巡る想いは星空に寄せて


はぁ、と小さく白いため息を吐きながら、双児宮の中庭に出たサガは諦めきれないように夜半も過ぎた冬の空を見上げていた。
春の緑を介する瞳に映るは一点の穢れの無い紺碧のビロードに繊細な白いレースが重なっている夜空であり、婦人のドレスに例えるならば控えめでシンプルなデザインであると好評であろう。だが今日はどうしてもそのシンプルな紺碧に煌くスパンコールを散りばめて欲しかったのにと、サガにしては珍しく形の良い眉根を恨めしそうに潜めながら何度目かの白い溜息を吐いた。
「いい加減諦めろ」
背後から聞こえてきた声に振り向く前に、厚手とはいえデコルト部分が大きく開かれているアイボリーの長丈の寝間着の上からふわりとかけられるショールの温かさに、傾いていたサガの機嫌が少しだけ元に戻る。
「…いいや、まだだ」
持ち直した機嫌をこのまま維持するかのように、ブルーの生地にアラベスクの模様が描かれたショールをきゅっと握りしめながら意地でも薄い膜の如く貼られている雲の向こうのビロードから自分達の守護星座を探し出そうとするサガの顎に双子の弟の指先がかかり、半ば強引に後ろを振り向かせた。
「うぐっ」
「いいからもう休め。明日も早いのだから」
この時期にしか見られない双子座流星群を共に見ようと約束をしたのが一週間前。そしてそれに間に合わせるように仕事をこなし、このワーカホリックの兄が定時内に仕事を切り上げて帰ってきたのが数時間前。言葉には出さずとも浮足立っている様子からどんなに自分と一緒に見ることを楽しみにしていたのかは痛切に理解している。が、ただでさえ根を詰め過ぎて仕事をしているサガの事を思えば、休める時に休ませてやりたいというのがカノンの偽らざる本音である。
「だけど…、」
もう少しだけという言葉と、憂い気になったその表情に思わず絆されてしまいそうになる。こうやってこの双子の片割れは無意識の内に自分を誑かしにかかるのだから始末に悪いと、聖戦前とは逆の立場になったことを思い知らされたカノンが遠い目になりかけたその時だった。
「っくしゅっ」
間近で聞こえてきたちいさなくしゃみと、次いで小さく体を震わせる様子に、カノンは言わんこっちゃないと今しがたストールに包んだ双子の兄の身体をそっと抱き寄せた。
「…滅多にない我儘を聞いてやりたいのは山々だがな、お前に無茶を強いるものは却下だ」
そのまま一際強くぎゅうっと抱きしめられたサガが小さく頷く。この程度の寒さでどうにかなるわけではないと突っぱねることも出来たが、自分を抱くカノンの腕と包み込む身体があまりにも温かいこと、そして紡がれたその声音と言葉が何よりも自分を想ってのことだと理解できたから、弟の気持ちを無下にはしたくない。
「ん…」
だからこそ、そんな風に自分を想ってくれるかけがえのない弟と共に、自分達の守護星座が降らせる流星を見たかった。雨のように降り注ぐ星々に、自らが棄ててしまった十三年分の懺悔と祈りを捧げたかった。本当はもう、願うまでもなく、ずっと側にいるしいてくれることは疑いようのない絆はあるけれど、それでも蘇ってから初めて見る自分達の双子座が降らせる流星の群れに、これから先、ずっと共に居るのだという誓いにも似た願いを託したかった。
そんな考えが顔に出てしまったのか、俯きかけたサガの前髪がかき分けられ、その額にかさついた温もりが小さく降った。
「それにな、ホラ」
額への口付けに顔を上げようとした刹那、もう一度夜空を見上げるようにとカノンに促されて、再び春をの緑を宿す瞳に星空を映せば、濃紺のビロードを柔らかく覆っていた白いヴェールから、綿のように軽やかなそれがひらりひらりと舞い降りてくる。
「あ…」
水と氷の魔術師であるカミュが稀に降らせることはあるけれども、聖域内では滅多にお目にかかることのできない雪にサガの沈んでいた表情は少しずつ嬉しそうに綻んでいく。
「雪は、役目を終えた星が形を変えて地上に降るとも言う。これもまた流星群の一種だろう」
カノンのその言葉に合点したサガは、少しずつ降りしきる真白の流星にそっと手を伸ばす。触れると同時に冷たさを感じる前に掌の上で溶けていくそれは星のような華やかさはないけれども、見る者の胸の内にほわりとした優しさを灯していく。
「カノン…」
「ん」
「…お前と、見ることが出来て良かった」
「俺もだ、サガ」
偽らざる本当の気持ち。こんな穏やかな本音を互いに言い合えることの幸福が後から後から溢れてくる。
「これから先も、空を彩る流星も、地上に舞う雪も、お前と共に眺めたい」
「ああ」
真正面から気持ちを受け止めることが出来る喜び。言葉が吸い込まれていくたびに突き上げられる愛しさをどうして止めることが出来ようか。
「だから…、んっ」
これ以上の言葉は不要と言わんばかりに、カノンは再びサガを抱きしめ直して、少し冷たくなってしまった唇から温もりを与えるように口付ける。
そんな弟の言葉以上の想いに応えるために、サガもまたカノンの首に腕を回して、その口付けを享受する。
触れ合わせるだけのそれから深みを増していく直前でどちらからともなく離れ、お互い顔を見合わせ小さく笑う双子を、六花に形を変えた流星は、続きをするなら早く中へ入れと言わんばかりに、しんしんと、仲間を集めて降り注ぎ続けるのだった。


巡る想いは星空に寄せて 形は違えど祈る願いは変わらずに


2017年12月13日〜14日の双子座流星群見られなくて悔しい想いをネタにしました。本気でうちの周辺、星を見る環境に適していなくて流星群や双子座はおろか、北斗七星すら満足に見たことありません\(^0^)/
そんな環境のせいでしょうか、雪は役目を終えた星の残骸だという説を勝手に立ててあまつさえキャラに言わせるのが伝統芸になりつつあります/(^0^)\
ちなみにこの説、カノンだけじゃなくてバドにも言わせたりしていますw 興味のある方はこちらからどぞー 双子キャラにそんなに言わせたいのかと問われればそれは違うと胸を張って言えます(*゜∀゜)
(2017/12/14)

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