ツインテールと兄さんの日・その2
「っし、できた」
手触りがよく決してその手から滑り落ちない従順な金の髪を二つに結い終え、細やかな位置の微調整を完了させたカノンは、相変わらずすうすうと寝息を立てている兄の露わになっている項に軽く口づけを落とした後、改めて揺り椅子式のガーデニングチェアの背もたれにその身体を座り直させてから、そっと前に回る。
陽はゆっくりと南から西へと動き始めているがそれでもまだ十分に暖かな日差しが降り注いでいる。溶けかけている雪の白と半分眠ったままの緑の色合いの風景の中、陽光を浴びて二つに結ばれた金の髪は透き通るような輝きを見せていた。
椅子の上に行儀よく座すように眠る長躯はシンプルな作りのアイボリーの長丈服を纏っており、平素は白い首筋を見せている首元にはターコイズと空のブルーにほんのりと白を溶け込ませたモヘヤチェックのストールが白と金だけの色彩に彩りを添えるように巻かれており、更には寒くないようにとベージュのハーフケットが膝上にかけられている。これで春の緑を媒介させる瞳をこちらに向けてくれれば最高なのだが、外では非の打ちどころのない完璧さを崩さない兄が、今、この場で自分にだけ無防備に見せる寝顔は、起きている時とは違う趣を感じさせた。
「…」
そんな陽光の下で微睡むサガを見つめながら、カノンは知らず息を呑む。惚れた欲目を抜きにしても、この兄をもしも多くの人の目に見せたとしたら、全員が全員、精巧に作られたビスクドールでも、かの鬼才と呼ばれた彫刻家・ピュグマリオンが手掛けたガラティアでも叶わない、芸術作品だと口を揃えて言うだろう。
「…サガ」
だが彼は至高の作品でも最高級の人形でもない。たった一人の血肉を分けた半身であり、そしてこれから先を共に生き、愛し抜きたいと誓った人だ。そんな彼の名前を熱っぽく呼びながらカノンは跪き、少し俯き加減になって眠るサガの頬にそっと手を宛がう。
笑顔はおろか感情すら作り物めいていた兄。己を押し殺していたあの頃とは違う、血の通う温もりの感触と、最高に綺麗なその表情。
眠れる聖域の天使。きっと今の情景を絵画にしたらそんなタイトルが相応しい。そんな兄をもっと綺麗に飾り立て、独り占めしたいという思いが不意に過ぎった。確か先日、魚座の佳人がサガにと渡していった薔薇があったはずだった。リビングテーブルの上に飾ってある赤の中にまばらに白を混じえた薔薇の束。そこから白薔薇を持ってきて結わえた髪に挿してみたい。個人的にはアイリスの花でサガの髪を飾りたいのだが、薔薇の他に植物を育てている双魚宮へ赴く距離も事情を話す手間も惜しい。なので宮内に一度戻って白薔薇を持って来ようとしたカノンだが、その行く手をやんわりと阻む手があった。
「え、」
経ち上がりかけていたカノンの頭に柔らかく回されたその手。小さく驚きの声を漏らしたと同時、温もりの中にかき抱かれる。
「お、い、サガ」
誰に阻まれることなく綺麗な兄を独占したい、昔に比べればささやかすぎるほどの野望を阻まれた形のカノンが小さく抗議しながら兄の顔を睨みつける。平素ならここで眉根を下げて弟属性を表面に押し出した表情で見つめれば、兄性本能を擽られたサガが簡単に陥落するも、今は長い睫に縁取られた春を介する柔らかな緑は今は閉じられてしまっていて叶わない。その上で、寝息を立てつづける兄の柔らかな抱擁は、更に深く腕の中に誘われるものへとなってしまい、とてもじゃないが戻るどころか立ち上がることすらできない状況である。
「まったく・・・、お前という奴は」
わざとに兄の口調を真似て諌めるカノンだが、第三者から見ればその表情は満更でもないのがありありと判るものだった。愛してやまない微睡みの天使に側にいろと行動で示され、あまつさえ抱き枕にされている、こんな幸福に比べれば、自分の野望などほんの些細なものにしか過ぎない。第一、この半身はいついかなる時も美しいではないか。
わずかに結わえきれなかったた兄の髪がカノンの視界と鼻先でひらひらと揺れる。柔らかな金糸が齎すくすぐったさに微かに身を捩れば、逃さないと言わんばかりにますますサガに抱きしめられる。
「どこにも行かぬから少し力を緩めてくれ」
サガが己の温もりを感じられるように体勢に変えてハーフケットの上に頭を乗せる。サガのすべてを労る筈だったのに、結局は欲張ってしまった自分に苦笑しながら、膝の上から伝わる弟の温もりに安堵したように髪の毛に触れてくる兄の手を心地よく感じながら、カノンの瞼は緩やかに閉じられていった。



BGM:やすらぎの地(DQ7サントラ)
前回の意図せぬ続きが出来ました\(^0^)/
金髪サガににツインテール+白い丈の長い服+ショールやひざ掛けを装備させて、双児宮の中庭に座らせてたらそりゃもうそれだけで絵になるよねって話(ただしカノンを含めたピンポイント層に限る)
今回のBGMは、DQ7のギュイオンヌ修道院とから辺でかかっているやすらぎの地をセレクトしましたが、考えてみたら平和が訪れた地上で、誰にはばかることなく二人で居られる双児宮以上に安らげる場所ってあるんでしょうか?いや、ない!(反語)
やすらぎの地というよりもここが楽園かと言った方が良いかもしれません\(^0^)/

(2018/02/13)

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