伴侶たるあなたへ
寝室に入ったサガを出迎えたのは、ベッドの上にこれでもかと言う程散らされた赤とピンクの花びら達だった。
「…」
これらの出所が、今さっきまでカノンと一緒に入っていた風呂の水面に浮かんでいた、先日に貰ってきた大量のカーネーションである事は容易に窺い知れた。ずっと酒瓶の中に突っ込んでおくわけにもいかず、ドライフラワーにするにも風呂に浮かべるにも量がありすぎる。どうしたものかと悩んでいたところ『悪いようにはしないから俺に任せろ』という弟の言に、打開策もなかったため任せてみた結果がこれである。
「全く…あいつときたら」
昔は悪戯や悪事に悩まされたものだが、何時の間にこんな手が込んだ真似をするようになったのかと知らずサガの顔に小さな笑みが浮かぶ。
パタンと扉を静かに閉めて、ゆっくりと寝台の方へと歩いていく。こうなる関係になる以前から、離れていた時を取り戻すように一緒に眠る夜が多くなったため、早い段階で一回り大きなサイズに変えたベッドの上にすとんと腰を下ろす。
母の日の感謝として贈られたはずのカーネーションの花びらに見守られながら最愛の者の訪れを待つ。知らず頬が熱を持っていくのを紛らわすように、無造作に見えて実は整えられた配置の花弁の中にワンポイントで置かれていた花を手に取ってみる。
ピンク色の愛らしいカーネーションと赤の綺麗なカーネーション。それに詰め込まれた自分への感謝と想いは身に余るほどの幸福を自分に齎してくれた。そしてそんな風に感じ取れるようになったのは、真摯に言葉と想いを注いでくれる半身がいるからだと、少し胸が締め付けられるような幸福感に見舞われたのと同時、扉が控えめな音を立てて開かれる。
「待ったか?」
「いいや」
短く言葉を交わして寝台の方へやってきたカノンはすとんと隣に腰を下ろす。そしてそのままサガの手から花床を取ってその髪に飾るも、ふわりといい香りがする金髪に自分は役不足だと言わんばかりに、音もなくカーネーションはシーツの波間に漂った。
何となしに落下した花を目で追っていたサガの頤に指先がかかる。無理強いはしない動きだが、これ以上のよそ見は許さないという雰囲気に思わず苦笑すれば、笑われるなど心外だと言わんばかりにむくれた表情を見せる弟の頬にするりとサガは手を伸ばした。
「拗ねるな」
「…拗ねもする。お前に感謝と想いを伝えたいがために尽力した俺を見ないで余所見をするつれない兄ならば」
唇を尖らせるその顔は幼い頃を偲ばせるそれで、頼もしくなったとは言えこうした部分を弟の中に見つける度についつい可愛く思えてしまうのは、(口にすればまたむくれるので)ここだけの話だ。
「…許せ。お前から注がれる想いに溺れそうで、息継ぎをしたかっただけだ」
「それは意外だな。この程度で溺れる程お前は柔だったか?」
ついさっきまでむくれていた顔がもう笑っている。全く単純と言うか正直者と言うか、そんなところは子どもの時と全く変わっていない。
「…ああ、思っていたよりも、私はお前に弱かったようだ」
どこまでも真っ直ぐにこちらを射抜く、海の緑を介する瞳。二度と言葉を間違えないという誓い通り、直向きな想いをひたすら伝えてくる声。例え13年間離れていなかったとしても、そんな熱量ある愛情に溺れない自信などあるわけがないと暗にそう伝えれば、目の前の海の緑は一瞬大きく見開かれた後、そのままサガの身体は柔らかく、カーネーションが漂うベッドの上に押し倒される。
「…前言撤回する」
低く、艶めいた声と共にカノンの顔が近づいて来る。あ、と声をあげた途端にサガの唇は弟によって荒々しく奪われていた。
「ん…っ、ん…」
深く、身体をシーツの中に沈められるように押さえつけられながら、食べられてしまうかのような深い口付けを施されていく。息を継ぐために唇を薄く開ければ差し入れられた舌先で口内をくまなく蹂躙され、自分のそれと絡めあわされる。
息も絶え絶えになった頃、離れて行くカノンの唇とサガの唇を微かに煌く糸が一瞬繋ぎ止めて途切れて行く。

「…俺も、めっぽう弱かったみたいだ」

──…お前に対して、な。

海を介する緑に見え隠れする欲情の色を認めてサガの背筋がぞくりと震える。それは怖気でも悪寒でもない、これからたっぷりとカノンから与えられる甘やかな時に溺れ始めることを期待する甘美な震えだった。
「では、弱いもの同士、今から存分に溺れようではないか」
今度は弟の両頬を包んで引き寄せたサガが口付けを贈る。もっと、もっと、どちらがどちらか判らないくらいに交ざり合って溺れたいという想いを汲み取ったカノンの熱い手が、兄であり母であり恋人である者の素肌を暴き始めていく。
きし、きしとスプリングが鳴く中、シーツの上に散りばめられている花弁と花床が微かに白い波間を揺蕩い始める。段々と乱れていくシーツの海を襲う嵐の如く激しい時間が終わった後どのくらいの花弁と花床が残っているのだろうかをサガが確かめることができたのは、数時間を跨いだ後でのことだった。




短いですが、前回の母の日妄想の続きです。
うちのカノンは自分が贈ったものでも、自分がそこにいる時は俺だけを見ろというやきもち焼きだったりするので、サガが大量に貰ってきたカーネーションを手っ取り早くどうにかするなら、こういうこと絶対にやりそうだなと思いますwwつうかカノン、あんたどこまで兄をお姫様扱いすれば気が済むんだ、いや済むはずがないなと書きながら自問自答してました(*゜∀゜)
もともとこの話、SS名刺で書こうと思っていたのですが、カーネーション風呂に該当する背景画がなく、花弁でベッドメイクされた画像に合わせて書いてみたのですが、どう考えてもSS名刺だと収まりが悪いためこの話の続きとしてアップしてみました\(^0^)/ どうせならカーネーション風呂バージョンも書けばよかったかなと思ったけど、こっちの方向にシフトしちゃったので、ネタが今消滅状態です(・ω・)

(2018/05/22)

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