしまう。どうしよう、胸の中のホワホワがあふれてどうにかなってしまいそうだ。
『それにな童磨…』
そんな自分に更に追い討ちを掛けるように、大好きな人の愛の言葉は追撃の手を緩めない。
『お前の視界を共有してもお前が側に居ないことを自覚して更に寂しさを募らせることになるんだぞ?』

────… いいのか俺にそんな想いをさせて?

「~~~っ!」
茶目っ気溢れる声でそんなことを言われて童磨はズルズルとへたり込んでしまう。確かに猗窩座と視界を共有したところで、きっとさっき感じたように綺麗とか素晴らしいと思えないだろう。彼が側にいないことに意識が向いてしまって心が曇ってしまうのは確実だ。
「それは嫌だなぁ…、猗窩座殿に寂しい思いはさせたくないよ…」
ようやく溢れる気持ちを整理して姿勢をただしながら童磨は言う。
こんなにまっすぐな気持ちを伝えてくる人とどうして離れているんだろう。今すぐにでも会いたいけど無理だからせめて。

「俺は優しい…ううん、俺は猗窩座殿が好きだから。好きな人に悲しい想いをさせたくないよ」

途端電話の向こうで何か音が聞こえてきた。きっと猗窩座がベッドに頭を打ち付けた音だろう。こちらの胸をホワホワさせてくれたほんの些細なお返しだ。
『ん゛んっ!! お前は本当に…!』
「ふふ、何度も言うけど本当のことだからなぁ♡」
濁った咳払いと焦ったような猗窩座の声に童磨はすっかりいつもの調子を取り戻す。
あともうすぐで猗窩座は自分のところに帰ってくるけど、そのあと少しの三日が長い。そんな待ちわびる想いと彼への想いをより鮮明に伝えるために通話口に自分の手の甲を近づけると唇を寄せてチュッというリップ音を響かせる。
「猗窩座殿…大好き」
甘い甘い、先ほどの猗窩座の告白に並ぶほどに熱量を込めた声で今日初めての愛の言葉を紡ぐ。
再び過った天使の背中を押す穏やかな追い風のような声で童磨は彼の無事を祈る。
「今日も気をつけてね…、そして俺のところにきちんと帰ってきてね」
言葉には力が宿ると言われている。そしてそれはきちんと科学的にも証明されている。だから童磨は猗窩座に告げる。証明されているのならやらない手はない。だって猗窩座のことが大好きだから。
『っ、ああ、気をつけて頑張ってくる!』
「うん」
『俺もお前を愛してる』
「っ、うん…!」
『お前のところにちゃんと帰るからな』
「うん、うん…!」
そうして童磨の耳にも柔らかなリップ音が響いていき、更に彼への想いに満たされることになる。

幸福をもたらすと言われるダブルレインボーの効力が覿面であることは、遠く離れている恋人たちにささやかな幸せと深い愛情を確かに運んだことによって、また一つ証明されたのだった。

BGM桜(川本真琴)

元ネタ①

元ネタ②

 
この診断結果を見て最初に思い浮かんだのは虹じゃなくて紅葉でしたが、たまたま先日ダブルレインボーを見たので急遽こちらに置き換えて書きました。楽しかったです🌈

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