囲女~婀娜ざくろ~ 其の一



己の意思に関係なく、貧しさの為に売られてくる年端の行かぬ子供達。
見知らぬ人間に身体を預け、開かされ、気の遠くなる年月を金の為、親の為に過ごす色地獄。
自由も人権も尊重されず、まるでそれは飼い殺しの籠の中の鳥に似て――。

しかし。

自らの思いに耐え切れず、すすんで籠の中に入り、そこから抜け出すのを拒むように、男達に身体を開く者も居た。
彼もまた、首や足に、重い鉄枷をはめられた、たった一つの想いに殉じた一羽の哀れな鳥だった。


囲 女 ~婀 娜 ざ く ろ~

-其の壱-


夜の帳が降りた、ひしめき合う色界隈の中の、ある一つの娼館の一室。
暗闇の中、上等な間取りの部屋に浮ぶのは格子模様の天井と、床の上に敷かれた一組の敷布の枕元に置かれた、一定の範囲内しか照らさない灯。
その上で荒い息を吐きながら睦み合う二つの影。
「は・・・、いいぞぉっ・・・!シド。」
脂ぎった、しまりの無いからだの中年男が、シドと呼ばれた者の、白く均整の整った身体にのしかかり、欲望を満たそうと、自身を彼の内部に押し進め、律動を繰り返している。
「あ・・ッ、あぁ・・・んっ!」
後ろに長く伸ばした、淡い森の様な色を含んだ銀の髪を敷布に乱れさせ、薄く琥珀がかった瞳をきつく閉じて、向かい合う形のままで客であるこの男のモノを成すがままに受け入れる青年-シド-。
身体だけは順応に反応を示しているが、それと裏腹に心は酷く冷え切っていた。
この世界に足を踏み入れた時から、それはずっと変わることは無かった。

「おッ・・、うぉ・・ぉ・・・っ!」
不意に男が上ずった声を上げ、身体を大きく震わすと同時に、シドの内部からモノを引き抜き、のしかかっていた身体を立ち上がらせて、シドの顔を目がけて、先端から白く汚れた欲望の液をほとばしらせた。
「ん・・・ッあ・・!」
ドロドロとした生温かい汚濁が顔中に飛び散る中、シドも自らの腹の上に己の欲望を解放していた。
この顧客の要望により、いつも通り口元に降りてくるソレを、婀娜めいた赤い舌でぺろりと舐め取る様を見下ろしている男は、満足そうに下卑た嗤いを浮かべて、最も残酷な言葉をシドに吐かせるべく口を開く。
「シド、お前は一体誰の物だ?」
いつの間にかしゃがみ込んだ男は、己の吐き出した白濁にまみれたしどの顎を捉えながら、征服すべき言葉を投げつける。

そんなもの――・・・。

シドは喉の奥まで出かけた言葉を飲み込んで、血を吐くような想いを微塵とも出さずに、それでも儚く笑ながらこう言った。


「勿論・・・、貴方だけの物です・・・。」


そんなものは、嘘に決まっていた。
しかしこの男は、その形式的な答えに満足し、いつも多額の金をシドに手渡し去っていき、また明晩も出向いてくる。
女郎と言う商売柄、まさか本当にシドが自分だけの物だと思ってはいないであろう。
思っていたのならば、相当な勘違いも甚だしい、ある意味幸せな人間だとも言えるが。
現にここの館に居る他の女郎達は、余程ことが無い限りは、―例えば客に本気で恋をした、あるいは、身請けが決まっている―一人でも多くの客を取る。
そのことについては、シドも例外では無く今までどれだけ多くの男の相手をしてきたのか、もう思い出せないほどだった。
だが客達は、金で買った時間内は、せめてシドを自分だけの所有物にしたいのだろう。
それは単に自分の征服欲を満たすものである為であって、想いが云々等の巷の純愛ごっこをしたいがためではない。

シドもそのことについては、充分割り切っているつもりだった。
だけどこの言葉だけは、いくらまがいものの時間の中だけと言っても、口に出す事すらおぞましかった。

何故ならば――・・・。



やがて、時間で買われた時間が終わり、客が部屋を後にすると、洗面所に赴きその纏わりついていた精液を洗い流した。
そしてその白い、手折れそうな身体の上に、薄い絹の寝着を羽織り、自室を出る。
階下の方では未だ喧騒が聞こえるが、ここは既に薄暗く、何人の気配すら感じない。
足音すら立てずに、長い廊下を進んで行き、廊下の奥まった場所にある扉。

コンコン――。

「・・・入れ・・・。」
中から低めの声での応答を確認すると、シドは静かに扉を開けた。
「失礼します・・・。」
先ほど客に抱かれていた間取りとほぼ同じの部屋の中には、廊下と同じ材質の床に、こぢんまりとした机と椅子が置かれており、椅子のすぐ横の壁際には、大きな棚が備え付けられている。
そこには数種類の、茶色くこすけた大きめな封書と、束ねられた書類が納められており、余った箇所には書籍が並べられ、更にその隣には雑貨用品が納められている。
棚に垂直するように置かれた横長の桐箪笥の中には、この部屋の主の着物の他に、シドの着衣も一緒に収納されている。
そして部屋の真ん中に敷かれた布団の上で、部屋の主であり、ここの館の当代である青年-バド-は、シドをこちらに招きよせる。
シドと同じ髪色と瞳の色を持つが、彼の長く伸びた前髪は左目を覆い隠しており、その風貌もシドに比べると、どこか荒々しい雰囲気を醸し出している。
だが、そのことを除けば、二人はまるで互いが鏡の様な同じ造りの風体だった。
既に飲んでいたのか、僅かに顔が赤いバドに、シドはゆっくりと近づいていき、おもむろに彼の目の前で、着ていた寝着をするすると脱いでいった。
帯を緩めて、袖から腕を引き抜き、真下へストンと脱ぎ落とすと、目の前にいる彼の瞳が残酷に歪み、口元は三日月形に吊り上げられる。
縦格子が淹れられた窓から差し込む月光が、この部屋の中の唯一の灯となっているため、室内はかなり暗かった。
しかしその裸体・・・、特に下肢のほうを舐めるように這い回る視線に、シドは立っていられないような羞恥を覚え、ふるふると小刻みに身体を震わせる。

もう、毎晩行われている儀式にも関わらず――。

「あっ・・!?」
急に腕を引っ張られて、敷布の上に組み敷かれたシドは、のしかかられたバドの片手に、両手を一つに纏め上げられていた。
そして先ほどシドの脱ぎ捨てた寝着の帯で、その手首を拘束する。
「やぁっ・・!痛いっ・・・!」
ぐるぐると幾重にも巻きつけられ、更に解けないようにきつく縛り上げられた痛みにシドは悲鳴を上げたが、バドは冷酷な笑みをその端正な顔に貼り付けたまま、片手をシドの下腹部に伸ばす。
「あぁっ!」
「そんな痛さなど関係あるまい。要はここだろう?」
そう言いながら、シド自身を乱暴に握りこみ、荒々しく手を動かす。
「あぁ・・・っん・・・っ!やあ・・・っ」
先ほど客に抱かれたばかりの敏感なシドの身体は熱を持ち始め、追い上げられていく自身はすぐに反応を示しだす。
「あぁっ・・・ん・・っ」
手の動きを早められながら、開いている片手とバドの唇は、シドの胸に赤く色づく突起をひねり上げ、そしてしゃぶり付いた。
「やぁあ・・っ」
ビクビクとシドの身体は打ち震え、バドの手の中でますます自身は膨張する。
と、その時、バドの身体が不意にシドから離れ、突如その身体をうつぶせにひっくり返す。
「うぁ・・・っ!?」
そして腰を高く突き上げさせ、つい今までの自身をいたぶり、先走りの液が絡みついた手が、後ろの奥まった部分に持って行かれ探り当てられる。
「んんっ・・!」
辿り着いた指先が、円を描くように入り口を撫で回すと、先ほどモノを飲み込んだばかりのソコは、物欲しげに疼きだす。
「ん・・・っ、やぁ・・・っ!」
「簡単な身体だな。」
頭上から降る、無常な声。
「こうして弄くられれば、誰彼構わず発情するように出来ていやがるんだな・・・。」
ククク・・・と、喉の奥で嘲り笑いながら、バドはゆっくりとシドの狭い内部に指を銜え込ませる。
「ぁんっ・・・。」
人差し指を第一関節まで入れて、そのまま押し進めてくるかと思いきや、すぐに指は入り口付近まで引き抜かれる。
「あ・・・、あぁ・・っ」
焦らすような、ゆったりとした抜き差しに、シドは戒められた手でシーツを握り締めながら、物足りなさからか、無意識のうちにかすかに腰が揺れ始める。
道を押し広げられるのと同時、後ろからドロリとした液が、バドの指を伝って排出される感触に、シドは唇を噛み締めて、いやいやと頭を振る。
「ほら、見てみろよ。」
楽しげな声と共に、シドの目の前に差し出された指には、先ほどの客のねっとりとした汚水が絡み付いている。
「・・・やだ・・・っ!」
それを突きつけてくる指から逃れようと、シドは声を震わせて、ギュッと瞳を閉じたが、バドはそれを許さないかのように、その指をシドの口の中へとねじ込んだ。
「んぅっ!」
口の中に押し込まれた指に、シドの首は僅かに仰け反り、その苦しさにむせ返りそうになる。
閉じたままの瞳から涙がついに零れ出すが、バドはそんなシドの様子に構う事無く、器用に片手で双丘を押し広げ、そそり立った自身の先端を宛がい、ゆっくりと貫通を開始した。
「んぁあぁ・・・っ」
慣らされた秘所に押し入ってくるバドの熱い自身を、シドは背を仰け反らせ、甘い悲鳴を上げながら受け入れていく。
それでも反射的に逃げようとする腰を引き寄せ、押さえつけると、バドはシドの耳元に顔を寄せて、そっと囁きかけた。
「おい、言って見ろよ・・・。」
口の中を犯していた指を引き抜き、その手もシドの腰に添えてから、ゆっくりと最奥を突きだし始める。
「一体今まで何人の男を、ココで受け入れたんだ?ん?」
残忍な言葉に散り散りに切り裂かれていく心とは裏腹に、激しく貫かれ始める快感に身悶え始める身体。
「や・・・っ、そんな・・・ぁ!」
答えを待たずに、獣の体勢で這い蹲るシドの熱く脈打つ内部を、思う様蹂躙するべく埋め込んだ自身を更に深く押し込んでいく。
「あ・・ぁあぁっ・・・、やぁあっ!」
腰を固定されて、逃げ道を立たれた激しい動きに、上半身の力が抜け落ちて、肩で身体を支え、下半身を淫らに突き出すシドに、バドもまた覆いかぶさる。
中に未だ残る精液が、突かれる度に淫らな水音となって部屋中にこだまするのを否応無く聞かされながら、シドは咽び泣きながら、ひっきりなしに喘ぎ続ける。
「やぁ・・・あぁあ・・・っ、も・・・い、くぅ・・・!」
不意に前に回されたバドの手が、固くなっているシドの胸の突起を再びきつく摘み上げ指先で弾き上げると、シドは大きく身体を震わせて絶頂に達した。

「ああっ・・・!兄・・・上ぇ・・・っ。」




何故ならば――・・・。

彼の心は、血の繋がった実の双子の兄に奪われているから――。




暗く冷たい部屋の中を、更に凍えさすように、月は刺すような一条の光を窓から送り込み、縦格子の模様の影は、さながら牢獄の影の様に、一線を越えている兄弟の上に伸びていたのだった――。




続く


戻ります。