田舎暮らしの猗窩童のところに謝花兄妹がやってきた話
「やあやあよく来たね!」
周りを田畑と山に囲まれたこの地帯は冬になると雪に閉ざされる。この土地に彼の恩人とその恋人が引っ越してどのくらいの季節が経過したのか。
東京のマンションを自分たちに譲り渡し、今度俺はここで猗窩座殿と住むからと言って去っていった童磨を最初はポカンとしながら見守るしかなかった謝花妓夫太郎と梅の兄妹は、残されたマンションで高校生活を送りながら、兄妹仲睦まじく過ごしていた。
そんな恩人から、梅が社会人になったタイミングでクリスマスカードと共に、都合が良ければぜひとも遊びに来ておくれと飛行機のチケットが送付されていたので無下にする理由もなく遊びに来たのがきっかけだったが、ここは相変わらず見渡す限りの広大な田畑と山に降りしきる雪景色しかない。
「うー、寒い寒い寒い!相変わらず寒いわねえここ」
最初訪れたときはコンビニまで車で行かなければたどり着かない辺境に、社会人になったとは言え甘ったれた気質のある梅が散々に文句を言ったのだが、車を更に走らせれば美人の湯として評判の温泉とリラクゼーションエステを兼ね添えたホテル街もあるし、日用品がそろうスーパーもある。人間、どんなに劣悪な環境を嫌だ嫌だと言っても、脳みその構造上適合するように出来ている。車が無ければ致命的な場所だが、正直お金を稼ぐことには定評のある童磨が、ディーラーをしているご近所から付き合いで車を買うことは造作ないことで、軽トラを始めとした耕運機やその他いろいろな車種の車を持っているので遠出をするのに困ったことにはならない。
そんなわけでなんだかんだ言っていたのは最初のうちだけで、流行に敏感な都会に洗練された妹がこの場所に来るのを楽しみにしていることを妓夫太郎は知っていた。そして彼も例に漏れず、この華やかな美貌を持つ恩人に会うのを楽しみにしている。
「お世話になります、童磨さん」
そう言いながらパタパタと暖を求めて走って言った梅の分まで靴をそろえながら妓夫太郎は玄関から上がり家へと入っていく。普段はきちんと社会人をしているはずなのだが、たまに実家に帰ってきて気が抜けてしまう感覚なのか、子供っぽいあどけなさを残す梅に妓夫太郎は申し訳なく思う反面ほっこりしていたし、童磨もそれは同じだった。
童磨と猗窩座が終の棲家にと買った家は、もともとは持て余されていた空き家であり、そこを二人がかりで改装したとのことだった。一体どうやって改装したかと訊ねるとあっけらかんと『動画で』と恩人はかつて答えた。華やかな容貌を持つ童磨だが、〝昔〟の名残かそこそこ力もあるし、今も鍛練を続けているという猗窩座は言うに及ばずである。動画を見ながら二人がかりで協力して空き家の改装をあっという間に済ませた彼らはそれから間もなくして農園を始めた。というのもここは空き家だけではなく土地も余っており、最初は童磨が美味しものを猗窩座に作りたいという動機から家庭菜園の規模だったのだが、そうするにはあまりにも土地は広大だった。そして猗窩座も近所の農園や牧場に手助けに言っているうちにその勤勉さから重宝がられ、ぜひうちの跡継ぎにとも声を掛けられることもしばしばあった。労働力として力を貸すのはともかく跡継ぎ問題に関しては「俺には心から生涯大切にしたい伴侶がいる」と告げきっぱりと断ったのだがその男気がかえって気に入られることとなる。跡継ぎにはなれないが農業の技術を受け継ぐことによってその素晴らしさを後世に伝えていくことはできるから教えてくれないかと、後日童磨と相談した上で手伝い先の農家に申し出た結果、快く農家のイロハを一から丁寧に教え込まれ、そこで二人は農園を始めたのだった。
ちなみに猗窩座の伴侶が同性であることを知った当初の住民の反応は、同性愛なんて…と、閉鎖された土地特有の偏見故か苦々しく思っていたが、その猗窩座の相手が並の女性では足元にも及ばないほどの白皙の見目麗しい美青年であることを知り、まず女性陣が掌をひっくり返した。それでいて、〝昔〟取った杵柄で今はそれを仕事に生かしている童磨の徹底した与える姿勢と傾聴姿勢に更に女性たちは彼らを応援しようと密かにファンクラブを発足することとなる。なんだかんだ言いつつ女の尻に敷かれているくらいが夫婦関係が上手くいくことを知っている男たちは、カカアがいいならまあいいかとなり、猗窩座と童磨の関係はそうやって認められていくこととなった。余談だが自分たちを受け入れてもらったとは言え、女性たちが童磨に対して近寄っていくのをやっぱり面白いとは言えない猗窩座に同情した男性陣がポンと肩を叩きながら、まあ飲めや…と誘ってくれた夜も少なくはない。
そんな感じで猗窩座の苗字と童磨の苗字を掛け合わせた〝せたひさブランド〟はこの土地から知名度を上げていき、徐々に顧客も増やしていったといういきさつがある。
ちなみに春夏秋は何かと忙しいのが農家の定めではあるが、冬はその反動で閑散期になる。雪に閉ざされたこの季節はまったりと過ごすことが常になっていた彼らの元に妓夫太郎と梅が訪れるようになったのは時期的にちょうどいいからというのもあるし、童磨もかつての養い子達の顔が見たいという気持ちもあった。
二人で過ごすには割と広めな平屋の一軒家。断熱材が敷き詰められたフローリングのリビングに円形のラグが敷かれており、大き目の灯油ストーブが煌々とした炎を放ちながら室内を温めている。
更にそこに繋がるダイニングではすでにご馳走の一部が用意されており、童磨が二人の来訪を待ちわびていたのを如実に示すものでもあり、妓夫太郎は照れ隠しにぽり、と頬を掻く。
「ねえねえ童磨さん。猗窩座はいないの? それにクリスマスツリーがないんだけど」
ひとしきり体が温まった梅が童磨にそう訊ねることで妓夫太郎はそういえば、と思い至った。
去年来た時は確かそれなりに大きいクリスマスツリーがあったはずなのだがそれが今年は見当たらないし、もう一人の家主である猗窩座が牽制の意味を込めて玄関先ににシュバってこないのは童磨大好き人間である彼の性格からすればあり得ないことである。
「あー、そう言えばそうだなぁああ。あいつ、どうかしたんすか?」
「ああ、猗窩座殿は今…」
そう言いかけた時、何やら外でずしーんという地鳴りと共に地響きが伝わってきた。
「え!? やだなに?地震??」
梅が怯えたように妓夫太郎に引っ付いてくる。そんな妹の身体を抱きすくめながら大丈夫だとなだめつつも、こんな大雪の場所で地震に見舞われ、停電やら何やらになった時のことを考えるとそれは遠慮願いたいなぁという気持ちはぬぐえない。
「ああ、大丈夫だよ梅ちゃん、妓夫太郎君。地震に備えて色々と装備は整えているから」
「あ、そうなんだ…」
少しほっとした様子で表情を緩める梅と妓夫太郎に、童磨は相変わらず綺麗な笑みを浮かべながら、お茶にしようかと二人にお茶請けのクッキーと温かなコーヒーとココアを出してくれた。
「それにね、これは地震じゃないよ」
「え?」
リビングテーブルの上に並べたクッキーを勧めながら、自分はルイボスティーの入った湯呑を啜りながら童磨はのんびりと答える。先ほどの地鳴りの正体は分かっていると言わんばかりの言葉に思わず兄妹が顔を見合わせたその時。
「帰ったぞー」
ガラガラガラと玄関の扉が開かれる。久しぶりに聞いた猗窩座の声は相変わらず童磨Love感満載であり、妓夫太郎は胸焼けしそうだと思わず顔をしかめる。
「お帰りなさーい♡ お疲れ様猗窩座殿」
そう言いながら嬉しそうに席を立つ童磨につられて妓夫太郎と梅も顔を見渡して席を立つ。彼らにとって恩人なのは童磨のみであり、その恩人に対して〝昔〟何かと暴力を振るっていた猗窩座に思うところは確かにあるが、あんなにも幸せそうに笑う童磨を見ていればそうそう二人の生活は悪いものではないのだという判断からである。それでも複雑な気持ちが拭いきれない恩人の恋人に挨拶だけは済ませようかと足取り重く玄関まで歩いた二人を出迎えたのは予想だにしない光景だった。
「は…? はああああああああああ?!?!?!?!」
まずその光景に隠すつもりもない素っ頓狂な声を梅が上げた。
「おう、お前ら来てたのか。できれば早急に帰れ」
「こらこら猗窩座殿」
頭では分かっているが二人きりの時間に水を差されるという嫉妬にまみれた気持ちを隠そうともしない猗窩座の瞳は〝昔〟のような鬱金色に見えたが問題はそこではない。
情熱的という意味を持つブーゲンビリア色の髪に白い雪を降り積らせながら、使い古したジャンパーを羽織る猗窩座の肩には、彼の身長の倍以上のエゾ松の大木が担がれている。そして左手にはのこぎりとサンタを思わせるにしては些か不格好な白い袋が握られていた。
心なしか無限列車で猗窩座が初登場したシーン&ダース〇イダーのBGMが同時進行で流れてくるのはきっと気のせいなどではない。
「ちょ、何それ猗窩座!?」
どうにか正気を取り戻した梅が猗窩座が抱える物全般に対して疑問を投げかけると、呼び捨てにされたのを特に気にすることなくずいっと白い袋を差し出す。
「村田のじいさんから貰ってきた」
確かにその袋も気になるが、今一番気になるのは肩に担がれているソレなんだけどという気持ちはいったん脇に置いた梅は反射的に袋を手に取る。それなりにずっしりと重い袋に何が入っているのだろうという好奇心に駆られ、そのまま縛られた袋の口を開けた梅は、大絶叫することとなる。
「いやああああああああああああああああああ!!」
「梅!?」
妹が放り投げた袋を反射的に受け取った後、走り去っていた梅を追いかけることも忘れ、妓夫太郎も好奇心のままに覗き込む。そこには今しがた血抜きしたばかりの鶏が六羽ほどありのままの姿で袋の中に入っていた。
「うおおおおおおおおおおお!?!?!」
〝昔〟はそれよりも凄惨なものはたくさん見てきたはずの妓夫太郎も思わず驚愕の声をあげる。そんな彼の後からひょいっと覗き込むと、ああ、と慣れた様子で呟いた。
「いい鶏くれたねぇ村田さん。おいくらだったの?」
「それがタダだと。あっちも息子夫婦が孫たちを連れて来るからってんで張り切り過ぎて締め過ぎたんだとさ」
「ははっ、村田さんらしいなぁ」
「あと後藤のじいさんが腰を痛めてたんで薪割りもしてきたが、その礼にホクホクのふかし芋も貰ってきたぞ」
そう言いながらジャンパーのポケットから掌から余るくらいの大きさの茶色い紙袋を取り出す。いや、どうやって入れたんだそれというツッコミをする気力は今の妓夫太郎にはない。
「流石猗窩座殿、優しいなぁ」
「ふん、お前の優しさが移ったのだ…」
そんな和気あいあい、時々イチャイチャラブラブな会話をしながら、じゃあちゃちゃっと捌いてメインディッシュ作っちゃうねとキッチンへと引っ込んでいく童磨。どっこいせと肩に白い袋を担ぐ姿はさながら幸せを運ぶサンタクロースのようではあったが妓夫太郎は未だにショックから立ち直れずにいる。
「おい」
「はっ」
「いい加減退けろ。これからクリスマスツリーの飾りつけもせにゃならんのだ」
「え、これ、クリスマスツリーなのかああああ?」
だってこれ、どう見ても樅木じゃないというツッコミは猗窩座によって鼻で笑われて封殺される。
「形が似てれば樅木じゃなくたっていいだろう」
「いやまあ、そりゃそうだけど…って、まさかさっきの地震って…」
頭の回転の速い妓夫太郎は気が付いてしまった。それなりに身長の高い妓夫太郎と猗窩座が縦に並んでも尚も大きく、幹も太すぎる樅木をたった一人で鋸で切り倒してきたこの男の現世における力が健在であることに。
「それに毎年クリスマスツリーは山主の許可を得てエゾ松を使ってるんだぞ。気づかなかったのか!?」
「はあ!?マジか!?」
だが流石の猗窩座も裏の山から一人で大の大人数人分に匹敵するエゾ松を抱えてくるのは骨が折れたようで、妓夫太郎に片側を持たせてそれを飾るリビングへと運ばせていく。
「おい堕姫」
「堕姫じゃないもん、梅だもん…」
先程の鶏のショックがよほど大きかったのか、ブランケットを頭からかぶって石油ストーブの前に鎮座する元上陸の妹を猗窩座は呼びつける。
ダイニングからはふんふんふーん♪と鼻歌を歌いながら貰ってきた鶏を唐揚げ、ザンギ、フライドチキンに生まれ変わらせていく童磨の姿がある。
「いい加減立ち直れ。ほれ、クリスマスツリーの飾りつけをするから手伝え」
石油ストーブの横に不自然に置いてあった真四角のアイボリーの大き目の植木鉢にどどんとエゾ松を差し込んだ猗窩座がずいっと飾りの入っている袋を梅に押し付ける。
反射的に受け取ってしまった梅はそんな気分じゃないと猗窩座に突っ返そうとするが、飾りつけを手伝わなきゃお前の分の唐揚げもザンギもフライドチキンも食うしプレゼントもやらんぞと脅しつけたところ、何のために来たと思ってんのよ!とたちまち奮い立ち、クリスマスの飾りつけを開始する。
まあとりあえずはあの光景を忘れることができて良かったと妓夫太郎はぽり、と頬を掻きながら梅と共にクリスマスツリーの飾りつけを開始した。
「…ねえお兄ちゃん」
「なんだぁ?」
雪に見立てた綿を本物の雪の塊がまだ付いているエゾ松に飾り付けながら妓夫太郎は梅の呼びかけに反応する。
「なんだかんだ言って幸せそうよね童磨さん」
「…まあ、な…」
エゾ松が大きいためそれぞれのノルマを三等分し自分のところをさっさと終えた猗窩座は、キッチンでご馳走を作っている童磨の元へさっさと駆けつけていき、手際よく手伝いながら揚げたてのザンギの味見を買って出ている。
『どうかな…? 今日はたくさん作るからあまり濃い味付けにはしなかったんだけど』
『ほはへほふふるりょうりひはふれはほはひ』
『もう、それだと参考にならないよ』
謝花兄妹には猗窩座が何を言っているか分からないが童磨にはわかるらしい。〝昔〟の態度は一体なんなのかと思うほどに今の猗窩座は童磨にベタ惚れで最初の頃は目と耳と脳みそを疑った二人だったが、現在は負けず劣らず童磨も猗窩座に惚れ抜いていることがありありと分かる。
何も二人はプレゼントをもらうために航空チケットを送られたからといって来ているわけではない。都会から田舎へと住処を移した恩人の幸福そうな姿を見て、自分たちも幸せのお裾分けに肖るために来ているのかもしれないなと妓夫太郎は思いながら、自分の与えられた領域を終えると、妹の飾りつけに回る。
最後にエゾ松の上の星を飾りたいという妹を肩車し、星のオーナメントを飾り終えたところで童磨のできたよーという声が響く。
肩車を解いた梅と妓夫太郎がはーいとそろって返事をしダイニングへと向かう。出来立てのチキン料理がホカホカと湯気を立てながら、様々なクリスマスのご馳走が並ぶダイニングテーブルにそれぞれ着席すれば誰からともなく乾杯の合図が響き渡る。
とある田舎町の一軒家にて。元鬼たちの聖なる夜はこうしてまったりと更けていった。
ちなみにクリスマスツリーとしてのお役目を終えたエゾ松はどうするのかと尋ねたところ、『薪にして近所に配る』との答えが返ってきて、更に度肝を抜かれた謝花兄妹であった。
以前くるっぷで呟いた、農園をやっている猗窩童設定を下敷きにした、クリスマスに遊びに来た謝花兄妹の話です。
内容は荒川弘先生の百姓貴族2巻をオマージュしています。
ちなみにサクッと飛ばしましたが空き家をDIYするという動画はこちらを参考にしました。
というか私は生まれも育ちも北の政令指定都市なんですが、高校生活三年間は田舎で過ごしていましたので田舎生活のメリットもデメリットも知っています。
その辺は割とリアリティ出すのもあれ何でかなりぼかしていますが、どまさんの美貌ならそんな偏見も払拭できると信じていますし、そもそも話の肝はそこじゃないので割愛しました☆
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