囲女~婀娜ざくろ~ 其の二





人間の運命等、ほんの僅かなきっかけさえ与えれば、狂えるように出来ている。
それが何であれ、引き金を引いてしまえば、一度崩れ出した歯車は、易々と噛みあって回りはしない――。


囲 女 ~婀 娜 ざ く ろ~

-其の弐-



「お早う御座います、バド様、シド様。」
色街道にも、毎日平等に訪れる日中、女郎達は束の間の休息のこの時に、忙しくなる今晩の為に身支度を整える為、入浴をしたり、化粧をしたり、あるいは故郷に残してきた親兄弟に手紙を書いている者もいる。
そんな一息の中、彼女達の集う一室の開きっぱなしの扉の向こうの渡り廊下に、この館の主と、其の補佐をしている主の双子の弟の姿の目に留めて、挨拶の為、各々その手を止めた。
「おう、お早う。」
「・・・・。」 
軽快に片手を上げてそれを返したバドと、どこかはにかんだ面持ちで、ぺこりと会釈を返したシドを見送った彼女達は、娑婆に置いてきた初心な心をくすぐられ、頬をうっすらと桃色に染めた。
「いい男よね~w お二人とも。」
「そうそう。先代の時からもそうだったけれども、バド様が跡を継がれてから、ますます良くなったと思うもの。」
「全く・・・、他の廓に売られていたかと思うと、ゾッとするわよ・・・。」
アハハハ・・・、と、まるで花の咲いたかのような笑い声がその一室に響き渡る。
「でも・・・、シド様もご立派よね。」
「そう!ご自身の幸せよりも、いつも兄君の事をお考えになって・・・。」

彼女達の話題がシドに移った頃、階下で笑い声を聞いたシドは、かぁっ・・・と顔を赤らめて、下唇をきゅうっと噛み締め、半ば下を俯いた。
そしてそんなシドの様子を、既に玄関先で待っていたバドは、その端正な顔にどこか歪んだ笑みを貼り付けて、早くこいと急かすように手招きをする。

一年前、不慮の事故で亡くなった先代である両親の跡を継いだバドは、金の為に売られてきたとは言え、彼女達も人間であり、家畜生ではない、だからせめて、それ以外の衣食住を膳立てするのは主としての義務だとする、父の教えに倣い、 この館を切り盛っていた。
遊廓経営者としては、甘っちょろい戯言だと、周りの同業者達はやっかみも込めて言っていたが、現に店は傾くことなく、滞りなく経営されている。
彼女達にとって、バドとシドは、仲の良い双子の主であり、また闇の中に刺す一条の光りの様な存在であった。


しかし彼女達は知らない――。
彼等の持つ、もう一つの、深く暗く断ち切ることのできない、秘められた絆を――。


日が真上に差し掛かった大通りをすたすたと歩いて行くバド、その後を追っていくシド。
すれ違う人々は皆、互いが互いに無関心であり、各々の目的地に向かう為に歩き、または走っている。
バドもまた例外では無く、半歩後ろを行く弟の歩行速度など気にする事のないように、自分のペースで補正の取れた歩道を歩き続けている。
しかしシドの方は、どこか頼りなく拙い足取りで、それでも必死で兄を見失わないように追っていくが、ついに膝からかくんと崩れ落ち、その場にへたり込んでしまう。
「兄う・・・っ!」
息を荒げながらも、兄を呼ぼうと声を振り絞るが、後ろから突き上げてくる甘痒い疼きが、彼の言葉を奪っていた。
清廉な白い顔に、しっとりと汗を滲ませて、頬を薄紅に上気させてしゃがみ込むシドに、いつの間にか戻って来たのか、バドが無情な眼差しでシドを見下ろしていた。
「・・・・ぁ・・・っ。」
行き交う人々の視線が、訝しげに二人に向けられているが、バドは無言のままシドの腕を掴んで立ち上がらせて、その手を掴んだまままた歩き始めた。
シドは苦悶に満ちた表情で兄の歩幅に合わせて歩いていたが、やがてバドが大通りから死角となる裏道へと続く角を曲がった時、ついにシドは兄の着物の袖を掴んで懇願した。
「兄・・・上っ・・・、もぅ・・・っ」
その艶めいた、今にも泣き出しそうに潤んだ瞳と、毒々しいほどそそられる紅い唇から吐息と共に漏らされた言葉を聞き届けて、バドはニヤリと、唇の端だけを歪めて冷酷に笑った。

「あっ・・・!」
行き交う人々の会話と共に、大通りで遊ぶ子供達の笑い声、その他の喧騒も、まるで別世界から聞こえて来るかのような隔絶された薄暗く狭い裏路地。
そこの両側に迫る灰色の建物の壁に、バドはシドの身体を強く押さえつけて、その身体を開かせていく。
「やぁぁ・・・っ。」
バドは無言のまま、客を取る時に着せられている艶やかな着物とは違い、今自分が着ているのと大差ない造りの、淡く碧がかった白い無地の生地で造られた着物に巻きつけられている、金色がかった黒い帯を乱暴に解いた。
前合わせが静かに解かれて、シドの白い・・・、しかし既に薄紅に染まっている身体が、外気に、そしてバドの前に晒される。
「ふん・・・。」
侮蔑を込めて、鼻で笑うバドの手が、全身を震わせながら、息も絶え絶えに壁にもたれて立っている弟の脚の間に差し入れられる。
「あぁ――っ・・!」
その手が、既に彼の秘所に深々と埋められている無機質な金属で作られた其を握り締めて、彼の最奥を抉るように奥深くへと突き刺していく。
「ひぁっ・・、いやぁぁ・・・っ!」
そして今度は、埋め込んだ生身ではない其を引き抜こうとするが、シドの内部がそれを拒むかのように、ぐっと締め付けて銜え込んで離さない。
「全く・・・。」
ため息混じりに、しかし軽蔑の色を含んだ声が吐き捨てられる。
「お前は根っからの好きモノだな・・・。」
クククと、喉の奥で笑いながら耳元で囁きかけられた言葉を否定しようと、涙を流しながら必死に首を横に振ろうとするが、バドの手が、其を無理に引き、再び深く突き刺していくのが早かった。
「あぁあ・・ッ、んっ、あぁっ・・・!」
粘膜と其が擦れる音をたてながら段々と早くなっていく手の動きに合わせて、シドはひっきりなしに鳴き続けた。

館を出る前に、散々いたぶり尽された身体の奥深くに、其を突き入れられて元通りに着物を着せられ着いて来いと促された。
途中でせき止められた快楽を孕む身体には、他愛ない女郎の笑い声や視線、そして今、遠巻きに聞こえてくる不特定多数のざわめきも、快楽を促進させる材料となり、シドを追い込んでいく。

「あいつ等は知らないんだろうなぁ・・・。」
わらべ歌を口ずさむような声。
「優秀なお前が、毎夜毎晩、様々な男と――。」
快楽地獄の狭間を彷徨っている弟のはだけられている着物の胸襟を掴みあげ、更に広げていくと、欲望をせき止める為に紐できつく根元に結わえられた自身の先端を、親指と人差し指で弄くっていく。
「やあぁっ・・・!」
「そして実の兄に抱かれているなんて事は。」
片足を曲げたまま持ち上げて、恥所を更に見せ付けるように壁に押付けながら、バドはシドの身体に覆いかぶさり、鮮やかで淫らに紅く色づいた胸の突起にねっとりと舌を絡ませて歯を立てていく。
「ひぃ・・・ッ、ぁあっ」
相変わらず卑猥なと音を上げながら玩具の注挿を繰り返す手と、ちゅくっちゅうっと故意に音を立てて執拗に嬲り上げられる乳首への刺激と、せき止められているにも関わらず膨張を続けて、先端にある兄の指に迸らせて行く欲望の雫に、シドは泣きじゃくりながら、哀願する。
「も・・・、赦して・・っ、達かせてぇ・・・っ・・・!」
弱々しい、だが血を吐くような哀願に、バドは何も答えなかった。
しかし先端を焦らすように弄んでいたバドの手が、シド自身の戒めの紐を解いて、一気に開放させる為にその根元を握りこんで激しく手を動かしていく。
「あっ、あぁ・・っ、あぁあぁー・・・っ!」
待ちわびた快楽の津波が押し寄せて、頭の中が真っ白く塗りつぶされていく。
視覚も聴覚も、一瞬だけその機能を失って、ただ本能のままその波に身を浸らせていく――。


そのせいか、シドは目の前でたかれた音と共に、何かが一瞬だけ光った事に全く気づけずにいた。


「はぁ・・っ、んっ・・・、は・・・。」
いつの間にか奥にくわえ込まされていた玩具は引き抜かれ、無造作に目の前に放り投げられている。
一度に訪れた快楽の波が引いた余韻に、シドは糸が切れたように座り込み、未だ火照りの残る身体を冷たい石の壁に預け、方で呼吸を繰り返していた。
「よし・・・、綺麗に撮れているな。」
しかしそれに浸る事も許されないかのような、声が、シドの意識を一気に覚醒へと導いた。
「な・・・、何を!?」
着物の前を合わせながら立ち上がったシドは、眼前の兄の手元にある物を見て、凍りついた。
そこには、小型のポラロイドカメラと、そして今出来たばかりであろう一枚の写真が握られていた。
「さ・・・、これ、一体いくらで売れるだろうな?」
邪気の無いような子供の様な声で、指に挟まれた写真を見せられる。
その中には今さっき、自らが演じた、絶頂の瞬間の痴態が納められていた。
「や・・やだ・・・っ!」
血の気が引いていき、青ざめながら、力の入らない身体を叱咤させて、その写真を奪おうとするが、一瞬早くバドが己の懐にそれを仕舞い込み、その直後、両手首を掴まれて、再び壁に押さえつけられる方が早かった。
「俺がお前の飼い主なんだ・・・。」
顔と顔が口付けできそうなほどの距離まで近づき、バドはその冷たい光りを放つ瞳と同等の言葉を、冷徹に言い放った。
「お前を如何こうしようが、俺の勝手だろうが。」


いつの間にか、これほどまでに歪んで行った関係。
もう、元には戻れはしない――・・・。


「お願い・・・ですから・・・。」
押さえつけられた手首よりも痛む心。
「何でも・・・します・・・、から・・・。」
求められるのは身体だけと判っていても、もう離れずにはいられない――。

と、不意にバドの片手が、シドの手首から離れ、再び涙を零れさせるその顎に手をかけて上向かせ、濡れた瞳を覗き込んだ。



「ならば――・・・、







それを証明してもらおうか―――?」




続く



戻ります。